一六時限目『 長角牛_ ( 付記:牛神と牛怪 ) 』
□□ SS □□ 進みはじめた日
人類の大敵がひしめく異形の樹海・魔獣深森。
スピルードル王国は、大陸西部で魔境に臨む新興国であり、魔獣の脅威から中央諸国を守る「盾の三国」のひとつであった。
ウィラーイン伯爵領はそんな王国にあって「盾の中の盾」といわれる猛者の邦(地方)。
その日、伯爵領の領都は昼日中から騒がしかった。
大通りに、大きな魔獣のすがたが──
「── 長角牛を生け捕りだって?」
「あぁ、それも “銀冠” 級の牝牛を二頭もだ」
ハンターギルドのギルドホールは、熱い空気につつまれていた。魔獣狩りの猛者たちの言葉が飛び交って、
「はぐれ牡じゃないんだぞ。よく群れから離せたなぁ」
「いの一番に牡牛を狩って、群れをバラしたんだとさ」
「… さすがは無双伯爵と領兵団」
長角牛は下位の草食獣。からだは大きいが強い魔獣ではない。
しかし、まとまった数の群れは侮れない。大の大人七、八人分の体重の長角牛、その密集した群れが早足で、ときには突進してくるのだ。それは肉の雪崩れだ。先陣を切って迫る、ひときわ大きな角とからだのボスの牡牛に一騎討ちなどありえない。
しかし、生きた牝牛の魔獣が街に運ばれてくることも、ふつうならありえない。
ありえない猟果。
何よりの勇戦の証し。
大通りは人があふれ、ギルドホールの中にまで領民の歓声が届いていた。
「ほかに三頭分も肉があるってよ」
「長角牛は美味いが、人がいないと森から運べんものなあ。それにしても、まるまる三頭か?」
「青髪の商会長がな、大型の荷馬車を用立ててたんだ。ふだん塩や酒樽の山を運ぶ、特別仕立てな」
「剛毅だなおい」
「牛どもに西の道を荒らされて困っていたらしい」
「それでも剛毅なことだ。特別馬車とやらが魔獣に壊されでもしたら、丸損だ」
── 彼らは知らなかったが、討伐に同行した六輪の荷馬車には御者台、そして荷台の三方向に商会の意匠が飾られていた。
この日、最大の見世物のボス牡牛も、大荷馬車の荷台の上に載せられ、ひときわ大きく長い角の頭を掲げて大通りを進んでいた。まるで領都の祭り、パレードのような盛り上がり。
シウタグラ商会の青髪商会長はひっそり、笑う。
商会の宣伝をした上にハラード伯爵と懇意にしているローグシー一の商会と、街の住人にアピールできたのだから。
「“ 戦冠 ” 級の大角の牡牛って三〇年ぶりくらい?」
「トロフィー(ハンティングトロフィー)にするかなぁ」
「王都に献上しておかしく無い大物だ。そりゃするだろ」
「マイスターたちが仕事の取り合いだな」
「…… 脳みそ、もらえないかな」
「おい、今のだれだ?」
ギルドホールは人が増える一方だ。
外へ出て懇意の商会や職人、薬師のもとへ走る者もいたが、新たに訪ねて来る人が絶えない。
そこに、どこかくたびれた雰囲気の三人の男女がフラフラと入ってきた。
ギルドホールの人混みが、素早く左右に分かれて彼らに注目。精魂尽き果てたという感じで、あっという間に空けられた椅子に身を投げ出し、
「っあー……、キツかった」
「お疲れさん、どうだった? 領兵団との合同の討伐戦は?」
「表の騒ぎを見ればわかんだろ? 夕方には広場で肉祭りだ」
「久々に “ ウィラーインの大鍋 ” が引っ張り出されるわよ」
「獲物は大量ってのはわかる。で? 狩りの最中は? 無双伯爵が大暴れしたのか?」
「── な、なぁ。どうしたら牛どもに飛び込んで大角(ボス牡牛)を斬り殺せるんだ??」
「すまん『そっち』は土けむりで何が何だかだ」
「あっという間…… でも無いけど。ケリつけるのが早すぎ、びっくりしたわ」
「大暴れしたのはアプラース王子だ。あと部下の深森調査隊もな」
「「はあ? なんだって?」」
「今回は伯爵領の領兵団とハンターギルド、それに王都の魔獣深森調査隊の合同だったんだよ」
「わかってるよ。だけど弟王子が大暴れ? あれだろ? うちのカダール様に沼竜から救われたっていう、イマイチな方の王子様だろ?」
「王都じゃあ、大貴族に祭り上げられていいように使われてたとかなんとか」
「伯爵様はな。アプラース王子に魔獣深森調査隊を指揮させて、ほかにもいろいろと頭らしく鍛えるつもりだったらしい。
で、まず、伯爵様と領兵団が見本を見せるとばかりに、長角牛の群れを手早く狩った」
「… いや、それが出動目的だろ?」
「いんや、そのあとだよ。伯爵様は楽しそうに『── 長角牛の血抜きと運搬準備が終わるまで、われらの守りはアプラース王子と魔獣深森調査隊に任せる。ハンター達は援護を頼む』って…」
「え?」「は?」
「血抜きの血の臭いで、まだうろうろしていた長角牛はあっという間にいなくなった。入れかわりみたいにゾロゾロ寄ってきたのは黒コボルトさ。アプラース王子はなんかもう、ヤケクソ気味でやつらへ突っ込んでいった」
「ほー、辺境に追っ払われても、そこは盾の国の王族ってところか」
「だが、ピンヘッドマンティスまで現れてなあ」
「「ピンヘッドマンティス!?」」
「ヤバぃ⁉︎ あ、でも伯爵様なら── 」
「その伯爵様はな、『おお、アプラース王子の腕にはちょうど良いくらいのヤツが来た』って笑って。アプラース王子は今度、吠えながらピンヘッドマンティスへ斬り込んでった」
「いや、ピンヘッドマンティスって、シャレにならんヤツ」
「無双伯爵様、スパルタなんだよな」
「倒しちまう、アプラース王子もどうかしてる」
「本当に倒したのか? ヘナチョコと言われてたアプラース王子が? あの人斬りカマキリを?」
「おうよ、かなりやるぜあの王子様は。でかい鎌と羽根も、自分で解体していた。帰りはさすがにグッタリしてけども」
「グッタリじゃあ、ふつうすまないぞ…」
「意外だな。そんな鍛え方はカダール様以来だろう ? アプラース王子に見込みありってことだよな」
「ただなぁ、魔獣深森調査隊の王都のやつらの方は、まだあんまりついていけて無い感じだ」
「ああ、黒コボルトに拳一発で昏倒させられた小隊長がいたわな」
「……帰りのキャンプで見ちゃった。王子の側近?の美人がさ。人獅子みたいな笑顔で、調査隊の幹部たちのテントに入って、それで ── 」
《 追放王子 》アプラース。
かれはスピルードル王国の政変の後、最辺境に送られたが、この長角牛(群)の討伐を皮切りに人々の前に姿をみせ、魔獣との戦いに身を投じていった。
そして、魔獣狩りの精鋭たちに混じって力をつけ、名を上げて行くのだった。
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長角牛
■種別:大型の牛の魔獣(草食の下位魔獣)
■主な出現地域:魔獣深森の浅いところ(辺部)
■出現数と頻度:
[通常群]10頭〜50頭の群れ / ふつう
ボス牡牛が率いて、大人の牝牛や仔牛が数の中心。ときに100頭以上の大群になる。
[はぐれオス]牡牛のみ単独、または4.5頭/ふつう
■サイズ:体長三メートル超
■危険度:小
■知能:動物なみ
■人間への反応:敵対〜逃走
■登場エピソード:蜘蛛の意吐本編(名前のみ)
■身体的特性とパワー
魔獣深森の浅いところにすむ草食の牛の魔獣で、ボス牡牛のひきいる群れを中心にしてくらします。
長角牛のからだは、家畜化された牛よりひとまわり以上大きく、茶色〜黒灰色の獣毛と厚い皮におおわれて筋肉質です。
頭の大きな角は、牝牛でも70センチほど。群れのボスの牡牛なら一メートル前後の長さです。
大きなからだで力があり突撃(体当たり)の威力は侮れません。しかし、魔獣ならではの異常な特殊能力はもたず身の危険を感じればすぐに逃げます。
ただし、大牡牛の群れのボスは別です。仔牛を連れた母牛、手負いの個体も危険な攻撃的態度をみせることがあります。
▷食性
長角牛の最大の特徴は「草食」です。
魔獣深森の特殊な植物はしばしば危険な毒をもち、鋭い針やかたい棘を生やしますが、長角牛はモリモリ食べることが出来ます。
『石臼』に例えられる大口、触腕のように動く長い舌、そして、すぐれた内臓器官の働きです。とくに長角牛の肝臓は並み外れて毒素を分解する力が強く、良質の解毒薬の材料にもなります。
ある賢者は、マンドラゴラなどの植物モンスターやアイアンリーフに代表される一部の危険植物は、長角牛の旺盛な食欲から逃れるために金属成分を茎葉に宿したり、魔法的な攻撃能力、歩く能力を発達させたと主張しました。
(ただし、強い反論や異論があります)
▷ 利用価値
長角牛の肉は魔獣深森最高の赤肉と評判です。部位ごとに様々な味が楽しめて皮革、牛脂、角なども需要があります。
しかし、一頭一頭が大きく、獲物をまるごと持ち帰ることは困難です。とくに高値がつく肉は、血抜きなどの処理をきちんとして迅速に運ばなければ良好な状態で持ち帰れません。さらに、ジャイアントクロウやコボルト、ゴブリンなどが血の臭いで寄ってくることもあります。
そのため魔獣ハンターに人気なのは、もっと小柄で運びやすいグリーンラビットで。長角牛を狩るのは、領主やギルドの大規模な討伐隊、あるいは長角牛に特化したハンターパーティーになります。
▷ 被害
長角牛は大食いで群れで押し寄せるため、森に近い開拓地は農作物や牧草、果樹を散々に食い荒らされることがあります。
また、田舎道の路面や路肩、貯水池の土手、段々畑などを踏み壊し、いつまでも群れがたむろして、大切な街道がふさがれることもあります。
追い払うことは比較的簡単ですが、どこに群れが向かうかわかりません。村の中心に入って来たり、大きな町へ迷走することもあれば、執拗に同じ畑に舞い戻って来ることもあります。
大きな群れは、下手に脅して走り出させると勢いがついて危険が増します。
*;ショートストーリーは、小説「蜘蛛の意吐」の作者NOMAR様より原案(原文)をいただきました。ありがとうございました。
◎付記『牛神と牛怪』
田中芳樹の人気小説「創竜伝」は、神の如き二大勢力「竜種」と「牛種」の闘争を背景にしています。
西洋文明が、ドラゴンを神に逆らう愚かで危険な怪物とするのは、強欲な牛種が欧米を裏から支配し、竜種を敵視しているからとされ。
東洋は逆に竜が崇められる一方、人に災いをもたらし暴虐を働くのは牛種。ことに蚩尤は、この世で最初に「反乱」を行った牛頭の神とされて、創竜伝の回想シーン?に登場しました。
牛が、竜と互角の力ある上位者。
家畜化された牛になれていると、え? となりますが、古代世界では牛が富の源であり、馬が家畜化されるまで最重要の軍用動物でした。牛は豊かさの象徴にも、破滅を運ぶ脅威にもなった訳です。
ちなみにインドのヒンズー教では牛は神聖な動物ですが、水牛は忌み嫌われます。理由は、魔物の乗り物だから………
▷ 神の牛
古代エジプトでは、創造神プタハの化身としてアピス牛(牡牛)信仰が根を下ろし聖牛を崇めました。
ギリシャ神話の主神ゼウスはたびたび牡牛に姿をかえ、十二星座の牡牛座につながります。妻の女神ヘーラー(ヘラ)もシンボルの一つは牝牛で、長編叙事詩『イーリアス』は「牝牛の眼をした女神ヘーレー」と形容しました。
旧約聖書は、神を「牛の角」に例える部分があるそうです。出エジプト記で、唯一神ヤハウェは「金の牛」の像で表されました。民衆が、十戒に背いて偶像を崇めたことを神とモーセは怒りますが、神に似せた姿を「牛」としたことは咎めてはいません。
また、キリスト教はイエス・キリストの象徴(の一つ)を牛としました。「キリストの降誕」の絵画には、ロバとともに牛が登場します。
北欧神話は、最高神オーディンが戦争と死の神(正義や繁栄ではない)で世界崩壊が予定⁉︎ されている苛烈な世界です。
しかし、意外ことにはじまりには「牛」がいました。
ユミルは原初の巨人ですが、世界のはじまりには原初の牛・アウズンブラもなぜか同様に存在し、ユミルはその乳を飲んで大きく育ちました。ユミルは原初の牛と同格ではなく、力を分け与えられて巨人に成ったのです。
ユミルはのちに神々に倒され、解体された屍から天蓋や大地や海、山や雲や草花など、世界の根幹がつくられました。
一方、最初の神ブーリはオーディンの祖父で、原初の牛が氷をなめ続けたことで、からだが掘り出されて(彫り出されて?)います。
原初の牛は不思議な存在です。
創造神のような役割を果たすと理由も分からず消えてしまい、神々と巨人たちの闘争、天地創造、そして終末にさえ姿をみせません。
あるいは原初の牛は、どこか彼方からじっと世界を見つめていて。見られている小さな箱庭が、北欧神話の世界なのかも知れません。
▷ 魔物の牛
あまりに大きなスケールの「神の牛」でした。
「魔物の牛」はぐっと親しみのある?日本の妖怪をピックアップします。
□ 牛鬼
大きくて危険な化け物として有名で、日本各地に伝承があります。最近のエンタメ作品、例えはアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」などに強敵として登場しています。
牛の首に蜘蛛のからだで知られますが、ミノタウロスさながら、牛の首に鬼の体のすがたの伝承もあります。漫画家・水木しげるのイラストは蜘蛛型と二足のヒトガタ、二種の牛鬼が存在します。
もっとも。
ヒトガタの牛鬼といっても、いわゆる鬼の角はそもそも牛の角とされています。
ーー さらに、じつは西洋のドラゴンの頭の角も「牛の角」で、強大な力を角が示しているという話があります。
日本の鬼と西洋のドラゴンは、牛の角つながり!?
(なお 、東洋の竜の頭の角は「鹿の角」です)
話を戻しますと。
牛頭+鬼の体のタイプには、からだに『虫の羽』を生やした伝承もあり… その牛鬼は空からやって来るそうです(Wiki)。
筆者は、首から上が牛のでっかい妖精を想像してしまいました。
□ 塵輪鬼
岡山県の伝承です。
神功皇后が三韓征伐の途中『頭が八つの大牛のすがたの怪物』に襲われたといいます。しかも、一度、射殺されながら牛鬼となって復活!(Wiki)
八岐の邪牛、なかなか凄そうですが知名度は…
□ 牛御前(丑御前)
牛頭人身の怪人物。男とも女とも言われ、最も古いとされる史料は『牛のごときもの』とあいまいな記述です。
『Fate/GrandOrder』には、アレンジされた丑御前(源頼光)が登場しました。
では、伝承のすがたを詳しく紹か ーーあれ?
『 複数の紹介文が入り混じり、Wikipediaで紹介されたことで、錯綜した「牛御前」の情報が世に出回ったと考えられます。』
ーー 気になる資料を見つけたので今回、触れないでおきます。整理して(正確かつ短文で)説明する自信がありません。
興味のある方は、試しに『 』の中の文を丸ごと検索ワードにしてググってみて下さい。
それにしても。
牛頭人身で、誤認誤用は『ミノタウロス』だけではなかったのか。
□ くだん(件)
人頭牛身の予言の妖怪です。
生まれてすぐに先々の豊作や災難を予言し、数日で死ぬとされます。
くだんの知名度は高く、絵や木像、ミイラ(とされるもの)は各地に存在して最近エンターテイメント作品でも取り上げられました。
岡山県は伝承のくだんの発生地の一つですが、先の塵輪鬼の伝承もあり。別の記事で紹介した「ウルトラマンA」の牛神男のエピソードのロケ地も、岡山です。
牛神男は創作ですが、屠殺した牛を弔う『鼻ぐり塚』は実在します。鼻ぐり(鼻輪)の山……600万個超⁉︎……の写真は幾つかのサイトで見ることができます。
□ 牛の首
あまりの怖ろしさに死者が出たといわれる、都市伝説の怪談です。
話を知るものはみんな死んでしまい「牛の首」の題と死の恐怖だけあとに残った………内容不明の恐怖の都市伝説とは「鮫島事件」の先例になるでしょうか?
筆者は、SF作家の小松左京の同名の短編「牛の首」(1965)を読み、長いこと作中の創作だと思っていました。
しかし、じつは執筆の時点でその噂はあったそうです(Wiki)。
いつ、どのようにしてはじまったかわからず、中身を与えられないまま、忘れられる都市伝説ーー⁉︎
牛の首が暗闇にぽつんと浮かんで、こっちを見ているようなおさまりの悪さです。
○○○○○○
P〉ーー 丑年特集のラストが都市伝説⁉︎ モンスターじゃないの⁉︎
_? あっらァ φ( ̄ラ  ̄ ;K_ _(ーー;P
……モンハンの猛牛竜とか?
K〉ゴルゴン(D&Dの石化怪牛)もいたなぁ。
ーー 牛首モンスターと解説文は、ロストして昏迷するのがサガかも(言い訳)。




