表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祇園で挽かれ続ける時間 ― 京都、ある茶舗の記録  作者: 百花繚乱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

第六章 名を探す人たちへ

祇園の通りは、今日も賑わっている。

季節を問わず、人の流れは絶えない。言葉は混じり、服装は変わり、目的もそれぞれだ。

写真を撮る者もいれば、地図を見失う者もいる。この場所は、もう「静か」ではない。

それでも、この会社の中に入ると、空気が少しだけ変わる。音が減るわけではない。

人が少なくなるわけでもない。

ただ、動きが揃いはじめる。席に座り、器を待ち、目の前に置かれた一杯を見る。

深い緑色。

光を吸い込むような濃さ。

表面には、細かな泡が均一に並んでいる。

説明はない。産地も、工程も、語られない。

だが、飲めば分かる。苦いのに、尖らない。濃いのに、重くならない。

口の中で終わらず、鼻に抜け、しばらく残る。

添えられた甘味も、同じだ。甘いが、主張しない。

小豆の輪郭が先に立ち、そのあとに茶が来る。

この順番が、崩れていない。

ここに来る人の多くは、最初からこの店を目指していない。通りすがりに立ち止まり、行列を見て、理由も分からないまま並ぶ。

そして、一杯を飲み終えたあと、誰かがこう言う。

「これ、どこのだろう」

声に出す者もいれば、スマートフォンを取り出す者もいる。

器の底や、包み紙の端を、そっと確かめる者もいる。

名前を探しているのだ。

この会社は、その瞬間を知っている。

感動したからではない。衝撃を受けたからでもない。

基準のある味に、出会ってしまったときに、人は名前を知りたくなる。


持ち帰った菓子も、同じだ。

箱のようで箱ではない包み。一枚の紙を折り重ねただけの装い。

開くとき、少しだけ手間がかかる。だが、その間に、気持ちが整う。

誰かに渡す前に、一度、自分の手で確かめたくなる。

それは贈り物というより、手紙に近い。

この会社が包みをそう考えてきたことを、知らなくても構わない。

だが、触れれば、どこかでそれを感じ取る。

だから、人は帰り道に、もう一度名前を探す。

店を出てから。

祇園を離れてから。

あるいは、家に戻ってから。

検索窓に打ち込まれるのは、

派手な言葉ではない。

「抹茶」

「祇園」

「さっきの店」

その先で、ようやく名前に辿り着く。

祇園辻利。

この会社は、名前を覚えてもらうために、商いをしてきたわけではない。

だが、基準を使い続けてきた結果として、名前が残った。

石臼は、今日も同じ速さで回っている。

甘さも、濃さも、香りも、変わらない。

変わったのは、その一杯に出会う人の数だけだ。

この会社は、これからも語らない。

代わりに、挽き、点て、包み、出す。

そしてまた、誰かが名を探す。

それでいいと、この会社は知っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ