表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祇園で挽かれ続ける時間 ― 京都、ある茶舗の記録  作者: 百花繚乱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第四章 売るのを、やめる

続けることと、変えることは、似ているようでまったく違う。

この会社は、長い間、続けてきた。

挽き方を変えず、基準を変えず、場所を変えず。

それは強さでもあったが、同時に、限界でもあった。

時代はすでに、高度成長の只中にあった。

街には人が溢れ、甘いものが溢れ、速さと派手さが価値になっていた。

祇園も例外ではない。観光客が増え、通りは賑わい、店は“分かりやすさ”を競うようになる。

この会社の前も、人は通り過ぎていった。立ち止まらないわけではない。

だが、戸を開ける理由がなかった。

茶は、ここにある。

良い茶も、変わらない基準も、確かにある。

それでも、届いていないという事実だけが、はっきりと残った。

この会社は、初めて自分たちに問いを向ける。続けるだけで、本当にいいのか。

信じている基準を、外に伝える方法はないのか。やめる理由ではない。

進む理由を探す問いだった。


議論は、簡単ではなかった。

茶を売ることが、仕事だった。それをやめるという発想は、裏切りにも等しかった。

「茶は、持ち帰って飲むものだ」

「茶屋とは、そういうものだ」

長く続けてきたほど、その考えは重かった。変えれば、これまでのすべてを否定することになる。

そう感じる者もいた。だが一方で、現場は知っていた。

一杯を、その場で飲んだ人の反応を。器を置いた瞬間の、呼吸の変化を。

持ち帰らせるより、

ここで飲んでもらった方が、茶は正しく伝わる。

この感覚は、理屈ではなかった。

戦後の祇園で、人々が一杯に救われた瞬間を、皆、覚えていた。

この会社は、決断する。茶を、売るのをやめる。

正確には、売るだけの商いを、やめる。

茶を点て、出し、その場で味わってもらう。甘味も添えるが、主役は茶から譲らない。

派手にしない。量で勝負しない。回転を急がない。それは、時代に逆らう選択だった。

効率は落ちる。席数は限られる。売上は読みづらい。

それでも、この会社は確信していた。

基準は、守られる。むしろ、守りやすくなる。

こうして、生まれたのが、茶寮都路里という形だった。

名前に込めた意味も、派手ではない。

都の「都」、大路の「路」、茶の里の「里」。

人が行き交う場所で、茶が本来あるべき場所に戻る。


開店当初、戸惑いは多かった。

「待つ時間が長い」

「もっと甘くした方がいい」

そうした声も、確かにあった。

だが、この会社は急がなかった。

茶を点てる速度も、あんこの甘さも、変えなかった。

少しずつ、変化が現れる。

同じ客が、また来る。今度は誰かを連れてくる。

説明はしない。ただ、座らせる。

一口飲んだ後の沈黙が、増えていった。

それで、十分だった。この会社は、ようやく気づく。

続けるために、変えたのではない。

変えたことで、続けられる形になったのだと。

茶を売る会社から、茶の時間を預かる場所へ。

この転換は、劇的ではなかった。だが、後戻りはできなかった。


そして、時代はさらに進む。

祇園の通りには人が溢れ、異国の言葉が当たり前のように混じり、一杯の抹茶に、カメラが向けられるようになる。

だが、この光景は、この会社が求めたものではなかった。

ここで変えたのは、目立つためのやり方ではない。

茶が正しく伝わる形だった。

その結果として、人が集まった。速くしたからではない。分かりやすくしたからでもない。

ここで飲む時間が、誰かの中で「必要なもの」になっただけだ。

この会社は知っている。

続けるだけでは、届かない時代がある。

変えるだけでは、残らない時代がある。

だから選んだのは、基準を曲げずに、やり方を変えることだった。

守るために閉じるのではなく、使うために開く。

そうしてこの会社は、茶を売る存在から、茶の時間を設計する存在へと姿を変えた。

その転換が、今日のこの場所をつくっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ