99.職業体験が始まった(オドゥ視点)
第4章タイトルは、『錬金術師、仕事をする』になりました。
大切なのに、壊したい。
隠したいのに、暴きたい。
二つの相反する望みが、自分のなかでせめぎあう。
きみはグレンのもたらした奇跡。
きみをバラバラにして、きみを構成するものひとつひとつ……すべてを知りたい。
けれどそれをしてしまったら、きみ以上のきみを創りあげる自信は、いまの僕にはなくて。
僕の目のまえにはいつもグレン・ディアレスが立ちはだかる。
でも、もうあいつはいない。
きみの瞳に僕を映して。
きみの唇で僕の名をよんで。
きみを守るためなら、僕はなんだってするから。
だってきみは僕以上に孤独だ。
たったひとり、異界から僕のいるこの世界に、堕ちてきたのだから。
「オドゥ・イグネル!聞いているのか!」
「あーはいはい、聞いてますよぉ、カーター副団長。ネリアの魔力の属性はよくわからなかったんですよね?」
「初等科のロビンス教諭にはりついて、検査の様子を逐一みまもるつもりがこのざまだ。騒ぎで記録もとれてないというし!転移魔法だって、ロビンス教諭ひとりで教えてしまった……私がベッドで寝こんでいるあいだにだ!」
ロビンス教諭……魔法陣研究の第一人者だ。長年初等科の生徒のみを教えるマイペースな教師だが、わかりやすい授業とおだやかな人柄で、生徒たちの人気は高い。
学園内での地位は、けっして高いとはいえないが。
「手間が省けてよかったじゃないですか……寝ているあいだに仕事がおわってるなんて最高ですよ」
「できないところを笑って、思いっきりバカにしてやるつもりだったのに!その寝こむハメになったのだって、もともとはあの女が!……あいててて……」
「ほら、興奮しないで……ネリアにお見舞いでもらった師団長特製ポーション飲みましょうよ」
「ダメだ!あれは研究用にとっておくんだ!あいててて……」
「家で寝ていたほうがよかったんじゃないですか?」
クオード・カーターがピタッと動きをとめ、無言になった。
「……独りもののお前にはわからん……」
「なにが?」
「夫が!予定外の休みで丸一日家にいると知ったときの、邪魔だといわんばかりの妻の凍えるような目だ!しかも寝ていた私は『お掃除君』に生ゴミとして捨てられそうになったんだぞっ!妻に文句をいったら、初期設定のときに家にいないのが悪い……と……あててて」
『お掃除君』とは、その名のとおりお掃除魔道具だ。ただし、初期設定で片づいている部屋の状態を覚えさせる必要があり、設定時に家にない物は、『ゴミ』として片づけられる場合もある。
もちろん、マニュアルをみながら『お掃除君』にクオードのデータを追加すればよいのだが、あいにくそのときカーター夫人はペットのウポポを連れて散歩にでかけていた。そしてゴミの分別もおこなう賢い『高機能タイプお掃除君』は、カーター副団長を『仕分け』したのである。
「家でゴロゴロしている夫は生ゴミとでもいいたいのか……」
「副団長みてると、結婚に夢もてないよねぇ……僕、一生独身でいいや」
オドゥのつぶやきは、副団長の神経を逆なでしたらしい。
「オドゥ、お前がポーションを作れ!」
「ええええ」
「こんなところで油を売ってないで、さっさといってこい!」
カーター副団長の愚痴につきあってあげたのに、ひどいいわれようである。それでもオドゥはおとなしく従った。
「作ってきますから、下手に動かずおとなしくしててくださいよ?」
オドゥは副団長室のソファーから立ち上がった。
ようやくカーター副団長の愚痴から解放されたオドゥが、一階の工房にやってくると、工房はいつもと雰囲気が違っていた。
「うわっ!メレッタ!その素材はこっち!」
「えっ?もう入れちゃった!」
魔術学園の生徒たちがわいわいと錬金釜を囲み、それぞれ素材を運んだり、量ったり、刻んだり、魔法陣に魔素を流しこんでは、釜をかき混ぜているようだ。
ネリアはネリアで「へー……魔術学園で習う『錬金術』ってこんなんなんだぁ……」といいながら、生徒たちが持ってきたテキストにパラパラと目を通している。
「にぎやかだねぇ」
「あらオドゥ、どうしたの?」
「副団長、腰がまだ痛いんだって……ポーションがほしいみたい」
「えっ!おみまいのポーション、効かなかったの?」
「ええと……いや、師団長のポーションはもったいなくて飲めないんだってさ。……それより、なにしてんの?」
「魔術学園の子たちの錬金を、みせてもらってたの!」
ネリアとオドゥのうしろでドカン!と音がする。ふりむくと錬金釜から煙があがっていた。
「なに、ポーションの釜炒りでもしたの?」
アイリ・ヒルシュタッフの悲鳴があがる。
「メレッタ!だからいったのに!」
メレッタ、とよばれた少女は顔を真っ黒にしながら、いいかえしていた。
「うまくいくかどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃない!」
中肉中背の、眼鏡をかけている以外はこれといって特徴のないオドゥ・イグネルは、生徒たちの注目を浴びることもなく、ネリアの隣にたち、腕をくむと彼らの様子を観察した。
(ふぅん……六名中四名が第二王子派か……これ、ユーリには厳しいメンバーだねぇ)
カディアン・エクグラシア第二王子とグラコス・ロゲンにニック・ミメット……どちらも第二王子の側近をねらう腰巾着だ。宰相の娘アイリ・ヒルシュタッフはカディアンの婚約者候補。カーター副団長の娘であるメレッタと、パロウ魔道具の御曹司、レナード・パロウはいまのところ中立か。
当のユーリはというと、すずしい顔で生徒たちが提出したライガ改良の術式をながめている。研究棟ではひさしく見ていなかった、第一王子としてのすまし顔だ。
おそらくカディアンを推す第二王子派にとっては、これが生身のユーティリス第一王子に接するはじめての機会だろう。
ユーリがグレンとの契約騒ぎをおこし、自分の成長をとめたとき、貴族のいくらかはユーリのそばをはなれ、魔術学園に入学したばかりの、弟カディアンのまわりをかためた。将来、カディアンが立太子する可能性も視野にいれ、学生のうちに縁を結んでおこうと娘や息子を送りこんだのだ。
(それすらもユーリの計算かもしれないのに……踊るやつはいるもんだな)
ユーティリスは母親ゆずりの優しげな容貌は見ためだけで、魔術を駆使し、さいごは力技で竜王をねじふせ、加護の契約に持ちこんだとされる祖先、バルザムゆずりの苛烈な性格だ。
欲しいものはなにがなんでも手に入れようとするし、使えるものはなんでも使う。まぁ、そのへんのことは彼が錬金術師団に入団後、オドゥがかわいがりがてら、さらに鍛えてやった自負はあるが。
グレンの呪いを受け、『研究棟』に閉じこめられた哀れな王子のような顔をして、自分に将来敵対するであろう勢力のあぶりだしをしているなど、だれも夢にも思わないだろう。
(そういう、かわいくないところがかわいいんだよなぁ)
黙っていい子にしていれば、王位が転がりこんでくる立場に生まれながら、ユーティリスは驚くほど用心深く、慎重だ。その用心深さは、生まれたときから、その一挙手一投足をみられてきたゆえだろう。
その感覚にはオドゥも舌を巻く。なにしろ、初対面からオドゥは警戒されていたのだから。印象操作の眼鏡をかけている自分を最初から警戒したのは、ユーリとネリアぐらいだ。
(ネリアがあらわれてから、ずいぶんガキっぽい顔も見せるようになったけど……)
さいきんのユーリはまた顔つきが変わってきた。おそらく、それもネリア絡みだ。
今回の職業体験で、なにがおこるか。
まだ学生だ……と侮らないほうがいい。オドゥもユーリも、魔術学園にいたときからすでに、将来を見すえて動きだしていたのだから。
そしてネリアは……まったくの無意識だろうが、その動きを加速させている。
(しばらく退屈しないですみそうだ……)
オドゥ・イグネルは眼鏡のブリッジに手をかけ、ずれを直しながら人のよさそうな笑みを浮かべた。
一気に読者様が増えてびびってますが、よろしくお願いします。









