564.マグナゼとの取り引き
食事を終えたオドゥは、戻ってきた呪術師のギドゥに話しかける。
「傀儡師ってのは、どういう仕事をしていたんだ?」
「皇宮を守る傀儡を作り、管理しておりました」
わかりきった説明をする呪術師に、オドゥはさらに問いかける。
「でもいなくなったんだろ?」
「はい。もう四十年ほど前に、女の傀儡師がおりました。それが最後のひとりです」
最後の傀儡師……オドゥはがぜん興味が湧いた。眼鏡のブリッジに指をかけ、深緑の瞳がキラリと光る。
「その作品ってさ、見られる?」
「……銀の領域も閉ざされております」
「え、入れないの?」
ギドゥは無表情にうなずいた。
「オドゥ様がこられる前の金華殿と同様に、入れるのは傀儡のみです」
「ふうん……そのルール、破った者はどうなった?」
どこかおもしろがっている風の〝死霊使い〟に、新参の呪術師はまばたきをした。
「傀儡に排除されます」
「じゃあ、試してみよう」
「は⁉」
気楽な調子で言うと、カタリと椅子の音をさせて立ち上がった男に、呪術師は目をむいた。そのままスタスタと部屋を出ていく彼の背中を、ぼうぜんと見送ってからハッと我に返る。
「お、お待ちを。オドゥ様!」
「探検だよ、探検」
ギドゥはバタバタと追いかけてきた。
「傀儡には人の心がありません。ただ与えられた仕事を忠実にこなすだけです。いくらオドゥ様といえど……」
「そういうやつ、エクグラシアにもいたからさ。それともきみ、僕のことが心配?」
くるりと振り向いて、オドゥはギドゥに顔を近づける。息が顔にかかるほど近い距離で、彼は呪術師にささやいた。
「その唇の朱は僕に見せるために、わざわざ塗ったと思っていいのかな?」
近づいた距離と同じぶんだけ、ギドゥはバッと後ずさる。
「た、ただの身だしなみです!」
「そう。残念だなぁ、まじめな子って嫌いじゃないのに」
ギドゥは顔を真っ赤にして、自分の唇をゴシゴシと手の甲でこすった。
「からかわないでください。後で女性の身上書をお持ちします。金華殿の主であれば正妻も側室もよりどりみどりで……」
「きみはその中に入らないの?」
ギドゥは唇をギュッとかみしめ、オドゥをにらみつけた。
「私は呪術師として、ここで働いております。後宮の女性たちとは違います」
「僕も皇帝やマグナゼとは違う」
深緑の瞳に宿る危険な光に、ギドゥは思わず口を閉ざす。すると眼鏡のブリッジに指をかけた男は、一瞬にして鋭い眼差しをやわらげ、穏やかにほほえんだ。
「忠告はありがたく受け取っておくよ。なら囮も連れて行こう」
そしてすぐに、囮として指名された黒髪の男、筆頭呪術師のマグナゼが両脇を傀儡に挟まれて、オドゥの前に引きずりだされた。
「はっ、放せっ。何のまねだ!」
ジタバタともがく男に、オドゥはにこにこと告げる。
「工房を失ったきみが、退屈しているんじゃないかと思ってね。銀の領域に入りたい。案内を頼む」
「……は?」
とたんにマグナゼの動きがピタリと止まり、オドゥはおもしろそうに唇の端を持ちあげた。
「おもしろいねぇ。呪術師ってみんな同じ反応するんだ」
そのままズルズルと引きずられながら、マグナゼはオドゥに向かってわめく。
「放せっ、退屈などしておらん。私を連れていく必要はなかろう!」
「僕もそう思ったんだけど。ギドゥが僕ひとりじゃ心配らしくって」
スタスタと歩いていくオドゥに、ギドゥが追いすがった。
「お待ちください。マグナゼ様ではなく、私がいっしょに参ります。子どものころ、入ったことがあります!」
オドゥが目をすっと細めて、ギドゥの顔を見下ろす。
「その話、なんでさっき言わなかったのさ」
「子どものころの話でしたから……うろ覚えで。どうかマグナゼ様をお放しください!」
「いやだね。こいつとも話がある」
「は、話だと?」
ぎょっとしたマグナゼに、オドゥは薄く笑った。
「皇帝の望みを聞いたからには、きみの願いも聞いてやろうと思ってさ」
「私の願い……だと?」
「そう。心の奥底にしまって、軽々しく口にださない願いこそ、僕がかなえてやろう。もちろん『対価』はもらうけどね。きみはその願いのかわりに、何を差しだす?」
傀儡に両脇をつかまれたまま、マグナゼはごくりとつばを飲んだ。やり取りを聞いていたギドゥの顔が青ざめる。
「マグナゼ様、このかたの言葉に耳を傾けてはなりません。オドゥ様は恐ろしいかたです!」
「ギドゥ、だまれ!」
マグナゼは怒鳴り、ギリリと歯を食いしばってオドゥをにらみつけた。
「お前が私の願いをかなえるだと?」
「そう。呪術師ってのは周到に準備をしなけりゃ術を使えない。だから僕にしかできないんじゃないか?」
くすくす笑いながら、オドゥはさっきギドゥにしたのと同じように、マグナゼへ顔を近づけた。
「きみが望んでいるものは、この国にはない。ここで誰がきみの望みをかなえるというのさ。忠実なギドゥが命を捧げたってムリだろ?」
「マグナゼ様、願ってはなりません!」
ギドゥの叫びはオドゥが遮音障壁をしたことで、マグナゼの耳にも聞こえなくなった。ぶるぶると怒りで震えながら、サルジアの筆頭呪術師は言葉を紡ぐ。
「我が望みはエクグラシアを手にいれることだ。サルジアではなく!」
「いいね。でっかい望みほど、かなえがいがある。それで対価はなんだい?」
「この国を……」
「このサルジアをやるって話はなしだ。皇帝にも同じことを言われて断ったからね。それにしても……皇帝も筆頭呪術師も、そろって『いらない』と言うなんて、サルジアって国は不用品か何かかい?」
ふしぎそうに首をかしげるオドゥに、マグナゼは吐き捨てた。
「お前も住んでひと月もたてば、わかるだろうよ。皇宮での暮らしは傀儡任せで退屈極まりない。人はすぐに呪術師を頼るしな!」
「ならば地位と身分を得て、外の世界に行けばよかったのに」
「そうしようとした。だから私は!」
「……リコリスの家を手にいれようと?」
ぐっと言葉につまるマグナゼに、オドゥはあきれたように髪をかき上げる。
「やってることはグレンに近くても、だいぶみみっちいね。まぁ、いいや。対価はきみの全面的な協力。それなら願いをかなえてあげるよ。返事は?」
「全面的な協力だと?」
「そう。裏切りは許さない。エクグラシアのすべてを手にいれたいんだろう?」
どのみち工房を失ったマグナゼに、サルジアでの居場所はない。かつての筆頭呪術師は、オドゥの申し出にこくりとうなずいた。









