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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十二章 移動要塞バハムート エピローグ

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558/564

558.出発準備

次回でバハムート編完結します。


 結局レオポルドはわたしに〝消失の魔法陣〟を拒否した。それだけでなく、わたしにも使わせないという。


 翌朝、わたしたちから報告を受けたローラは、金の瞳を光らせて弟子に釘を刺す。


「自分の手で収束させられるなら、魔術師はどんな魔術を使ってもかまわない。だから逆に『使わない』と決めたときも、その責任は自分で取りな」


「はい」


 静かにうなずく彼を見つめ、彼女は肩をすくめた。


「あんたは頑固だから、こうと決めたらぜったい意志を曲げないのはわかってた。それからネリア」


「はいっ!」


 ローラの視線がこちらに向いて思わず背筋を伸ばすと、彼女はツカツカと歩いてきて、腰に手をかけてわたしの前に立ちはだかる。


「あんたの錬金術がまさかこんな形で、あたしの運命までねじ曲げるとは思わなかったよ。『羊飼いのローラ』……まさかそう呼ばれることになるとはね」


「そ、そうですね……」


 わたしも予想してなかったんですけど⁉


「だけどヌーメリアと婿殿がここに残るんなら、退屈はしなさそうだ。それに魔羊たちもよく見るとかわいくてね」


「それはよかったです」


 ローラは美意識の塊みたいな女性で、良くも悪くもバハムートには染まらず、現地の生活にもだいぶ影響を与えそうだ。


「あたしはずっと独りを貫いてきたけれど、この年になって孤独を感じるヒマがないというのはね、幸せなことだと思っている。だからエクグラシアには戻らないよ」


「ローラ、べつに永久にバハムートで暮らせというわけじゃ……」


「ここが気に入ったんだよ」


 きっぱりと言って、ローラは金の瞳を光らせ、わたしに長い指を突きつける。


「それより……いいかい、こいつらが〝消失の魔法陣〟を使わせないのは、あんたをおとりとして使うつもりだ」


「はい。なるべく死なないようにします」


 オドゥ・イグネルの目的は、わたしの体を素材として使うことだ。わたしが〝魔術師の杖〟を作ろうとするように、彼がサルジアに渡ったのも、グレンが持っていた知識を得るためだ。


「あたりまえだろ。いざとなればネリア・ネリス……あんたがいちばんエクグラシアにとって脅威となりうる。その始末をつけるのは、そこにいる竜騎士と王太子だ」


 そういって彼女はレオとユーリをギロリとにらんだ。


「ヘマをしたら承知しないよ。彼女を失ったら帰る国はないと思いな」


「もちろんです」


 黒髪の竜騎士がひと言返せば、ユーリが眉を下げてわたしに謝る。


「すみません、ネリア。オドゥが何よりもほしいのは、あなただと知っていて……本当は〝消失の魔法陣〟を手に入れたほうが、あなたの身は安全かもしれないのに」


 黙って話を聞いていたカイは、腕組みをしてヒュウと口笛を吹いた。


「いつのまにかやっかいなことになってんだな。カナイニラウに来たらどうだ。〝海の精霊〟の加護を受ける俺たちに、サルジアとやらの脅威は届かないぜ」


「そうだけど……目標を失ったら、オドゥが何をするかわからないもの。だからわたしはこのままサルジアに行くよ」


 バハムートの最奥で再会したオドゥのことを思えば、ホッとすると同時に言いようのない切なさが胸をよぎる。 


(オドゥは間違っている。死者を幸せにすることなんてできない。もし彼らが安心や幸せを感じるとしたら……それは、生きているオドゥ自身が幸せになるしかない)


 きっとレオもそれについて考えている。ユーリはさびしそうな顔をした。


「リーエンにとっては〝消失の魔法陣〟が解放の手段でした。子どもだった僕は、何もできなかったけれど……今は違う。かならずあなたの役に立つと誓います」


「うん、よろしくね」


 サルジアで何があるかなんて、だれにもわからない。けれど今回の旅はユーリにとっても、決着をつけるための旅だ。


「戦争ですべてのカタをつけるなんてやり方はしない。それは何の解決にもならないから。錬金術を使うときはだれを幸せにするかを考える。それを忘れないようにね」


 あらためて宣言すると、王太子は赤い髪をクシャっとして、困ったように笑う。


「とはいえネリアって剛腕ですよね。なんだかんだいってバハムートをサルジアから奪取して拠点にするんですから」


「それはたまたまだよ」


 最初は寄港地として利用するのだって、平和的に話し合いで決めるつもりだった。


(どうすればよかったかなんて……きっと最後まで悩むんだろうな)


 けれど先頭に立つ者は迷いを見せてはダメだ。ひたすら未来を見つめて前に進む。そうすることでまわりに勇気を与え、解決の糸口はみんなでつかむ。


 きっと魔術師団長であるレオポルドだって、今までそうしてきたのだろう。


 悩むときもひとりじゃない。そう考えると心がほわりと温かく、そして少し軽くなった。


 ハルモニア号の甲板にでてみれば、湿った風が潮の香りを運んでくる。わたしは風に吹かれて水平線を見つめる彼の横顔をそっと眺めた。





 新生バハムートでウブルグが造船所を手掛けた港と、ヴェリガンが任された農場、それにローラが受け持つ魔羊牧場の整備はどんどん進んでいる。


 食糧問題を解決して、バハムートの人たちに健康な食生活を送ってもらうためにも、農場の整備は欠かせない。


 わたしはヌーメリアに三人のサポートをお願いした。


「年代別に健康状態の調査も、しないといけないと思うの。食生活の改善は……いきなりエクグラシアの食文化を採りいれるのではなく、バハムートの人たちに合ったやりかたでやろう」


「人魚たちの調理法を学ぶのもよさそうですね」


「そうだね。魚のすり身を蒸してパンみたいに焼くやつ、屋台でも好評だったもんね」


「ああ、あれか。魔羊の乳で作ったチーズと意外に合うんだよね」


 ローラが話に加われば、グストーがぶるりと身を震わせた。


「魔羊の乳を搾るなんて命知らずなこと……考えたこともなかったぜ」


「あたしだからできるんだよ」


 ワイワイと相談しながら、全体的な進捗はテルジオに把握してもらっている。彼の仕上げた報告書をみながら、わたしは感心して声を上げた。


「めっちゃいいじゃん、これならうまくいきそう」


「都市計画をイチから作るんですからね。どうすれば物資を効率よく配分できるかとか、私こういうの考えるのは大好きです」


「テルジオさん、すごいよ!」


 適材適所とはよく言うけど、ホントばっちりな感じ。





 それからレオとふたりで、バハムートの魔石を見に行った。淡い青色に輝く氷の檻に囲まれた、大きなルビーのような血赤の魔石は、創世の時代に生きた古竜の力をまざまざと感じさせる。


「すごいね、この魔石がこれからのバハムートを支えていくんだ」


「ああ。だが無尽蔵ではない。数百年たてば魔素をすべて失い崩れ去るだろう」


「それまでにバハムートの人たちが、魔石に頼らず生きていける術を見つければいい。だいじょうぶだよ」


 にっこりと笑って保証すれば、レオもふっと口元をほころばせる。


「きみが言えば何でもうまくいきそうな気がするな」


 わたしが氷で滑らないように、手を伸ばして支える彼につかまって、それよりも気になっていたことをたずねる。


「ねぇ、今夜だよ。緊張してない?」


 そう。カイに人魚の歌を教わって、今夜はいよいよ本番なのだ。楽譜まで書き取って熱心に練習していたから、だいじょうぶだとは思うけれど、わたしのほうが落ち着かなくてソワソワしてしまう。


「していない……と言えば、ウソになるな。だがカイが言うには歌の出来よりも、きみに心が伝わるかが重要だそうだ」


「じゅ、じゅうぶん伝わってます!」


 真っ赤になって言えば、彼はわたしに手を貸しながら楽しそうに笑った。


 ……あのね、その笑顔は反則なんだよ!

170万字達成!楽しく書いていたらあっという間でしたね。

いつも応援ありがとうございます。

挿絵(By みてみん)

渋谷〇〇書店でもいろいろな方に応援して頂いたり、作家とは違う目線からアドバイスを頂いたり。

楽しくやらせてもらってます(^^)

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