555.未来を描く
555話!よろしくお願いします。
ヴェリガンとウブルグが加わり、新生バハムートの復興は急ピッチで進められた。ウブルグが持ってきたタコ型オートマタは水中でも移動できて、動きは素早く荷物の運搬に大活躍だ。
秋の対抗戦で大活躍したオートマタは、その吸盤を生かして何個も荷物を運んでいる。
「タコ型オートマタがいたら、お買いものが便利そうだなぁ。タコって全身筋肉の塊だもんね」
「でもあいつら見ると、たこパやりたくなるんだよなぁ」
艦橋から作業のようすを感心して眺めていると、カイが伸びをしてため息をつく。するとウブルグの目がキラーンと光った。
「ほむ。タコは養殖もできるのであろう?」
「あ、うん。そうだね……バハムートでやってみる?」
もともと食いしん坊のウブルグは、うれしそうにアゴをなでてうなずく。
「候補に入れてもよかろう。ヴェリガンのアクアポニを見たら、わしもやってみたくなった」
「じゃあ場所の確保だね。港から離れた海沿いに、養殖場の建設計画を入れてもらおう」
そこはさすがにわたしも専門外なので王太子に指揮を執ってもらう。
「いいですね。食料のまえにまずは住居を確保。養殖場は候補地だけ決めて、春になってから建設を進めよう」
ユーリがうなずいてテルジオに伝えると、都市計画の作成には慣れているのか、彼はてきぱきとメモをとる。
「ありがとテルジオさん。『錬金術総合大学』も計画に入れてくれて」
どうせ何もないところからのスタートなら、思いっきり人工的な海洋都市を造ってみようと、バハムートの復興計画には何十年も先のことまで盛りこんでいる。
住まいに港、工房に魔羊牧場。アクアポニや養殖の設備も整えれば食料問題も解決、ヌーメリアたちがいれば薬だって作れる。
おかげで夢と希望がつまった未来都市、錬金術総合大学も備えた自由交易都市バハムートの設計図ができあがった。書類を書きながらテルジオも満足そうだ。
「復興を終えてからの、まだ何年も先の話ですけどね。こういうのイチからやってみたかったんですよ。エクグラシアの王城なんか古い建物を、空間魔法で無理矢理いじってつなげてたりしますから」
「ふうん。ねぇ、そういうのサルジアにもあるかな?」
「サルジアがなんですって?」
「空間魔法でいじったりするの」
「あるだろうな」
髪をひとつにくくったレオが、テルジオの代わりにわたしの問いに答えた。
「デーダス荒野に建てられた家を見る限り、グレンは空間魔法にも手慣れていた」
そこへやってきたヴェリガンが、レオにオドオドと話しかける。
「レ、レオ。ちょっといいかな……」
「なんだ」
「時間で……きたから。氷魔法教えて……ほし……て」
「では港に行こう」
レオが立ち上がるとヌーメリアがヴェリガンを励ました。
「がんばってくださいね、ヴェリガン」
「う、うん」
ヌーメリアに優しく声をかけられ、顔を赤らめたヴェリガンは、ちょっとだけ持ち上げた手を小さく振り返す。
そのようすにローラは何も言わず目を細めた。
ヴェリガンはバハムートに来てから、レオに氷魔法を教わっている。植物魔法で水の扱いを学んでいるため、ちょっとしたコツを教えるだけで氷も育てられるようになるらしい。
結局ウブルグはマウナカイアに残り、人魚の王国カナイニラウやエクグラシア王都との連絡を受け持ち、なんとヴェリガンが、バハムートの魔石を包む氷の管理を受け持つことになった。
「ローラが魔羊の群れを管理するためにバハムートに残るなら、私もヴェリガンといっしょにここで暮らします」
ヌーメリアがそう言い、バハムートには彼ら夫妻が残ることになった。
「じゃあヴェリガンが錬金術総合大学の初代学長ね」
「いっ⁉」
サーッとヴェリガンは青ざめるけれど、これはマジな話なのだ。
「ここバハムートは巨大な魔石に支えられた人工的な都市なの。それを支える錬金術師たちを育成しなきゃ。ここの人たちはみんな手先が器用で、好奇心旺盛だもの。それに錬金術は……人里離れたところのほうがいいわ」
最後につけ加えたひと言に、錬金術師たちはそれぞれうなずく。
「ほむ。同感じゃな」
「た、たしかに……」
「そうですね」
「まぁ、ここまで離れると王都からの目も行き届きにくいですしね」
ユーリがため息をついて同意すると、レオは無言でぐっと眉間にシワを寄せた。錬金術師たちが何かやらかすのではと心配したのか、彼は振り向いてローラに声をかける。
「ローラ、塔への報告はきちんと上げてください」
「は、冗談じゃないよ!」
リルの香りがする紅茶を、優雅に銀のスプーンでかき回していたローラは、カチャンとカップの音をさせた。
「あたしはいつも花の香りに包まれて暮らしたいのに。よりによって魔羊臭くなるなんて!」
ブツブツ文句を言うローラを、ここはフォローしておこう。
「でもローラは白髪だから魔羊にぴったり……ふががが!」
言い終わる前にわたしのほっぺたは、ローラに両手でわしづかみにされた。
「あんた……あたしを『おばさん』と呼んだ上に、白髪についてふれたね」
「いひゃいれふ」
涙目で訴えてもローラは気にせず、わたしのほっぺたを左右にうにうにと伸ばす。
「それにしてもよく伸びるほほ肉だねぇ」
「ふがが……はなひてくりゃひゃい」
「ローラ、分身の記憶は彼女にはありません」
レオが彼女をたしなめたけれど、ローラはふんと鼻を鳴らすだけだ。
「レオ……たひけて」
わたしの護衛騎士じゃん!
けれど彼はわたしを見下ろしてふっと笑っただけで、ヴェリガンを連れて出ていった。ちょっと、助けなさいよ!
日が沈んで作業がひと段落すると、みんなが楽しみにしている歌の時間だ。
これは一日の疲れを癒すと同時に、みんなの心をひとつにまとめる効果があった。人魚たちとのコミュニケーションにもぐっとスムーズになる。
避難生活だから楽器なんてない。けれどバハムートの人たちはバケツでも何でも利用して、間に合わせで即席の楽器を作り、毎晩楽しい演奏会が開かれるようになった。
それにレオの歌が加わる。
食事を終えて思い思いに焚火を囲み、カイの指導を受けて人魚の恋唄を練習するレオを眺める。
みんなもわたしもうっとりと、レオの朗々とした美声に聴き惚れるけれど、意外とカイは熱血指導で、発声から音程の取りかた、メロディーの抑揚まで彼に厳しく教えている。応じるレオも汗だくだ。
歌い終えて額の汗をぬぐう彼に、カイが笑いながら話しかけると、彼は眉間にグッとシワを寄せた。
「レオ、昼間はヴェリガンの指導をして、夜は歌の練習って大変じゃない?」
練習を終えて戻ってきたレオにそっとたずねると、彼は首を横に振って淡々という。
「魔術の指導はいつもやっていることだ。声に魔力をまとわせるやりかたが、人魚の歌は古代に行われた呪文詠唱に近い。新しいことを学ぶのはおもしろい」
炎を見つめる彼の横顔は穏やかで、わたしはそれを心に刻む。
「勉強……好きなんだね」
「そうだな。ついなんでも魔術に結びつけてしまうのだが。さてマイレディ、部屋まで送ろう」
「あ、うん。みんなおやすみ!」
わたしは差しだされた手を取り、みんなにおやすみを言って船室に向かう。レオはいつも無口だから、会話がないのは気にならなかった。
ゆったりと響く靴音に、手を振るたびにジャケットの布がこすれる音、夜になると吹く海風が船のまわりで風鳴を起こす。それに耳を傾けていると、もう船室が見えてくる。
わたしの部屋のドアノブに手をかけたところで、レオがようやく口を開いた。
「少し話がしたい。きみの部屋に入っても?」
練習のせいか少しかすれた声には魔力がこもる。思わず顔をあげると、愁いを秘めたような黒曜石の瞳が、まっすぐにわたしを見つめていた。









