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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十二章 移動要塞バハムート

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523.バハムートで買い物

挿絵(By みてみん)

奈々とレオポルド

(絵:よろづ先生)

 街歩きの格好はどうしようかと考えて、気にいっているラベンダーメルのポンチョはやめて、五番街で買った術式の刺繍も美しい、真っ白なコートにする。


 どんな格好をしようと、他所者でしかも錬金術師団長だというのはもうバレているのだ。


(目立つのは間違いないよね……それが狙いなんだけど)


 ヌーメリアは紺色のケープコートに同色のベレー帽をかぶり、温かそうなマフを合わせている。


「わ、ヌーメリアすっごくおしゃれ!」


「紺色はヴェリガンの色で……落ち着きますし、きちんと感もでていいですね」


 ベレー帽にはアミュレットの髪飾りが、さりげなくつけられていた。


「でも本当に私の用事につき合わせてよかったのかしら。ふたりきりのほうが……」


 ヌーメリアが心配そうにレオを見る。いや、そういう気づかいは恥ずかしいのでやめてほしい。意識するとダメなんで!


「だいじょうぶですよ、僕もいっしょですし」


 のんびりとした声がレオの背後から聞こえ、見るとこげ茶の髪で眼鏡をかけた地味な青年が立っている。


「えっ……ユーリ?」


 ユーリはひとさし指を自分の唇にあて、いたずらっぽくウィンクした。


「しっ、今の僕はテルジオの部下で補佐官見習いです」


「いや、いくらなんでもムリがあるでしょうよ」


「それがそうでもないんですよねぇ。認識阻害の度合いを調節すると……」


 ユーリが眼鏡の縁に手をふれて何か操作しただけで、なぜか目の前にいる青年のことはどうでもよくなる。


 それより早く船を降りてバハムートの街に行かなきゃ!


「ま、いっか。早くいこ!」


 レオが顔をしかめて頭痛でもするかのように、こめかみを押さえた。


「素直すぎるのも考えものだろう」


「えっ、何が?」


「……いや、いい」


 何か引っかかるような気もするけれど、ここにいる人たちは、わたしにとって安全な人たち。


 それがわかっているから、細かいことは気にしない。


 わたしはみんなの先頭に立って、弾むような足取りでタラップを下りた。





 護衛騎士のレオや補佐官見習い(?)のユーリを連れて、わたしとヌーメリアは港を離れて要塞都市バハムートを歩いて回った。


「わ、見て!サメ皮の財布だって!」


「あら、軽いですね」


「サメ皮の財布は水に強くて、じょうぶで使いやすいよ。しかも使いこむと艶がでて、色合いもよくなるんだ」


「へえぇ!」


 ヌーメリアは真剣にサメ皮にふれて考えている。


「市場に行くことが多いヴェリガンには、財布もいいかもしれませんね」


「いいんじゃないかな。あの、手帳カバーみたいなものはありますか?」


「日にちをもらえば、注文もできますぜ」


「じゃあお願いします」


 本人の前で注文するのは照れくさいけど、特別に名入れで作ってもらうことにして、わたしはさっさと代金を支払った。


 市場の露店はあちこち破れた風よけのテントに囲まれ、ゴザにクッションを敷いて店主たちはのんびり声をかけてくる。


「こっちは骨を使った……楽器?」


「これはベラガという魚の骨で、叩くと金属みたいな音がするんだ」


 同じく骨でできたバチで軽く叩くと、澄んだ軽い音がする。


「うわ、おもしろい!」


「貝を使った笛や打楽器もあるよ」


 バハムートでは海で採れるものをうまく利用して、生活に必要なものを作りだしていた。大きな巻貝を使った笛はほら貝みたいだし、二枚貝を打ち合わせて音をだす、カスタネットみたいなものもある。


 店主が即興でリズムをとりながら、演奏する音に聞き惚れていると、その横からも声がかかる。


「お嬢さんたち、アクセサリーも見ていきなよ。どれもバハムートで作られたもので、ほかじゃ買えないよ」


 アクセサリーは貝や魚の骨を削ったビーズをつなげた、ジャックラスネックレスやブレスレットが主流で、高品質の貴石や宝石は使っていないけれど、独特の風合いはとても存在感がある。


「へえぇ、カッコいい!」


「エクグラシアのものと、ぜんぜんデザインが違いますね」


「バハムートでは石は貴重なんだ。だから貝や骨をわざわざ石のように加工するんだよ。こっちはサンゴも使ってある。こうやって何重にも巻くのがおしゃれなのさ。でもお嬢さんのピアスもきれいだねぇ」


「えへへ、ありがとう!」


 店の女主人はちらりと見て、石の中で輝く魔法陣に驚いたらしい。わたしは素直に礼を言った。


「バハムートでは石は貴重なの?」


「そうだね。色石だけでなく、土や岩そのものが貴重だ。まだお嬢さんたちは船で着いたばかりで、グストーの屋敷を見たことはないだろう?」


「うん。夜になったら歓迎会をするって招かれているけれど」


「じゃあよく見てごらん。屋敷は石造りだし、中庭まである。バハムートの金持ちは、塀で囲って土がある中庭を造るんだ。そこに果物を植えるのが最高のぜいたくなのさ」


「果物が最高のぜいたく……」


「そう。海に囲まれて風さえも塩気を含んでいる。果汁が滴るような甘い実を庭で育てるんだよ。盗まれないようにわざわざ塀で囲ってね」


 バハムートの土台は巨大な魔獣で、土でも岩でもない。長い年月の間に堆積した貝の死骸や、サンゴで固まった岩礁のうえに築かれた都市だ。


 ひとびとは工夫して暮らしているけれど、手に入りにくいものへの憧れはあるようだった。


 わたしたちはアレクのために貝で作った楽器を選び、いろいろ教えてくれた女主人からも、ビーズのアクセをいくつか買った。


「そんなにいっぱい買うのですか?」


「これはニーナたちへのお土産。あっ、お店のフォトを撮らせてもらってもいいですか?」


「いいよ。エクグラシアでもウチの店を宣伝しとくれ」


「やった!ありがとうございます!」


 その後もいくつかの店を見て、最後に薬局を兼ねた素材屋を訪れた。素材屋は露店ではなく、しっかりとしたドアがついた石造りの建物で、買いとりのカウンターや素材の加工場を備え、ちょうど店主は鱗の仕分けをしていた。


 ヌーメリアが棚に並ぶガラス瓶に目を留める。


「薬草はやはり貴重なのですね。でも交易のおかげか種類は豊富だわ」


「海の素材が多いね」


「交易で仕入れる素材が大半だが、漁師が持ちこむこともあるし、加工する技術も私らの腕の見せ所だね。ただ保管は苦労していてね……湿気やすくて日持ちしないんだ」


「なるほど……」


 ロビンス先生に借りた古代文様集には、農作物を保存するための文様も載っていたけれど、農村で使われていた文様は海には伝わっていないようだった。


 簡単だからそれを教えると、店主にめちゃめちゃ感謝される。


「これはいい!また店においで。見学だけでもいいから」


「またゆっくりきますね!」


 本当は食べ歩きもしたかったけれど、また後日ゆっくり見て回ることにして、わたしたちはハルモニア号に転移して跳んだ。


 贅を凝らした中庭があるという、グストーの屋敷で開かれる歓迎会のために、準備をしなければならなかった。

街の人たちは船の来航に合わせて店を開いているので、ふだんは別の仕事をしています。

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