523.バハムートで買い物
街歩きの格好はどうしようかと考えて、気にいっているラベンダーメルのポンチョはやめて、五番街で買った術式の刺繍も美しい、真っ白なコートにする。
どんな格好をしようと、他所者でしかも錬金術師団長だというのはもうバレているのだ。
(目立つのは間違いないよね……それが狙いなんだけど)
ヌーメリアは紺色のケープコートに同色のベレー帽をかぶり、温かそうなマフを合わせている。
「わ、ヌーメリアすっごくおしゃれ!」
「紺色はヴェリガンの色で……落ち着きますし、きちんと感もでていいですね」
ベレー帽にはアミュレットの髪飾りが、さりげなくつけられていた。
「でも本当に私の用事につき合わせてよかったのかしら。ふたりきりのほうが……」
ヌーメリアが心配そうにレオを見る。いや、そういう気づかいは恥ずかしいのでやめてほしい。意識するとダメなんで!
「だいじょうぶですよ、僕もいっしょですし」
のんびりとした声がレオの背後から聞こえ、見るとこげ茶の髪で眼鏡をかけた地味な青年が立っている。
「えっ……ユーリ?」
ユーリはひとさし指を自分の唇にあて、いたずらっぽくウィンクした。
「しっ、今の僕はテルジオの部下で補佐官見習いです」
「いや、いくらなんでもムリがあるでしょうよ」
「それがそうでもないんですよねぇ。認識阻害の度合いを調節すると……」
ユーリが眼鏡の縁に手をふれて何か操作しただけで、なぜか目の前にいる青年のことはどうでもよくなる。
それより早く船を降りてバハムートの街に行かなきゃ!
「ま、いっか。早くいこ!」
レオが顔をしかめて頭痛でもするかのように、こめかみを押さえた。
「素直すぎるのも考えものだろう」
「えっ、何が?」
「……いや、いい」
何か引っかかるような気もするけれど、ここにいる人たちは、わたしにとって安全な人たち。
それがわかっているから、細かいことは気にしない。
わたしはみんなの先頭に立って、弾むような足取りでタラップを下りた。
護衛騎士のレオや補佐官見習い(?)のユーリを連れて、わたしとヌーメリアは港を離れて要塞都市バハムートを歩いて回った。
「わ、見て!サメ皮の財布だって!」
「あら、軽いですね」
「サメ皮の財布は水に強くて、じょうぶで使いやすいよ。しかも使いこむと艶がでて、色合いもよくなるんだ」
「へえぇ!」
ヌーメリアは真剣にサメ皮にふれて考えている。
「市場に行くことが多いヴェリガンには、財布もいいかもしれませんね」
「いいんじゃないかな。あの、手帳カバーみたいなものはありますか?」
「日にちをもらえば、注文もできますぜ」
「じゃあお願いします」
本人の前で注文するのは照れくさいけど、特別に名入れで作ってもらうことにして、わたしはさっさと代金を支払った。
市場の露店はあちこち破れた風よけのテントに囲まれ、ゴザにクッションを敷いて店主たちはのんびり声をかけてくる。
「こっちは骨を使った……楽器?」
「これはベラガという魚の骨で、叩くと金属みたいな音がするんだ」
同じく骨でできたバチで軽く叩くと、澄んだ軽い音がする。
「うわ、おもしろい!」
「貝を使った笛や打楽器もあるよ」
バハムートでは海で採れるものをうまく利用して、生活に必要なものを作りだしていた。大きな巻貝を使った笛はほら貝みたいだし、二枚貝を打ち合わせて音をだす、カスタネットみたいなものもある。
店主が即興でリズムをとりながら、演奏する音に聞き惚れていると、その横からも声がかかる。
「お嬢さんたち、アクセサリーも見ていきなよ。どれもバハムートで作られたもので、ほかじゃ買えないよ」
アクセサリーは貝や魚の骨を削ったビーズをつなげた、ジャックラスネックレスやブレスレットが主流で、高品質の貴石や宝石は使っていないけれど、独特の風合いはとても存在感がある。
「へえぇ、カッコいい!」
「エクグラシアのものと、ぜんぜんデザインが違いますね」
「バハムートでは石は貴重なんだ。だから貝や骨をわざわざ石のように加工するんだよ。こっちはサンゴも使ってある。こうやって何重にも巻くのがおしゃれなのさ。でもお嬢さんのピアスもきれいだねぇ」
「えへへ、ありがとう!」
店の女主人はちらりと見て、石の中で輝く魔法陣に驚いたらしい。わたしは素直に礼を言った。
「バハムートでは石は貴重なの?」
「そうだね。色石だけでなく、土や岩そのものが貴重だ。まだお嬢さんたちは船で着いたばかりで、グストーの屋敷を見たことはないだろう?」
「うん。夜になったら歓迎会をするって招かれているけれど」
「じゃあよく見てごらん。屋敷は石造りだし、中庭まである。バハムートの金持ちは、塀で囲って土がある中庭を造るんだ。そこに果物を植えるのが最高のぜいたくなのさ」
「果物が最高のぜいたく……」
「そう。海に囲まれて風さえも塩気を含んでいる。果汁が滴るような甘い実を庭で育てるんだよ。盗まれないようにわざわざ塀で囲ってね」
バハムートの土台は巨大な魔獣で、土でも岩でもない。長い年月の間に堆積した貝の死骸や、サンゴで固まった岩礁のうえに築かれた都市だ。
ひとびとは工夫して暮らしているけれど、手に入りにくいものへの憧れはあるようだった。
わたしたちはアレクのために貝で作った楽器を選び、いろいろ教えてくれた女主人からも、ビーズのアクセをいくつか買った。
「そんなにいっぱい買うのですか?」
「これはニーナたちへのお土産。あっ、お店のフォトを撮らせてもらってもいいですか?」
「いいよ。エクグラシアでもウチの店を宣伝しとくれ」
「やった!ありがとうございます!」
その後もいくつかの店を見て、最後に薬局を兼ねた素材屋を訪れた。素材屋は露店ではなく、しっかりとしたドアがついた石造りの建物で、買いとりのカウンターや素材の加工場を備え、ちょうど店主は鱗の仕分けをしていた。
ヌーメリアが棚に並ぶガラス瓶に目を留める。
「薬草はやはり貴重なのですね。でも交易のおかげか種類は豊富だわ」
「海の素材が多いね」
「交易で仕入れる素材が大半だが、漁師が持ちこむこともあるし、加工する技術も私らの腕の見せ所だね。ただ保管は苦労していてね……湿気やすくて日持ちしないんだ」
「なるほど……」
ロビンス先生に借りた古代文様集には、農作物を保存するための文様も載っていたけれど、農村で使われていた文様は海には伝わっていないようだった。
簡単だからそれを教えると、店主にめちゃめちゃ感謝される。
「これはいい!また店においで。見学だけでもいいから」
「またゆっくりきますね!」
本当は食べ歩きもしたかったけれど、また後日ゆっくり見て回ることにして、わたしたちはハルモニア号に転移して跳んだ。
贅を凝らした中庭があるという、グストーの屋敷で開かれる歓迎会のために、準備をしなければならなかった。
街の人たちは船の来航に合わせて店を開いているので、ふだんは別の仕事をしています。









