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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十二章 移動要塞バハムート

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522.甲板でティータイムを

挿絵(By みてみん)

毒の魔女ヌーメリア・リコリス

(絵:よろづ先生)

「……で、何でこういうことになるの?」


 ハルモニア号の広い甲板で、サルカス産の刺繍が縁にほどこされた、真っ白なクロスをかけたテーブルを囲んで、わたしたちは優雅にティータイムを楽しんでいる。


「ハーブティーだけじゃ、ちょっと物足りないですからね。ハルモニア号の料理は、ヌーメリアの結婚披露宴でも食べたし、期待していたんです」


 王太子の装いのまま、ユーリは三段重ねのプレートから、白手袋で料理をさくさく取りわける。


 もちろんヌーメリアの船上結婚式をやったぐらいだから甲板は広いし、ヴェリガンのハーブティーはお湯の温度もほどよく、香りがじゅうぶん引きだされている。


 湯気が立ち昇るお茶をくぴりと飲むだけで、ほわりと安心させる香りとともに、お腹がじんわりと温まっていく。


「さぁ、ネリア。皿には保温の術式をかけてありますけど、料理が冷めないうちにどうぞ」


「ありがとう……」


 王太子様に給仕させていると思うと居心地が悪いので、それは極力考えないようにする!


 ユーリはヌーメリアのぶんも、手際よく皿に盛りつけて渡していて、マメな王子様だ。


 船の調理スタッフが腕によりをかけた三段重ねのプレートは、下から順に肉を挟んだサンドイッチや、ココットで焼いたグラタン、卵料理にビスケット、色鮮やかなフルーツに濃いピンクの花で飾られたムースなど、盛り盛りのてんこ盛りだ。


 だけど思いだしてほしい……今の季節は真冬である。吹きっさらしの巨大な船の甲板で、冬でもあったかぬくぬくになれるアルバの呪文があるとはいえ、わたしたちはなぜここまで手をかけて、お茶を飲まねばならないのか。


 しかもそばには補佐官のテルジオだけでなく、魔術師のローラや竜騎士のレオポルドまで無言で控えている。存在感がありまくりのメンツに囲まれて、おいしい料理が楽しめるかっていうと……。


「休憩しよう……って、こういうこと?」


 わたしはどっちかっていうとヌーメリアとぬくぬく、暖かい部屋でソファーに座って、まったりおしゃべりなんかをするつもりだったんだけど……。


 こてりと首をかしげると、ユーリは自分のぶんのサンドイッチを手づかみで、ぱくりとひと口で食べてから、金の縁どりがある紅茶のカップを、余裕ありげな表情で持ちあげる。


「ハルモニア号はバハムートの監視下にありますからね。物見やぐらからも丸見えてしょう。わざと見せているんですよ」


「わざとなんだ」


「そう。〝魔力持ち〟である優秀な魔術師と竜騎士を従えて、船の看板で贅を尽くしたティータイムを楽しむ。バカみたいですけど……エクグラシアの国力と師団長の地位を、一目瞭然で知らしめるためです」


 あ、うん。バカみたいだって自覚はあるんだ……。ユーリは眉を寄せ、ちょっとだけ悔しそうな顔をした。


「グストーは『魔石以外に得られるものはない』といってのけたんです。エクグラシアはすっかり後進国扱いだ。まぁ、それは否定しませんけど。オドゥの眼鏡ひとつとっても、エクグラシアの魔道具は、サルジアの技術にはとうてい及ばない」


 建国して五百年とはいえ、国家としての基盤を整えて、魔石を安定して手にいれられるようになって、ようやく魔道具の開発に力を入れられるようになった。


 サルジアの歴史は二千年続いていて、グレンのように一生を研究に捧げた者は、きっと何人もいたのだろう。それでも……。


「あの、でもさ。サルジアには『脱いだ靴下ひっくり返し機』や、『カタツムリ自動捕獲機』はないよね」


 ユーリがハッとしたように顔をあげた。


「ネリア……」


「みんなそれぞれ好き勝手に、自分やだれかのために『そんなものだれが使うんだよ』って魔道具を自由に作る。それができるのはエクグラシアだからだと思うよ」


 優れた技術じゃなくたっていい。だれもが『やってみよう』と思えて、気軽に取り組むことができて、できた物がだれかを笑顔にする。


 生活の中で生まれるちょっとした発明、それが世界中で暮らすひとびとの生活を、人生すら変えることがある。それをやるのは別に、グレンのような天才じゃなくたっていい。


「そうですね……ありがとう、ネリア。勇気がでました」


 ユーリは板についてきた王子様笑いではなく、研究棟ではよく見せる、くったくのない笑顔になった。わたしは岸壁に積みあげられた木箱に目を留める。


「港も活気があるね。もう交易は始まっているの?」


「えぇ。バハムートで歓迎されるのは、魔石のほかには野菜や果物といった生鮮食料品です。それを先に船から降ろしているんですよ。かわりに海産物を仕入れます。これでハルモニア号でも、海の珍味や魚料理が楽しめますよ」


「いいね!」


 おいしいものはいつだって大歓迎だ。


「ここでは採れないゴリガデルスの燻製ジャーキーやリンガランジャの炙り肉の缶詰も、ぜいたくな嗜好品として人気ですね。実をいうと食料はじゅうぶん積んであって、補給のためバハムートに寄る必要はないんです」


「えっ、そうなの?」


「こうなったら腰を据えて、グストーから譲歩を引きだします。食糧倉庫は第一と第二のふたつに別れていて、交易で開放するのは第二倉庫のみ。第一倉庫には限られた者しか入れません」


 ユーリは白手袋をはめた手のまま、頭をポリポリとかいて苦笑した。


「どこにも寄港せず、サルジアに直行する準備だってしてたんですよ。けれどネリアが『定期航路がほしい』と言ったでしょう。僕ら大慌てで作戦を練ったんです。まずはエクグラシアの国力を見せつける。あとはグストーが何に反応するかを探ります」


「そっか……みんなの仕事を増やしちゃったね」


 眉を下げるとユーリは首を横に振った。


「いいえ。ネリアのシンプルな考えかたが、僕らの頭を整理してくれました。何度も行き来をするようになれば、サルジアとも新たな未来が築けるかもしれない。それはきっとリーエンも望むことだと思うから……」


 そこまで言ってから、ユーリはハーブティーを口に運ぶ。ちゃんと香りを楽しんで味わって飲んでいるみたいだ。


「じゃあさ、夜の歓迎会までは時間があるし、ティータイムが終わったら、わたしヌーメリアと街を見てくるね!」


 だって浮島の移動要塞なんて、一見の価値ありだもの。エクグラシアでは見られない街並みを歩いて、フォトに納めたい。


「ヌーメリアとですか?」


「うん。アレクやヴェリガンにお土産を探したいの。船を降りる前にヌーメリアと約束したんだ」


「当然、私も同行する」


 ユーリが心配そうにレオを見れば、今まで無言で控えていた彼は、きっぱりとうなずいた。

風の吹き荒ぶ中、鼻水垂らしてティータイムのイメージなのですが、アルバの呪文もあり術式の刺繍をされた服も着ているため、実際にはそこまで寒くないようです。

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