517.戦闘狂師弟
魔術師というのは好戦的で凶暴な職種らしいです。
その後、ハルモニア号の航海は順調だった。ときどき万魔殿状態になるものの、竜騎士レオと魔術師ローラでサクサクと片づけてしまうから、おかげで船の損傷も少なくて済む。
しかもヤバそうなときは、わたしまで引っ張りだされて、船全体に三重防壁を張らされている。
「ひいいいぃ!」
マストにしがみつくように……というよりも、ロープでくくりつけられるようにして固定し、ただ突っ立ってるだけですけど何か⁉
わたしは防壁をばっちばちに張り、目の前でくりひろげられる激しい戦闘を、臨場感あふれる甲板から目撃しているのだけれど……。
「いぃやああぁ!こっちこないでえぇ!」
半泣きである。クラーケンの血が青いなんて聞いてない。しかも船には防壁が張ってあるものだから、レオたちの暴れっぷりが凄まじい。
「強化式弐型魔法陣発動!」
さすが前魔術師団長、ローラの敷く魔法陣はでかい!渦を巻くように魔素が術式の線を走っていく、その中央で白髪が光を帯びて輝いた。
「ローラさんっ!それ何ですかああぁっ!」
「あん?これは魔術のドーピングだね。魔素による波動のふり幅をでかくする」
「そ、それって……」
「お嬢ちゃんは防壁をしっかり張ってな。くるよ!」
「な、何がって……きゃあああぁ!」
何が……と聞くヒマはなかった。魔法陣全体を縦横無尽に稲妻が駆け巡る。まばゆいばかりの閃光と火花が散り、雷鳴がとどろき爆風と突風が吹き荒れ、はじけ飛んだ魔物たちの欠片から、焦げた臭いが漂った。
竜騎士レオが雷魔法を炸裂させたのだ。しかもローラの補助魔法陣で何倍にも強化されている。
こんな状況でもわたしは防壁を張りっぱなしで、甲板に突っ立ってるだけである。だって何にもできないもん!
「すげ……衝撃すごかったのに、船には傷ひとつついてない」
船員たちが感心する横で、ローラはカラカラと笑い、楽しげに魔法陣をくりだしていく。
「レオポルドもいい女と婚約したねぇ!船が壊れる心配がないから、もっと派手にブチかますよ!」
そういう使いかたするんじゃないんだけどなぁ!
レオもその気になって魔力を練りだすんじゃなーいっ!
「ひいいいぃ!」
三度目の雷鳴がとどろいたところで、艦橋にいるユーリからエンツが飛んできた。
「お疲れ様です。半径五十キム以内の魔物は殲滅したようですよ。いったん休憩しましょう。ネリアにはホットココアも用意してありますからね」
「ホ、ホッドゴゴアがのびだいでずぅ~」
泣きながら訴えたら、ローラがしゅぱっとわたしにメローネの秘法をかけた。
「ひえっ⁉」
メロディ以上の速さにびっくりして、目をパチパチしていると、ローラはひとさし指でわたしのあごをくいっと持ちあげ、しげしげと眺める。金色に光る瞳は何だか猛禽類を思わせた。
「ななな何でしょうか、ローラさん」
「いや、この顔のせいかねぇ。あんたがベソかきながら悲鳴をあげるのを聞くと、何だか気分がいいんだよねぇ。スカッとするというか……」
「えええ⁉」
ローラがバリバリの武闘派魔術師だということは、ユーリに聞かされるまで知らなかった。さすがレオポルドのお師匠様!
そしてローラに見つめられているわたしは、蛇ににらまれたカエル状態だ。
「おかげで戦闘が楽しみでしかたないよ」
「た、楽しまないでください!」
わたしの護衛騎士、護衛騎士は何やってんのよおぉ!
助けを求めて思わずレオを目で探せば、彼は魔獣の残骸から、きっちり魔石や素材を回収している。
「これだけの魔石があれば、船の動力源としても役に立つだろう。リコリス女史がパラツァの毒袋をほしがっていた」
「パラツァって何?」
「これだ」
レオが無造作に取りだしたそれは、どうみてもゼリーに包まれてうごめく、むきだしの内臓で……。
「いぃやああぁっ!」
気が遠くなりかけたわたしはほっといて、ローラがクラーケンの残骸から、ころんと魔石らしき塊を蹴りだす。
「クラーケンの魔石はどうするんだい?」
「護符に仕立てて、彼女につけさせてもいいが……」
彼がちらりとこっちを見たので、わたしはぶんぶんと首を横に振った。
思い出がね、思い出がよみがえるの。クラーケンの全身が千切れて、青い血しぶきがドパーッって……そんな護符、身につけられるかあぁ!
レオは首をかしげて淡々とつぶやく。
「海は慣れれば、素材稼ぎにとてもいい。錬金術師団長ならもっと喜ぶかと思ったのだが……」
「素材稼ぎが激しすぎるんだもの」
マウナカイアの人魚たちはもっとのんびり、採掘してたもん。
「まぁ、あたしたち魔術師が遠征にでられる期間は限られているからねぇ。どうしたって効率優先で、根こそぎってパターンが多いよね」
「はぁ」
「その恩恵をあんたたちも受けているんじゃないか。防壁のおかげで助かっているし、感謝しているよ」
たしかに素材はありがたい。ありがたいんだけど……レオもローラもめっちゃ生き生きしているというか、こいつらマジで戦闘狂だよ!
イカやタコの血はヘモシアニンのため青いのです。クラーケンもきっと青。









