509.ユーリとの雑談
航海士の緊迫した声が艦橋に響く。
「まもなく竜王の領域をでます!」
レオの足元で転移陣が光り、彼の姿は一瞬で消えた。それを見送ったユーリが、首をひねってつぶやく。
「彼の騎士としての戦いぶり、はじめて見ますね」
「訓練場でライアスと手合わせをしていたのは、見たことがあるけど……」
そのときはオドゥがいっしょだった。三人はとても仲がよさそうに話していたのに。いつも不機嫌そうなレオポルドまで楽しそうに笑っていた。あのときわたしはびっくりして、彼の笑顔をぽかんと眺めていたっけ。
「心配ですか?」
わたしが黙ってしまったのが気になったのだろう。皮肉っぽいときもあるけど根は優しくて素直なユーリは、赤い瞳でわたしの顔をのぞきこんだ。
「あ、ごめん。ちょっとオドゥのこと考えてて……」
「…………」
ユーリの顔がくもり、わたしはあわてて話を変えた。ここは艦橋でみんなが見ている。不安そうな顔をしたり、考えこんだりしちゃダメだ。
「わたしね、レオポルドといっしょなら、オドゥに立ち向かえるかなって思ったの」
「オドゥにですか?」
驚くユーリにわたしは打ち明けた。
「うん。わたし最初のころ、オドゥのことが怖くて警戒してた。レオポルドの態度はひどかったけど、むしろ彼のほうが怖くなかった」
「あぁ、それは僕もわかります。研究棟に来てすぐ、オドゥにはコテンパンにやられましたから」
「そんな話、はじめて聞くよ?」
「そりゃあ、言いたくないですよ。魔力は僕のほうがあったけど、錬金術の腕も魔術全般に関する知識も、体術だって……なにもかも彼に敵わなかったんです」
(……ん?)
「体術って……どこで?」
引っかかる単語があって聞き返せば、ユーリはあごに手を当てて、思いだすようなしぐさをした。
「僕の研究室や工房、研究棟前の広場を使ったこともあったかな」
「きみたちは研究棟でなにをやっていたの」
思わずツッコミを入れると、ユーリは赤い髪をかきあげてクスクス笑う。
「グレンが師団長だったときは、僕らはのんびりしてたんですよ。ネリアがきてから、めっちゃ働かされてますけど」
「え……ちゃんと休憩もとってるし、休日もあるじゃん。夏はバカンスにも行ったよね?」
ちょっとそれは師団長としては聞き捨てならない。王太子をこき使ったりなんてしていない。そりゃあ魔道具ギルドにも魔術学園にも、ユーリについてきてもらったけど!
「ポーション作りや素材の精製、ミスリルの精錬は元からやってたし。わたしがきてから始めたのって、防虫剤と収納鞄とグリドルぐらいで、研究棟はブラックな職場ではないと思うんだけど……」
ところがわたしを見下ろして、ふふんとユーリは鼻で笑う。
「あとは収納鞄にグリドル作り、そしてカナイニラウとの交易、対抗戦は衝撃だったなぁ。ネリアといると退屈しないですよ。『死ぬ気で働け』って言葉、つくづく身に沁みてます」
「王太子を死ぬ気で働かせてなんていないよ⁉」
人材も素材も費用も足りないから、みみっちく稼ぐ手段を増やしているんだもん!
「どっかでドカンと稼げばいいのよ」
わたしはググッと拳を握りしめる。定期航路を開設したら、サルジアとの交易でがっぽり稼げるかもしれない。エクグラシアからも輸出できるものがないか、あとでテルジオに聞いてみよう
「そういうネリアの姿勢、僕も好きですよ」
ユーリがにっこりと笑った。タクラにいてしばらく会わない間に、彼のキラキラ王子様スマイルには、ますます磨きがかかったような気がする。
「わたしは艦橋にいるつもりだけど、ヌーメリアとリリエラはどうする?」
ネグスコ夫人になったヌーメリアが、おそるおそる手を挙げる。
「私は海で採れる毒物を研究したいのですが……よろしいですか?」
「毒を?」
「ええ。マウナカイアでは休暇を楽しみましたけど、今回は仕事ですし……ペンダントだけでなく、手持ちの毒を増やしておきたくて。あの男との対決も待っているでしょうし」
そういってヌーメリアは、もじもじと両手の指を絡めて、恥ずかしそうにほほえむ。
「私の持つ毒の知識がほしいなら、殺されることはないでしょう。その隙をつけないかと思っています」
なんとヌーメリアがやる気になっている。
「うん。でも危ないことはしないでね」
「はい。ラボを用意して頂きましたので。危ないので私以外は近づかないでくださいね」
(……うん?)
「わたしは『危ないことはしないで』と言ったんだけど」
こてりと首をかしげて念を押すと、ヌーメリアは目をぱちくりとして、真面目な顔でこくりとうなずく。
「私は知識がありますので平気です。でもみなさんには危険ですから」
やめる気はないんかーい!
そのままヌーメリアはローラに頼んでいる。
「戦闘後に魔物から素材を採集することはできますか?」
「どうしても……というなら、なるべく傷つけないよう気をつけるけど。なにがほしいのか、あらかじめ教えといてくれないか。レオ坊とも共有しておかないと、あいつはチリひとつ残さず片づけるからね」
「ええ。ネリア、さっきの〝海の魔獣図鑑〟を見せてもらえますか?」
「あ、はい」
退屈そうに話を聞いていた秘書のリリエラが、あくびをしながらテルジオへ話しかける。
「ねぇテルジオ、ノドかわいた。なんか作って」
「はいぃ⁉」
書類をペラペラとめくっていたテルジオが、すごい形相で顔を上げる。
タクラにいるとき、レオポルドはネリアに化けたリリエラの世話を、テルジオに頼んでいたらしい。そのせいかリリエラはノドが渇いたり、お腹がすいたりするといつも彼に声をかける。
けれどサッとなんでも用意できたタクラと違い、ハルモニア号ではテルジオも忙しいみたいで、わたしに文句を言ってきた。
「ネリアさんっ、秘書がほしいなら私に言ってくだされば、優秀な人材をいくらでもご用意しましたものを。なんで彼女なんですか!」
「うん、ごめん。リリエラもサルジアに行きたいって言うし。気になることもあって」
「気になること?」
精霊たちが世界に干渉するとしたら、サルジアの建国神話は〝海の精霊〟からどんな風に見えているんだろう。わたしはそれが気になっていた。
「それにリリエラはテルジオと仲がよさそうじゃん」
「そうだよな。絶世の美女から気にいられるなんて、僕もテルジオがうらやましいよ」
「殿下もっ、そんなこと心にも思ってないくせに!」
キイッとなったテルジオに、リリエラはするりと腕を絡ませる。
「イライラすんじゃないわよ。ほら、厨房にいこ。なんか作ってテルジオも食べればいいわ」
「わっ、私はですねぇ、仕事がっ……ああああ⁉」
人魚族のリリエラはああ見えて力が強いらしい。テルジオはあっさりと引きずられていった。









