495.クオードとオーランド
なんと日間20位!
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「国王と……ユーリもかんでいるのか?あやつは王太子になったばかりだろう」
カーター副団長はけげんそうに眉をひそめた。もともとこまっしゃくれたガキだったが、ユーリの意図がさっぱりわからない。
オーランドは息を吐くと、きちんとなでつけていた頭に手をやり、筋を描いていた金髪を指でぐしゃりと崩す。髪が少し乱れると、体格のいい彼は弟の竜騎士団長とよく似ていた。
「対抗馬ではなく、セットとして考える……と。王子ふたりがそろって錬金術師となり、協力しあって国の中核を担う。どちらが欠けても国政が回るよう、同等の能力を身につけさせろと」
「だがあれは……」
カーター副団長は苦み走った顔で、せっせと資料に取り組むカディアンを見た。多少流されやすいが、彼が根は素直でまじめな少年であることは、副団長も理解している。
「あれは王位への欲などないと表明するために、メレッタをパートナーに選んだのだろう。一介の錬金術師として働き、娘に尽くすと言っておった……」
クオードに認められるために魔道具の修理をこなし、オーランドが課す鍛錬にも耐え、カディアンは何とかメレッタと過ごす時間を確保しようとする。
それでいて何をするでもなく、メレッタの反応ひとつに喜んだり落ちこんだりあわてたり……。
ひたむきに任された仕事に取り組み、クオードにこき使われることすら、自分が役に立てるのがうれしいと、照れくさそうな顔をして喜ぶ。
『カーターさんはホントにすごい』
国王アーネストそっくりの赤い瞳をキラキラさせて言われれば、クオードとて気分がいい。カディアンはきっと、平和な日常を期待しているのだろう。メレッタを見守って、いっしょに錬金術にたずさわって、研究棟の中庭でみんなといっしょにグリドルを囲む。
……そんな日常を。
少し顔を伏せたオーランドがかける銀縁眼鏡のレンズが、魔導ランプの明かりをきらりと反射した。
「その点については、カーター副団長にもご覚悟いただきます。〝王族の赤〟であるカディアン殿下に用意されているのは、王位か公爵位のみ。当然メレッタ嬢も……」
「王妃か公爵夫人か……」
どさりとカーター副団長は書斎の椅子に腰をおろした。ギラギラした双眸はそのままに、ザラリとしたあごをなでる。朝に剃ったはずのヒゲは、少しだけ伸びていた。
「はい。成人すれば殿下も理解されるかと思いますが……今はまだこのことは、心の内に留めていただきたく」
実直なオーランドの言葉が、ひとつひとつ重くのしかかる。
「ふつうならば幸運だと、喜ぶべきなのだろうな……」
錬金術師団に入団を許可されたとき、そびえたつ王城に圧倒され、当然野心を抱いた。一介の錬金術師ではなく、だれからも認められる存在になりたい。そのために功績を……さらなる地位を望んだ。
実務をとりしきり、副団長の地位についてからは……いずれは師団長にと、グレンの背中を必死に追いかけた。
努力すればいつかきっと……と願い続けたもの。
それさえあれば、彼をバカにした先輩魔道具師を見返してやれる、妻のアナだって自分を尊敬するだろう。
だがそれは、娘とひきかえに転がりこんでくるものではなく、自分の力で手に入れるはずだった。
三番街にある小さな二階建ての、それでも庭がある自分たちの家。
そこでの穏やかな暮らしが、終わるというだけでも耐えがたいのに、その先に娘の幸福があるのかさえわからない。オーランドが澄んだ青い瞳で、考えこんでいた彼の顔をのぞきこむ。
「何があろうと我々補佐官が全力でサポートいたします。私たちはそのためにいるのです」
「すべてはエクグラシアを……存続させるためか」
吐き捨てるように言えば、オーランドはふっと眼鏡の奥にある目を細めた。
「それもありますが、そのために重要な役目を担う〝契約者〟が、それでも幸せな人生を送れるよう、見守るのも私たちの務めです。カディアン殿下が何より望むのは、メレッタ嬢の幸せですから」
「メレッタの幸せ……」
クオードはもういちど、まじめな顔で課題に取り組むカディアンを見た。頭をガリガリかきながら、百面相をして帳簿に数字を書きこみ、眠いのかときどき自分のほほをつねって顔をしかめている。
それでもたまらず大あくびをして、クオードと目が合うとハッとしたように、あわてて帳簿をパラパラとめくって顔を隠した。
どこかホッとさせる気の抜けたしぐさに、クオードは肩の力を抜いた。
「王族の務めなど……くそったれだ」
「…………」
毒づくクオードを、オーランドは無言で見守る。
「だがあれはもう既に、私の弟子だ。死ぬまで面倒を見てやる」
「ご協力感謝いたします」
オーランドは副団長に深く頭を下げ、遮音障壁を解除した。
「今日はここまでにしましょう」
オーランドから声をかけられて、カディアンは目をこすりながら顔をあげた。
「ん……助かった。そろそろ限界……」
ふわぁ、とあくびが口をつく。
「俺、がんばったよな?」
確認すると帳簿を片づけながら、オーランドがうなずく。
「ええ。明日の鍛錬もありますから、ゆっくりお休みください」
「へへ、クオードさんもお休みなさい」
「ああ」
書斎をでたカディアンがフラフラと、二階への階段に向かって歩いていると、廊下の隅に白い影が立っていた。
「カディアン」
「うわっ、ゴースト⁉」
ぎょっとして身がまえたカディアンが目を凝らせば、白とベビーピンクのストライプの、あったかモコモコパジャマを着たメレッタが、フードを目深にかぶっていただけだ。
「メレッタか、よかった……」
胸をなでおろすカディアンに、メレッタはほっぺたをふくらませて、むくれた顔をした。
「何よ、失礼しちゃう。カディアンのこと待ってたのに」
「俺を……待ってたのか?」
「まぁね、『お疲れ様』ぐらい言ってあげようかなって」
ツンとしていい放つと、照れたようにフードを引っぱって、そっぽを向く横顔がもうかわいい。
(何だよこれ……かわいすぎだろぉ⁉)
動揺したカディアンを、フードをかぶったままのメレッタが、ちらりと上目遣いで見あげてくる。
(待って、その表情……やめて!)
いろいろ頑張っていたカディアンの頭から、朝からオーランドにしごかれたこととか、昼間にクオードにしこたまこき使われたこととか、夕食後は帳簿と格闘していたこととか、すべて抜けてすっ飛んでいった。
「あのさ」
「なぁに?」
メレッタがぱちりとまばたきをした。
「ちょっとだけふれてもいい?」
「ふれるって……どこに?」
いいながらメレッタは少し意識したのか、自分の髪や肩をさわってチラチラとカディアンを見た。
「あ、えっと……」
どこにしよう。
だいぶ眠気が勝っていて、考えがまとまらない。
「カディアン、だいぶ眠そう」
「うん、眠い」
こくりと素直にうなずく。
「寝たら?」
「そうなんだけど……」
もっとメレッタと話したいし、彼女を見ていたいし、何ならふれてみたい。
(髪ならさわってもいいかな……)
カディアンがおずおずと手を持ちあげたところで、背後から声が聞こえた。
「なんだメレッタ、まだ起きておったのか」
「ひうっ!」
ビクリと身を震わせた彼を、副団長がじろりと眺めた。
「どうしたその手は」
「こっ、この手はメレッタにお休みを言おうとっ」
せっかく持ちあげた手を、カディアンはメレッタに向けて力なく振った。
「お、おやすみ……」









