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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
カーター副団長一家のリコリス温泉旅行

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495.クオードとオーランド

なんと日間20位!

応援ありがとうございます!

「国王と……ユーリもかんでいるのか?あやつは王太子になったばかりだろう」


 カーター副団長はけげんそうに眉をひそめた。もともとこまっしゃくれたガキだったが、ユーリの意図がさっぱりわからない。


 オーランドは息を吐くと、きちんとなでつけていた頭に手をやり、筋を描いていた金髪を指でぐしゃりと崩す。髪が少し乱れると、体格のいい彼は弟の竜騎士団長とよく似ていた。


「対抗馬ではなく、セットとして考える……と。王子ふたりがそろって錬金術師となり、協力しあって国の中核を担う。どちらが欠けても国政が回るよう、同等の能力を身につけさせろと」


「だが()()は……」


 カーター副団長は苦み走った顔で、せっせと資料に取り組むカディアンを見た。多少流されやすいが、彼が根は素直でまじめな少年であることは、副団長も理解している。


()()は王位への欲などないと表明するために、メレッタをパートナーに選んだのだろう。一介の錬金術師として働き、娘に尽くすと言っておった……」


 クオードに認められるために魔道具の修理をこなし、オーランドが課す鍛錬にも耐え、カディアンは何とかメレッタと過ごす時間を確保しようとする。


 それでいて何をするでもなく、メレッタの反応ひとつに喜んだり落ちこんだりあわてたり……。


 ひたむきに任された仕事に取り組み、クオードにこき使われることすら、自分が役に立てるのがうれしいと、照れくさそうな顔をして喜ぶ。


『カーターさんはホントにすごい』


 国王アーネストそっくりの赤い瞳をキラキラさせて言われれば、クオードとて気分がいい。カディアンはきっと、平和な日常を期待しているのだろう。メレッタを見守って、いっしょに錬金術にたずさわって、研究棟の中庭でみんなといっしょにグリドルを囲む。


 ……そんな日常を。


 少し顔を伏せたオーランドがかける銀縁眼鏡のレンズが、魔導ランプの明かりをきらりと反射した。


「その点については、カーター副団長にもご覚悟いただきます。〝王族の赤〟であるカディアン殿下に用意されているのは、王位か公爵位のみ。当然メレッタ嬢も……」


「王妃か公爵夫人か……」


 どさりとカーター副団長は書斎の椅子に腰をおろした。ギラギラした双眸はそのままに、ザラリとしたあごをなでる。朝に剃ったはずのヒゲは、少しだけ伸びていた。


「はい。成人すれば殿下も理解されるかと思いますが……今はまだこのことは、心の内に留めていただきたく」


 実直なオーランドの言葉が、ひとつひとつ重くのしかかる。


「ふつうならば幸運だと、喜ぶべきなのだろうな……」


 錬金術師団に入団を許可されたとき、そびえたつ王城に圧倒され、当然野心を抱いた。一介の錬金術師ではなく、だれからも認められる存在になりたい。そのために功績を……さらなる地位を望んだ。


 実務をとりしきり、副団長の地位についてからは……いずれは師団長にと、グレンの背中を必死に追いかけた。


 努力すればいつかきっと……と願い続けたもの。


 それさえあれば、彼をバカにした先輩魔道具師を見返してやれる、妻のアナだって自分を尊敬するだろう。


 だがそれは、娘とひきかえに転がりこんでくるものではなく、自分の力で手に入れるはずだった。


 三番街にある小さな二階建ての、それでも庭がある自分たちの家。


 そこでの穏やかな暮らしが、終わるというだけでも耐えがたいのに、その先に娘の幸福があるのかさえわからない。オーランドが澄んだ青い瞳で、考えこんでいた彼の顔をのぞきこむ。


「何があろうと我々補佐官が全力でサポートいたします。私たちはそのためにいるのです」


「すべてはエクグラシアを……存続させるためか」


 吐き捨てるように言えば、オーランドはふっと眼鏡の奥にある目を細めた。


「それもありますが、そのために重要な役目を担う〝契約者〟が、それでも幸せな人生を送れるよう、見守るのも私たちの務めです。カディアン殿下が何より望むのは、メレッタ嬢の幸せですから」


「メレッタの幸せ……」


 クオードはもういちど、まじめな顔で課題に取り組むカディアンを見た。頭をガリガリかきながら、百面相をして帳簿に数字を書きこみ、眠いのかときどき自分のほほをつねって顔をしかめている。


 それでもたまらず大あくびをして、クオードと目が合うとハッとしたように、あわてて帳簿をパラパラとめくって顔を隠した。


 どこかホッとさせる気の抜けたしぐさに、クオードは肩の力を抜いた。


「王族の務めなど……くそったれだ」


「…………」


 毒づくクオードを、オーランドは無言で見守る。


「だが()()はもう既に、私の弟子だ。死ぬまで面倒を見てやる」


「ご協力感謝いたします」


 オーランドは副団長に深く頭を下げ、遮音障壁を解除した。





「今日はここまでにしましょう」


 オーランドから声をかけられて、カディアンは目をこすりながら顔をあげた。


「ん……助かった。そろそろ限界……」


 ふわぁ、とあくびが口をつく。


「俺、がんばったよな?」


 確認すると帳簿を片づけながら、オーランドがうなずく。


「ええ。明日の鍛錬もありますから、ゆっくりお休みください」


「へへ、クオードさんもお休みなさい」


「ああ」


 書斎をでたカディアンがフラフラと、二階への階段に向かって歩いていると、廊下の隅に白い影が立っていた。


「カディアン」


「うわっ、ゴースト⁉」


 ぎょっとして身がまえたカディアンが目を凝らせば、白とベビーピンクのストライプの、あったかモコモコパジャマを着たメレッタが、フードを目深にかぶっていただけだ。


「メレッタか、よかった……」


 胸をなでおろすカディアンに、メレッタはほっぺたをふくらませて、むくれた顔をした。


「何よ、失礼しちゃう。カディアンのこと待ってたのに」


「俺を……待ってたのか?」


「まぁね、『お疲れ様』ぐらい言ってあげようかなって」


 ツンとしていい放つと、照れたようにフードを引っぱって、そっぽを向く横顔がもうかわいい。


(何だよこれ……かわいすぎだろぉ⁉)


 動揺したカディアンを、フードをかぶったままのメレッタが、ちらりと上目遣いで見あげてくる。


(待って、その表情……やめて!)


 いろいろ頑張っていたカディアンの頭から、朝からオーランドにしごかれたこととか、昼間にクオードにしこたまこき使われたこととか、夕食後は帳簿と格闘していたこととか、すべて抜けてすっ飛んでいった。


「あのさ」


「なぁに?」


 メレッタがぱちりとまばたきをした。


「ちょっとだけふれてもいい?」


「ふれるって……どこに?」


 いいながらメレッタは少し意識したのか、自分の髪や肩をさわってチラチラとカディアンを見た。


「あ、えっと……」


 どこにしよう。


 だいぶ眠気が勝っていて、考えがまとまらない。


「カディアン、だいぶ眠そう」


「うん、眠い」


 こくりと素直にうなずく。


「寝たら?」


「そうなんだけど……」


 もっとメレッタと話したいし、彼女を見ていたいし、何ならふれてみたい。


(髪ならさわってもいいかな……)


 カディアンがおずおずと手を持ちあげたところで、背後から声が聞こえた。


「なんだメレッタ、まだ起きておったのか」


「ひうっ!」


 ビクリと身を震わせた彼を、副団長がじろりと眺めた。


「どうしたその手は」


「こっ、この手はメレッタにお休みを言おうとっ」


 せっかく持ちあげた手を、カディアンはメレッタに向けて力なく振った。


「お、おやすみ……」

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挿絵(By みてみん)

(キャラクター原案:よろづ先生)

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