493.領主館での夕食
リョーク「第72話以来ですよ……まさか俺に再び出番があるとは思いませんでさ」
短編集のおかげですね!
「あああ、終わったああぁ!」
最後の魔道具が副団長の厳しいチェックを終えると、カディアンは両腕を振りあげて大きく伸びをした。
もう肩も首もバリバリで指先の感覚がない。手を頭の上で組んで首をコキコキと回していると、副団長が渋い顔で講評をくれる。
「ふむ。まぁまぁ及第点といったところだな。慎重なのはいいが魔導回路の彫りが甘い。魔素は気まぐれだ。きちんと術式や回路を構築せねば、そこからほころびが生じる」
「はい……」
アーネストによく似たゴツめの顔つきが眉を下げると、うなだれる大型犬のようで何とも情けない。副団長はオホンと咳払いをして言葉を続けた。
「だが集中力が最後まで途切れなかったのは、たいしたものだ。術式の線もまっすぐ引けている」
カディアンはパアッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「しゃくだがなかなか筋がいいな」
副団長が渋い顔で応じると、アナがおっとりとうなずいた。
「そりゃそうよ、カディアンは手先が器用だもの」
「そんなことないです。もっと細かな線が引けるようになりたい……そうしたらライガの性能もあげられるし」
カディアンは自分の大きな手を開いて、じっと手の指を見つめた。考える間もなく手を動かし続けた。ときどきリコリスの住人がやってきては、修理された魔道具に目を輝かせて、ていねいに礼を言って帰っていく。
冬だから保存食が多いが、時には差しいれもあったりして、魔道具が積まれていたテーブルは、いつまでたっても片づかなかった。
「それにしたってすごい量ねぇ」
「滞在中の食糧は貯蔵庫に備されていますが、何か召しあがられますか?」
アナが感心する横で、メモをとって目録を作っていたオーランドが顔をあげると、カディアンがうなずいた。
「うん。日持ちするものは王都に送って、父上たちにも召しあがってもらいたい。余ったぶんは領主館のスタッフに配ってくれ」
「かしこまりました」
オーランドがスタッフたちへ指示を伝えると、カディアンはホッとして肩の力を抜いた。以前は「こうしたほうがいい」とだれかが言えば、それにうなずくだけだった。
筆頭補佐官が交代してからは、必ずカディアンに指示を仰がれる。その判断が合ってるのかまちがってるのか……オーランドの顔を見るだけでは判断がつかない。
不安そうに見ているのが伝わったのだろう、ふと視線を上げたオーランドと目が合うと、彼はにっこりとした。竜騎士団長と同じで、くしゃりと笑えばそれだけ威圧感がやわらぐ。
「だいじょうぶですよ、念のため解毒の魔法陣を使いますが……殿下がなさったことで領民から差しいれられたものと聞けば、両陛下もお喜びになるでしょう」
「そうか……そうだよな!」
本当は少しだけ不安だった。人手をわずらわせて王都に運んでも、アーネストやリメラの口に入るかわからない。労働の対価としてもらった差しいれがうれしかった……と、忙しいふたりにその想いを伝えて、話ができるかもわからない。
オーランドが作った目録をじっくりと吟味して、副団長があごをなでる。
「ふむ。野菜も多いし、ならば量が食べられるよう鍋にでもするか。メニューの変更には対応できるか?」
「だいじょうぶだと思います」
「ならば決まりだな。食材を切りそろえてくれれば、あとは私たちでやる。給仕も不要だ」
冬期休暇の時期でもあるため、領主館には必要最低限の人員しかいない。使った食器は浄化の魔法をかけておけば、翌朝スタッフが片づけてくれるだろう。
自分たちのことはできるだけ自分たちでやることにして、副団長が魔法陣を展開しながら食材からダシをとり、アナはオーランドと酒や飲みものを選ぶ。
アナの好みで食前酒はピュラルのリキュール、メレッタたち未成年にはピュラルのソーダが用意された。
領主館の食器は以前のままで、リコリス家の紋章が入っているものも多い。メレッタとカディアンがテーブルに皿を並べていると、リョークの顔色が悪くなった。
「俺までお相伴に預かっちまって、いいんですか?」
リコリス家の紋章が入った食器を目にして、リョークはおじけづいたようだ。鍋奉行となった副団長がグリドルに、食材を放りこみながら重々しくうなずく。
「かまわん。食材は腐るほどあるし、どうせ独り身だろう」
「ですが……」
今にも帰りたそうに腰を浮かせたリョークを、アナが引き止める。
「そうよ、おおぜいで食べたほうが楽しいわ。リコリスの話も聞かせてくださいな」
「へぇ……」
返事をしてリョークはふたたび椅子に座ったものの、その顔色は悪いままで勧められた食前酒も断り、ピュラルソーダをちびちびと飲む。
そうしてカーター一家はリョークを交えてカディアンやオーランドと、ダシがぐつぐつと煮えたぎる深めのグリドルを囲んだ。
まずは根菜を煮て、火が通ったらタラスの葉を入れ、また沸騰しはじめる前に、さっと薄切りにした肉を湯にくぐらせる。
数種の調味料を組み合わせた、とろりとしたタレにくぐらせれば、肉のうまみが口の中に広がる。
「あら、いいお味ねぇ」
ふくふくとアナが具材を口に運べば、肉をパクついたカディアンが口を押えた。
「あふっ!」
どうやら慌てて食べようとして、ろくにタレもつけずそのまま口に放りこんだらしい。
「カディアンて猫舌なの?」
メレッタに聞かれたカディアンは、口を押えたままモゴモゴと答える。
「俺、あんま熱いものに慣れてなくて……奥宮では運ばれてくるころには、料理は冷めているんだ」
「そうなの……」
王族の生活ってそういえば、ちゃんと聞いたことがなかった……とメレッタが考えていると、カディアンはうれしそうに続ける。
「だから研究棟の昼食が楽しみでさ、兄上といっしょに食べられるのもうれしかったし、目の前で料理ができあがるし。今日もみんなでグリドルを囲んでいるから、まるで研究棟みたいだ」
「そうね、カディアンたらいつも、すごい勢いで食べてたわね」
「お、俺だけじゃないぞ。グラコスだってニックだって……」
カディアンが顔を赤くして言い返したところで、食事に手をつけようとしないリョークへ、アナが心配そうに声をかけた。
「リョークさん、ちっとも食べていないけど……どうしたの?」
「俺は、その……」
リョークは皿に描かれた紋章を見つめたまま、拳を握ってぶるぶると震えだした。
「この食器で食事をいただく資格がないんでさ。ヌーメリア様のご両親が事故で亡くなった時に、乗っていた魔導車を整備したのは……この俺なんです」
広間がシン……と静まりかえった。クツクツとグリドルから湯気が立ちのぼり、具材はどんどん煮えていくが、みなは凍りついたように動かない。カーター副団長が静かにグリドルのスイッチを切ると、ギョロリとリョークをみすえた。
「その話、くわしく聞かせてもらおうか」
493話にして新事実が!
(元々設定にはあったのです)









