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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
カーター副団長一家のリコリス温泉旅行

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493/564

493.領主館での夕食

リョーク「第72話以来ですよ……まさか俺に再び出番があるとは思いませんでさ」

短編集のおかげですね!

「あああ、終わったああぁ!」


 最後の魔道具が副団長の厳しいチェックを終えると、カディアンは両腕を振りあげて大きく伸びをした。


 もう肩も首もバリバリで指先の感覚がない。手を頭の上で組んで首をコキコキと回していると、副団長が渋い顔で講評をくれる。


「ふむ。まぁまぁ及第点といったところだな。慎重なのはいいが魔導回路の彫りが甘い。魔素は気まぐれだ。きちんと術式や回路を構築せねば、そこからほころびが生じる」


「はい……」


 アーネストによく似たゴツめの顔つきが眉を下げると、うなだれる大型犬のようで何とも情けない。副団長はオホンと咳払いをして言葉を続けた。


「だが集中力が最後まで途切れなかったのは、たいしたものだ。術式の線もまっすぐ引けている」


 カディアンはパアッと顔を輝かせた。


「ありがとうございます!」


「しゃくだがなかなか筋がいいな」


 副団長が渋い顔で応じると、アナがおっとりとうなずいた。


「そりゃそうよ、カディアンは手先が器用だもの」


「そんなことないです。もっと細かな線が引けるようになりたい……そうしたらライガの性能もあげられるし」


 カディアンは自分の大きな手を開いて、じっと手の指を見つめた。考える間もなく手を動かし続けた。ときどきリコリスの住人がやってきては、修理された魔道具に目を輝かせて、ていねいに礼を言って帰っていく。


 冬だから保存食が多いが、時には差しいれもあったりして、魔道具が積まれていたテーブルは、いつまでたっても片づかなかった。


「それにしたってすごい量ねぇ」


「滞在中の食糧は貯蔵庫に備されていますが、何か召しあがられますか?」


 アナが感心する横で、メモをとって目録を作っていたオーランドが顔をあげると、カディアンがうなずいた。


「うん。日持ちするものは王都に送って、父上たちにも召しあがってもらいたい。余ったぶんは領主館のスタッフに配ってくれ」


「かしこまりました」


 オーランドがスタッフたちへ指示を伝えると、カディアンはホッとして肩の力を抜いた。以前は「こうしたほうがいい」とだれかが言えば、それにうなずくだけだった。


 筆頭補佐官が交代してからは、必ずカディアンに指示を仰がれる。その判断が合ってるのかまちがってるのか……オーランドの顔を見るだけでは判断がつかない。


 不安そうに見ているのが伝わったのだろう、ふと視線を上げたオーランドと目が合うと、彼はにっこりとした。竜騎士団長と同じで、くしゃりと笑えばそれだけ威圧感がやわらぐ。


「だいじょうぶですよ、念のため解毒の魔法陣を使いますが……殿下がなさったことで領民から差しいれられたものと聞けば、両陛下もお喜びになるでしょう」


「そうか……そうだよな!」


 本当は少しだけ不安だった。人手をわずらわせて王都に運んでも、アーネストやリメラの口に入るかわからない。労働の対価としてもらった差しいれがうれしかった……と、忙しいふたりにその想いを伝えて、話ができるかもわからない。


 オーランドが作った目録をじっくりと吟味して、副団長があごをなでる。


「ふむ。野菜も多いし、ならば量が食べられるよう鍋にでもするか。メニューの変更には対応できるか?」


「だいじょうぶだと思います」


「ならば決まりだな。食材を切りそろえてくれれば、あとは私たちでやる。給仕も不要だ」


 冬期休暇の時期でもあるため、領主館には必要最低限の人員しかいない。使った食器は浄化の魔法をかけておけば、翌朝スタッフが片づけてくれるだろう。


 自分たちのことはできるだけ自分たちでやることにして、副団長が魔法陣を展開しながら食材からダシをとり、アナはオーランドと酒や飲みものを選ぶ。


 アナの好みで食前酒はピュラルのリキュール、メレッタたち未成年にはピュラルのソーダが用意された。


 領主館の食器は以前のままで、リコリス家の紋章が入っているものも多い。メレッタとカディアンがテーブルに皿を並べていると、リョークの顔色が悪くなった。


「俺までお相伴に預かっちまって、いいんですか?」


 リコリス家の紋章が入った食器を目にして、リョークはおじけづいたようだ。鍋奉行となった副団長がグリドルに、食材を放りこみながら重々しくうなずく。


「かまわん。食材は腐るほどあるし、どうせ独り身だろう」


「ですが……」


 今にも帰りたそうに腰を浮かせたリョークを、アナが引き止める。


「そうよ、おおぜいで食べたほうが楽しいわ。リコリスの話も聞かせてくださいな」


「へぇ……」


 返事をしてリョークはふたたび椅子に座ったものの、その顔色は悪いままで勧められた食前酒も断り、ピュラルソーダをちびちびと飲む。


 そうしてカーター一家はリョークを交えてカディアンやオーランドと、ダシがぐつぐつと煮えたぎる深めのグリドルを囲んだ。


 まずは根菜を煮て、火が通ったらタラスの葉を入れ、また沸騰しはじめる前に、さっと薄切りにした肉を湯にくぐらせる。


 数種の調味料を組み合わせた、とろりとしたタレにくぐらせれば、肉のうまみが口の中に広がる。


「あら、いいお味ねぇ」


 ふくふくとアナが具材を口に運べば、肉をパクついたカディアンが口を押えた。


「あふっ!」


 どうやら慌てて食べようとして、ろくにタレもつけずそのまま口に放りこんだらしい。


「カディアンて猫舌なの?」


 メレッタに聞かれたカディアンは、口を押えたままモゴモゴと答える。


「俺、あんま熱いものに慣れてなくて……奥宮では運ばれてくるころには、料理は冷めているんだ」


「そうなの……」


 王族の生活ってそういえば、ちゃんと聞いたことがなかった……とメレッタが考えていると、カディアンはうれしそうに続ける。


「だから研究棟の昼食が楽しみでさ、兄上といっしょに食べられるのもうれしかったし、目の前で料理ができあがるし。今日もみんなでグリドルを囲んでいるから、まるで研究棟みたいだ」


「そうね、カディアンたらいつも、すごい勢いで食べてたわね」


「お、俺だけじゃないぞ。グラコスだってニックだって……」


 カディアンが顔を赤くして言い返したところで、食事に手をつけようとしないリョークへ、アナが心配そうに声をかけた。


「リョークさん、ちっとも食べていないけど……どうしたの?」


「俺は、その……」


 リョークは皿に描かれた紋章を見つめたまま、拳を握ってぶるぶると震えだした。


「この食器で食事をいただく資格がないんでさ。ヌーメリア様のご両親が事故で亡くなった時に、乗っていた魔導車を整備したのは……この俺なんです」


 広間がシン……と静まりかえった。クツクツとグリドルから湯気が立ちのぼり、具材はどんどん煮えていくが、みなは凍りついたように動かない。カーター副団長が静かにグリドルのスイッチを切ると、ギョロリとリョークをみすえた。


「その話、くわしく聞かせてもらおうか」

493話にして新事実が!

(元々設定にはあったのです)

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