485.惚れ薬ドリンク③
アンケート結果は、『とろける甘口』でした。ご協力ありがとうございました!
「ええと、何でこんなことになってるのかしら?」
アナは困ってため息をついた。
錬金術師団特製の惚れ薬ドリンク。
いったいどうしてこんな恥ずかしい物を作ったのか……と思えば、緑の魔女の発案らしい。
自分の夫じゃなくてよかった。クオードは変なところで凝り性だから、研究者魂に火がつくと真面目に惚れ薬を研究しかねない。
そしてチラリと見た当のクオードはと言えば、真剣に売り子のミンサちゃんと真剣にフレーバーを吟味している。
「ふむ。味の調整なら任せるがいい、アナに不味いものを飲ませるわけにかいかんからな」
「季節感は出したいですよね!」
ここが青果店の店先じゃなくて四番街の裏道にあるしゃれた花屋で、彼が選んでいるのがフルーツではなくて、花束ならもうちょっとときめけるんだろうか。
アナには何だか変なことに巻きこまれた、という想いしかない。
「ほどほど、ほどほどでお願いしますっ!」
さっきからほどほど、ほどほど、と唱え続けているのはネリス錬金術師団長だ。
仮面をつけなくなった彼女は、パッチリした目と困っているらしき下がり眉がよく見えて……ハッキリ言ってかわいさが全開で、「困り顔もいい」とか言いだすヤツがいそうである。
もちろん元々元気がよくて、かわいらしい子だとはアナも思っていたけれど、夏にマウナカイアへでかけた時より、数段キレイになった気がする。
(魔術師団長と婚約したって聞いたときはピンとこなかったけど……これならアリかも)
アナは王子様はだいすきだが、美麗な魔術師団長にはときめかない。要は好みではないのだ。
それに今のイチオシは、娘の婚約者のカディアンだった。王子様じゃなくても、あれほどレース編みの話題で盛りあがれる相手は他にいない。
ともかく夫の上司にはあいさつしよう、自分が正気なうちに。
「ネリス師団長、こんにちは」
「ううう、アナさんすみません。変なことに巻きこんじゃって」
ちゃんと自覚はあるらしい。
「いえいえ、クオードの話だとメレッタが飲むかもしれなかったそうですから」
そう言ってチラリとユーリを見る。いくら王子様でもふざけるなよ……牽制の意をこめてにらみつけたつもりが、彼はバツが悪そうな顔どころか、にっこりさわやかに笑ってあいさつしてきた。
「試飲にご協力ありがとうございます、カーター夫人。お口に会えばいいのですが……もしよろしければ、カディアンと同じくアナさんとお呼びしても?」
キラーン。
まばゆいばかりの王子様スマイルに、アナの理性はブッ飛んだ。
「とんでもないですわ、殿下っ。どうかアナとお呼びください!」
「では、アナ……どうぞ」
差しだされたグラスをうっとりして受け取ると、クオードの仏頂面がそこにあり、アナは「チッ」と舌打ちしたくなる。お前はお呼びじゃないんだよ……感がハンパない。
けれど甘い惚れ薬ドリンク入りカクテル、王子様と飲んだらアナの心臓が止まってしまう。
(しかたないわね。ネリス師団長は『ほどほどの効果』と言ってたし、『ステキね』ぐらいは言ってやろうかしら)
ムスッとしたままのクオードと並んで、アナはストローを口にくわえた。
ちゅーーーー。
淡いピンク色のスイートドリンクは、意外とさっぱりして飲みやすい。ストローから口を離して、ホッと息をつく。
チラリと横を見ればやはり、いつものクオードが真剣な表情で、んぐんぐとドリンクを飲んでいる。
(まぁ、こんなもんよね。まかりまちがってもクオードがキラキラ王子様に見えることなんてないだろうし……)
ところが惚れ薬ドリンクを飲み切った夫は、アナをふりむくなり開口一番こう言った。
「アナ、きみと結婚できて幸せだと……私はきみに言ったことがあったかな?」
ブフォーッ!
カディアンが飲んでいたディウフの、健全なコールドプレスジュースを噴きだした。
「あなた⁉️」
「お父さん⁉️」
メレッタまでもが目を丸くしている。
「いいえ、ないけど……」
あなた、どうしちゃったの?
そう聞く前にクオードはアナの前にひざまづいて、その手を取って自分の額に押し当てた。
「ならばこれからは毎日言わせてほしい。きみと出会えてよかった……結婚できてよかった……」
……キュン。
アナはかわいいものに弱い。これも惚れ薬の効果かもしれないが、いつもムスっとした夫がひざまづいて愛をささやくというシチュエーションに、不覚にもときめいてしまった。けれどメレッタもカディアンもいる場所である。あわててクオードにささやいた。
「あなた、いくら惚れ薬ドリンクだからって、やりすぎよ……」
クオードはブンブンとかぶりを振って、さらに真剣な表情でいい募る。
「私はっ、きみに愛をささやく勇気がなくてっ。本当は毎日言いたかったんだ!」
「ウソ!」
メレッタの叫びが聞こえる。何だかよくわからないが、そういうことらしい。
「これ、副団長が正気に戻った時がヤバいなぁ」
ユーリがポリポリと頭をかくと、クオードはギッと彼をにらみつけた。
「私は正気だっ!こんな素晴らしい妻を持った気持ちがお前にわかるかっ!」
「僕は独り身ですから」
「ユーリも言い返さないの、負けず嫌いなんだから」
「そうよ、あなたったら正気に戻りなさいよ。私、料理も掃除もヘタじゃない」
「何を言うか……きみの美しい手を汚すぐらいなら、料理や掃除など私やお掃除君に任せておけばいい」
「あなたったら……」
副団長が止まらない。そしてメレッタがよろめいてカディアンに支えられる。
「私、ちょっと休みたい。さすがに両親のラブラブはなんか強烈すぎて……」
「あ、ああ……ちょっとこっちに座ろう」
カディアンは市場の端っこのベンチに、そっと彼女を座らせて横に座った。
「ありがと、カディアン。助かったわ」
ふう、と息をついてリラックスしているメレッタの横で、カディアンは真正面を向いたまま話しかけた。
「あの、さ……メレッタ、俺たちは自分のペースでいいよな」
「もちろんよ」
メレッタも同感だ。惚れ薬ドリンクなんかたまったものではない。
「うん、それに俺……惚れ薬なんか飲まなくても、メレッタのこと守るって決めてるから」
そう言ってカディアンはうれしそうに、くしゃりと笑った。
「なんだかんだいってさっきの副団長、アナさんへの告白以外はいつもの副団長でしたよね」
「人格が豹変するわけでもないんだな」
「あのふたりが飲んだらどうなるんだろう?」
カーター副団長が落ちついたあと、ついにわたしの順番がやってきた。そしてこのためにわざわざ、市場に現れた魔術師団長にまわりがザワついている。
「また愚かなことを……」
「わたしもそう思う……」
渋い顔をしているが、彼も「飲まない」とは言わない。さっきのアナ夫人のようすを見るかぎり、効き目には個人差があるらしい。カーター副団長は凄かったけど。
『女は度胸だ。ドーンと行きな!』
ばっちゃもそう言ってたもんね。よおし……えいっ!
わたしは惚れ薬ドリンクをガッとつかむと、レオポルドにずいっと差しだし、ストローの片方を口にくわる。そして勢いよく吸いあげた。
チューーーーーッ。
「…………」
いっしょにドリンクを飲むレオポルドの顔が近い!
動揺して噴きそうになるのをこらえて、それはもうぐいぐいと飲む。
チューーーーッ、ズッズッ、ズズッ!
最後までしっかり飲んでプハーと息を吐きだし、顔をあげたわたしは卒倒しそうになった。目の前にいる人物を見て、体が自然にプルプルと震えだす。
「どうしよう……」
「ん?」
何でこんなことに今まで気づかなかったんだろう!
「どうしよう、わたしの婚約者めっちゃカッコいいんだけど⁉️」
震える体を自分の両腕で抱きしめ、わたしは身悶えした。そのようすを見たレオポルドは、軽く目をみはった。
「婚約者だという自覚があったのか……」
まばたきをしてもう一度じっくり見ても、やっぱりカッコいい!
「やだ、すごくカッコいい。しかもキラキラしてる!」
オドゥがあきれたようにつぶやく。
「何を今さら……」
ユーリも不満そうに口をとがらせた。
「いつも彼はまばゆいばかりに、キラッキラじゃないですか。僕だっていい線いってるとは思うけど」
ライアスは眉をひそめて首をひねった。
「もしかして今ようやく気づいたのか?」
外野がうるさいけど、もうそれどころじゃない。わたしは両手で自分の目を覆った。
「まぶしすぎて直視できないよ!」
「即効性なのか?」
「は、はい。反応がすぐに出ないと……屋台で売るには不向きですから」
レオポルドがヌーメリアに確認する声と、ユーリとオドゥのひそひそ話だけが聞こえる。
「ついこのあいだまで、面と向かって怒鳴り合ってましたよね」
「頭突きもかましてたよな」
外野がうるさいけど、もうそれどころじゃないんだから!
わたしの心臓がバクバクして、このままではもちそうにない。これが惚れ薬ドリンクの効果なの⁉
……やばすぎるんだけど⁉









