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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
番外編

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480/564

480.雪ゾリレース開始

 わたしは大きく深呼吸する。肺に流れこむ空気は湿った海風で、この風から雪の結晶を育てていく。乾燥したデーダス荒野とちがい、ドカ雪にならないように注意しないと。


『育てたい結晶を思い浮かべ、気象条件を整える。雪を降らせる魔術は繊細で緻密な作業だ』


 まずは街の人たちに降る雪を見せよう。まずは魔法陣で事象をひき起こす場となる結界を作りだす。わたしは腕を伸ばしてタクラ上空に大きな魔法陣を出現させた。


 そっと慎重に魔力を押さえこんでいるフタをずらし、魔素を動かすイメージで術式に送りこめば、魔法陣は太陽を浴びて空に浮かぶオーロラのように、紡いだ術式を浮かびあがらせて輝きはじめる。


(きれいな結晶にするには……マイナス十五度が理想だ。それに風向きも調節しないと)


 上空の魔法陣で場の気温をどんどん下げていくと、核となる氷晶が形成される。やがて上空の冷気が地上にも伝わってきた。ひとびとは温かいスープや揚げパンが買える屋台に集まっている。


 まだ雪は降らないけれど、ゆっくりと育てた結晶の向きを風でそろえれば、太陽の光を反射してキラキラと光るサンドッグが出現した。


「太陽が……まるで月のようにふたつあるぞ!」


 キトルのはいったダルシュらしきスープをすするひとびとが、空を指さして歓声をあげている。


 このぐらいで魔女たちは驚くだろうか……きっとまだだ。海から立ち昇る水蒸気と、地表をくだり海へ流れこむ冷えた潮風とで対流が起こる。わたしは術式を紡ぐと吹く風に命じて、降る雪を受けとめられるように、地表からも熱を奪っていく。


『魔術師は事象を支配する』


(……難しい!)


 世界を白く染めて雪景色に変える。それだけのことなのに、全身から汗が噴きだしてきた。ふだんわたしが錬金術であやつる空間はとても小さい。都市という空間の絶望的な広さに目の前が暗くなる。デーダスでは何も考えずに魔法陣をあやつれたのに。それにタクラの空はデーダスより狭いのに……。


 そのときわたしの肩に手が置かれた。


「上空の魔法陣に集中しろ」


「レオポルド……」


 黄昏色の瞳が魔法陣をとらえ、その光を映して複雑な色にきらめいた。


「この地に雪を招くのだ。条件さえ整えれば結晶は育ち、いずれ地上へと降りてくる」


「条件……」


 風は勝手に吹く。だから温度を保つことを必死に心がけた。きれいな枝を伸ばした美しい雪を降らせたい。


 うっすらとあいたフタの位置が少しずれたけれど、わたしはかまわず魔素を送り続けた。やがて星状六花の雪結晶がチラチラと風に舞う。


 降る雪に歓声をあげて子どもたちが家を飛びだし、雪を追いかける子や、あーんとあけた口で雪を食べようとする子もいる。冷たい風でほっぺを赤くしているその姿に、わたしはほころんだ。


(どこの世界でも、子どもって変わらないんだなぁ)


 やんちゃではっちゃけて遊ぶのが大好きで。


(待っててね、今この街を埋めるぐらいの雪を降らしてあげる)


 この世界を真っ白に埋めつくして、わたしはその中を風になって飛んでゆくんだ。そうこうしているうちに条件が整った。体の奥底から魔力が吸いあげられるような感覚……わたしは上空で光る魔法陣へと一気に魔素を送った。


「えいっ!」


 いきなり魔法陣が白く包まれ、ドカーンと降った新雪に埋もれた街角で、ひとびとがキャーキャー言いながら、埋まった人を引っぱりあげて救出する。ふりかえるとライアスもレオポルドも腰のあたりまで埋まっている。


 そしてわたしは胸まで埋まっていた。何かカッコ悪いけれど、精一杯を威厳をこめて魔女たちをふりむいた。


「これでいかがでしょうか?」


 わたしが緑の魔女フラウと白の魔女ローラに確認すると、ぽかんとしていたふたりはハッとして「まだまだ」と首を振った。


 海の魔女リリエラはテルジオといっしょに屋内に避難してブランケットにくるまり、手はハンドウォーマーに突っこんでぬくぬくと鑑賞中だ。どうやら暑さだけでなく寒いのも苦手らしい。


 わたしは三人の大魔女を見渡して、にっこりした。


「まだまだですよね。ではリュージュの開始です!」


 手袋をした両手をぎゅっと握りしめれば、すっとわたしをエスコートして、レオポルドがちらりと魔女たちを見た。


「とめるなら今のうちですよ」


「いいや、試練だと言ったろう。その娘がどこまでやるか見せてもらおうじゃないか!」


 譲らない大魔女たちのようすに、レオポルドはふう息を吐き、その場で転移陣を描いた。


「とことん、がご所望のようだ」


「もっちろん!」


 雪ゾリレースのルールはかんたん、どのルートを通ってもいい、いちばん早くゴール地点のタクラ港まで滑り降りたら勝ちだ。


 タクラ駅の前にスタンバイした雪ソリは四台、そのうちのひとつにレオポルドとわたしが乗りこみ、残り三台にはそれぞれ、ヴェリガンとヌーメリア、ディンとニーナ、そしてアンガス公爵と公爵夫人が乗りこむ。


 ニーナが用意した染料をソリにしこめば、鮮やかな赤や青、黄に緑の軌跡が雪を染める。この染料は雪が融ければ消えるしくみだ。


 竜騎士団長ライアスが蒼竜の描かれた大きな旗を持ち、ばっと振ったのを合図に四台のソリは銀雪を滑りだした。ゆっくりと滑りだしたソリはすぐに加速して、タクラの街を抜けていく。


「きゃっほー!」


 思いっきり上体を傾ける形になるので、わたしがレオポルドを抱きかかえるみたいな格好だ。空が見えて飛ぶように景色が過ぎ去っていく。ただビュウビュウと耳の近くで風が鳴き、わたしたちはソリを疾走させた。


「きゃああああ!あなたああぁ!止めて、止めてえぇ!」


「降りきるまで止まれるわけがなかろう!」


 わたしの横でアンガス公爵夫人の悲鳴とアンガス公爵の怒鳴り声があがった。


 青ざめていたはずのアンガス公爵が、ガンガンにソリをかっ飛ばし、ノリ気だった公爵夫人は必死に夫の背中にしがみついている。


「タクラの街なら地元みたいなもんだぜ!」


 ニーナを後ろに乗せたディンは、わざとコースアウトし傾斜で弾みをつけると、建物の屋根に青い軌跡を残しながら飛び越えていった。


「すごっ!」


「ちょっと、安全運転してよ!」


 ニーナの怒鳴り声もあっというまに小さくなる。


「キィヤアアアアァッ!」


 金切り声をあげるのはヴェリガンで、うしろに座るヌーメリアは目を閉じて彼にしがみついている。景色を眺める余裕はないらしい。


 建物の窓から見物している人たちに、ソリから手を振ったらレオポルドに注意された。


「しっかりつかまっていろ!」


「え……きゃ!」


 ズザザザザッ


 急カーブにさしかかったソリが思いっきり傾き、わたしはソリから振り落されそうになる。


「跳ぶぞ!」


「跳ぶ⁉」


 せまい通路を一直線に滑りスピードが増したところで、レオポルドがさっきのディンみたいに、傾斜を利用してソリを飛ばす。ガクンと体が後ろに引っぱられ、風が耳のそばでうなりをあげた。


 どんだけやんちゃなの⁉


 雪ゾリで空を飛ぶのはサンタさんだけでいいんだよ!


「ちょっと、危なっ!」


「ライガで飛ぶのと同じだ!」


 同じじゃない、これ絶対、同じじゃない!


 ソリは空を飛ぶ乗り物じゃないです!


「そらっ!」


 赤い軌跡を描きながら、ふたりが乗ったソリはまたタクラの空を飛んだ。


「いぃやあああぁ!」


 わたしはヴェリガン以上の金切り声で叫んだ。

SSよりもレオポルドがはっちゃけています。

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