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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
番外編

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479.雪遊びの提案

2023冬SS『港を埋める雪』を、さらに加筆修正してます。

1月28日は3巻の発売記念日なので、ライアスやミストレイの話も準備中です。

 甲板からみんなが談笑している部屋に戻り、わたしは宣言した。


「三魔女の試練に応えるため、タクラの街に雪を降らせましょう!」


 アンガス公爵夫人が扇で口元を押さえ、ぱちくりと目をまたたいた。


「雪を……たしかにタクラには雪が降りませんし、珍しいことではありますけれど」


 〝緑の魔女〟フラウ・ネグスコが、退屈そうに鼻を鳴らした。


「雪ぐらいじゃ、あたしたちは驚かないよ」


 わたしは自信たっぷりにほほえんで見せた。


「それだけではありません。雪の積もったタクラの街全体を使って雪遊びをします!」


「雪……遊びですか?」


 首をかしげたアンガス公爵夫人に向かい、得意そうに胸を張る。紫陽石とペリドットのネックレスがキラキラ光り、みんなの視線がそちらに集中した。このネックレス、自己主張しすぎだよ。


 え、こんなに見られるもんなの……焦りつつもかまわず続ける。


「そうです。わたくし錬金術師ネリアは、魔女の修行もしている最中なのです。港を休める休港日に、タクラの街に雪を降らします」


 〝白の魔女〟ローラがわたしにたずねてくる。


「雪遊びをするなら積もるほど雪を降らせないといけないが……レオポルドが手伝うのかい?」


「いいえ、わたしひとりで。たぶん……『えいっ!』てやればだいじょうぶです!」


 わたしの隣に座るレオポルドが眉をあげた。


「あの変なかけ声か……」


「このお嬢ちゃんがひとりでやるって?」


 ローラが眉をあげてレオポルドにたずねれば、彼は渋い顔をして答える。


「余裕でしょう」


「余裕……」


「デーダスで練習しましたし、海のそばにあるタクラは水が豊富です。お任せください!」


 目を丸くしてまじまじとわたしを見つめるローラを、わたしはニコニコと見返した。


「ちょっとローラ、今から驚いてどうすんだい」


 あっけにとられているローラに、フラウが突っ込みをいれる横で、レオポルドが疑わしげに聞いてくる。


「街全体を雪に埋めるつもりか?」


「休みなんだから平気だよ」


「平気なのか?」


「うん、たぶん」


「たぶん……」


 レオポルドが眉をひそめる後ろで、竜騎士団長のライアスが「街の耐雪設計はどうなっている?」と騎士たちに確認している。


 ふっふっふ、わたしは知っているのだよ。ここエクグラシアでは、建物にはちゃんと修復の魔法陣がかけられていることを。


 だから多少壊れてもだいじょうぶだって!


「うわ、ネリアの瞳……キラキラ具合がヤバいですね。これはぜったいに最大限に備えたほうがいいです」


「わかった、修復班と医療班を待機させる」


 ユーリがそんなことを言い、ライアスは真剣な表情で力強くうけおった。


「頼もしいけど、ライアス……そんなに大げさにしなくても」


「……きみがやることに関して、決して油断してはならないと秋の対抗戦で学んだからな」


 ライアスがさわやかに笑えば、まぶしい光がこぼれるようで、会場のあちこちから令嬢たちの悲鳴があがった。


「ちゃんとデーダスで練習したもん」


 水をただ凍らせただけでは雪にならない。


 雪の結晶の生成には〝昇華凝結〟という事象を魔術でひき起こす。


 低温で水蒸気から氷晶を核に、枝を伸ばすように結晶を育てることで、美しいスノークリスタルができあがる。


 魔術師は温度や湿度に風……さまざまな条件を術式で操り、気象条件を整えることで雪を降らせるのだ。


 本物の魔術はスティックを振れば雪が降る、なんて生易しいものではないのだよ。高度な術式の計算により大気を操るんだから!


 覚えた魔法はさっそく使って遊びたいものなのだ!


 ここタクラの港は温暖で冬でも凍ることはない。来航する船も多く、冬期休暇の間もみな休まず働いている。けれど月に一度、休港日というものがある。


 休港日には港だけでなく都市全体が、その機能を停止させる。せっかくの休みだが開いている店もなく、ひとびとは家にこもり静かに過ごすという。


「たしかに何もない日ですから少し退屈ですけど。雪が降ったらどうなるかしらね、あなた?」


 公爵夫人に水を向けられたリッジ・アンガス公爵は、あからさまにホッとした顔で咳払いした。


「べつに……雪ぐらいで何も変わらんだろう」


「それはよかった、ではみんなでリュージュをしましょう!」


「まて」


 レオポルドがさっそく声をあげる。


「なあに、レオポルド」


「それは聞いていない」


「だよね、いま初めて言ったもん」


「……」


 光のかげんで色を変える、黄昏時の空を思わせる瞳の色がぐっと濃くなった。この色は初めて見るなぁ……などと考えていると、これまた赤い髪と瞳に戻ったキラキラ衣装のユーリが、レオポルドに声をかける。


「あきらめしょうレオポルド、ネリアですし。そのうち慣れますよ」


 レオポルドがくるっとユーリを振り向く。


「慣れたのか?」


「慣れました」


「……そうか」


 涼しい顔でこくりとうなずくユーリに、レオポルドは達観したような遠い瞳をして、ため息をついた。なんだか通じ合っちゃっているふたりに、会場のそこかしこから「麗しい……」と、ささやき声があがった。


「冬のスポーツなら何でもいいけど……広いグラウンドなんてないし。それなら遊び場を造っちゃえばいいんだって思いついたの。港に浮かぶ船からも眺められて、街の景色に変化がつく雪遊びをしようって。だからリュージュ……雪ゾリレースをやります」


 一瞬ドラゴンたちが休む海遊座が頭に浮かんだけれど、だだっ広くても周りは海だ。球技などしたらボールが海に落ちる可能性がある。


 ソリは港で使う荷運び用のものを使えば、タクラらしくていい!


「ソリ別に色分けした跡がつくようにすれば、色とりどりの軌跡が船からも観察できて鮮やかです。雪を染める色の用意はニーナにお願いしていいかな?」


「まぁ、ステキ!」


 アンガス公爵夫人はノリがいい。話題になるようなことなら何でも歓迎なのだろう。


 雪で埋めてしまえば階段の急斜面だって滑走できる。軒先を雪ゾリが滑り抜けるさまを、窓からぬくぬく観戦できるなんて最高だ。とにかく派手に街全体を使ってどでかくやろう。


「しかし……」


 眉間にシワを寄せて考えこむレオポルドとは逆に、リッジ・アンガス公爵が意外と前向きだった。


「雪ゾリレースは面白そうだ。もしもレイメリアなら、いきなり物理で来るか『骨ごと燃やす』と言いかねないからな。それぐらいならかわいいものだ。いや、よかった」


 しきりにうなずいてはホッとしている公爵は、何かレイメリアに対してイヤな思い出でもあるのだろうか。





 そして休港日。雪ゾリレースはタクラ駅前広場からスタートして、上層、中層、下層へと階段の傾斜や水路に渡された細い通路を利用し、ゴールのタクラ港までのタイムを競う。


 港で使われる荷物運搬用のソリを、レース用に仕立てあげる。


 運悪くソリが飛びこんでもだいじょうぶか、ルート沿いの建物ではひととおり修復の魔法陣の点検を済ませた。


「よーし、見ててねレオポルド!」


 ぶんぶんと手を振ってスタンバイすれば、黒い魔術師団のローブを身につけたローラが、魔術師団長のレオポルドに話しかける。


「またえらいのを嫁にしたねぇ」


「まだ嫁じゃありません!」


 かみつくように返事をする彼を横目に、わたしはそっと舌で唇を湿らせた。上空を見あげ、深く息を吸いこむ。


 さぁ、雪の結晶を育ててみよう。

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