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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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474/564

474.チェンジ!

今年もお世話になりました。よいお年をお迎えください!

「僕が〝イグネラーシェの希望〟……そんなわけがあるか。僕には絶望しかなかったのに。僕じゃなくてもよかったはずだ。いちばん幼いルルゥでも……それなら家族のことなど、すぐに忘れたかもしれないのに!」


『お前はきっと僕を許さないだろう』


 父の言葉がオドゥの脳裏によみがえった。


「ああ、許さないよ父さん。あんたは僕を助けたつもりで、絶望の縁に叩き落とした」


 絞りだした言葉の最後は、涙で声が震えていた。


「オドゥ……父上が殺したのではない」


 目からあふれる液体のせいで、視界がにじんだオドゥの耳に、長年つき合った老錬金術師によく似た声が響く。


「疫病が発生し小さな集落は、ひとたまりもなかった。発症したときは手遅れで……彼は病が広がるのを防ぐため、水の魔石を使ったのだ」


「それを聞いて何になる。どうして最初から逃げなかった。僕みたいに里から遠ざけていれば……」


「もたらされる〝滅び〟がどんなものか、そのときはわからなかった!」


 ミニネリアがオドゥに向かって叫ぶ。


「グレンは、わたしのときは免疫系の術式を構築していたの。だから……一生懸命研究はしていたの」


「ああ……そうか。きみがグレンの成し遂げた奇跡、つまり成功で……僕の家族はヤツの積みあげた、失敗のひとつだったのか」

挿絵(By みてみん)

 彼の左目は金色に爛々と輝いたまま、笑っているような、泣いているような厳しい眼差しをミニネリアに向ける。


「グレンがきみの体に刻んだ術式が生み出されるまでに、何人が犠牲になったと思う?」


 ミニネリアがびくりと身を震わせ、オドゥは遠くを見るように虚空へ向かってつぶやく。


「たったひとつの成功例、たったひとりの生存者……これほど相性がいい組み合わせはないのにな」




 〝魔力封じ〟をほどこされた部屋に閉じこめられて、わたしの力は抜けていく。ルルスの魔石鉱床で気を失ったわたしに、この部屋は想像以上にキツイかもしれない。


「死ぬ、のかも……」


 手足を持ちあげたり、身を起こしたり……動くこともままならない。オドゥが戻らなければ、きっとこのまま放置だ。


「こんな体、オドゥはほしいのかな」


 ため息をついて天井を見上げる。レオポルドへの叫びは、ちゃんと届いたのかもわからない。


「オドゥにきちんと向き合えると思ったのに。奈々じゃムリだよ……」


 錬金術師団長のネリア・ネリスなら、奈々にはできないことだってできる。わたしは寝たままで鼻をすすっていると、ふいに部屋の片隅から声がした。


「それであんたはどうしたいんだい?」


 ペリドットの輝く瞳を持つ魔女が、ゆらりと姿をあらわしてわたしに聞く。その耳には紫陽石とペリドットのピアスが輝き、赤茶色の髪はふわふわとしていて、ほほえみはどこかイタズラっぽい。


「ネリアってそんな感じなんだね……」


「あんたの望みをかなえてあげたよ」


「うん。でも……そのピアスはだいじなものだから、返してほしいの」


 そう訴えれば、魔女は妖精のように可愛いらしく、こてりと首をかたむける。


「あたしも対価がなければ願いはかなえられない。せっかくうまくいったのに、その姿を捨てる気かい?」


「うまくいった?」


 ギッと音をさせて台の端に座り、海の魔女は甘く優しい声でささやいた。


「ちゃんと名前を呼んでもらえたんだろう?」


「それは……うれしかった。でもここで三年間生きてきたのは〝ネリア〟だもの。ねぇ、リリエラはサルジアに行きたいんでしょ。ならわたしが連れていってあげる。そうね……師団長秘書とかどう?」


 ない役目を適当にでっちあげた。引継ぎとかもないし、リリエラには好きにさせればいい。まずはわたしがネリアに戻らないことには、どうしようもなかった。


 リリエラが目を見開き、わたしはギュッと唇をかみしめる。ポロポロと涙がこぼれ、あごを伝って床に落ちた。


「そのピアス、彼からはじめてもらった、ちゃんとした贈りものなの。だからどうしてもあげられない」


 魔女は困ったような顔をして、耳たぶのピアスを白くて細い指でつまむ。ころんとした石を指でいじりながら、赤い唇からため息をつく。


「泣かなくてもさぁ、ただの石っころじゃないか」


 ふたつの耳から、コロンとした形の丸いピアスを外すと、目の前にいた〝ネリア〟の髪は、ふわふわとした赤茶色のくせっ毛から、豊かに波打つ藍色の髪へと変化し、あでやかな美貌の魔女はさびしげに笑う。


「返すよ。あたしにはただの石ころだった。少しだけ、うらやましくてね。そんな物を男からもらえるあんたが」


「ありがとう、リリエラ」


 彼の贈りものにどんな意味があるか、わたしにはまだわからない。けれど魔女から対価を返してもらった以上、わたしがすることは決まっていた。


「奈々になれるんだったら、もっとちゃんとデートプラン考えとくんだった」


 でも……高校生だったときより、カフェで『あーん』ができたんだから、わたしは一歩進化している。ほんの数日はずしただけなのに、ピアスの穴はきつくなっていた。


 両耳にピアスをつけてまばたきすれば、黒髪の奈々はどこにもいなかった。取り戻せない時間、失くしてしまったキーホルダー、けれど……いまのわたしはもう泣いていない。


「それでどうするんだい?」


 海の魔女に問われて、鏡の中にいる〝ネリア〟がにっこりと笑う。さぁ、自信たっぷりに見えるように、瞳を輝かせて世界に飛びだそう。わたしのまわりに魔法陣が展開した。


「会いたい人に、会いにいくの!」


 ――ヴェンガは〝あなたのそばに〟。


 ――ラグナシャリアエクシは〝距離があろうと、さえぎるものがあろうと〟。


 ――オヴァルは〝すべてをこえて〟。


 そして最後が結実紋エレス……〝願いをかなえ具現化する〟。


 わたしはエレスに力いっぱい魔素を叩きこんだ。転移陣が白く輝いた瞬間、海の魔女は首をひねった。


「いまごろ修羅場の真っ最中だと思うんだけど……よく平気で跳んでいくよねぇ」


 平気なのではなく、そこまで考えていなかっただけだ。





 とつぜん現れたわたしに、黄昏色の瞳が驚きに見開かれている。レオポルドの銀髪には土の塊がこびりつき、全身はボロボロの胸元で、小さなネリアがぶるぶる震えている。彼の顔は血まみれで……血まみれ⁉


「三重防壁っ!」


「ひゃいっ!」


 彼の怒号に反射的に防壁を展開すれば、ガキィッと火花が激しく散って、飛んできた白刃を弾きかえす。


「ひいいいぃ⁉」


 シュッとユーリとライアスが跳んできて、ちゃっかりとわたしの防壁に守られる。ちなみにわたしの三重防壁に守られた三人は、全員似たようなボロボロ具合だ。イケメンなのに!


「うわぁ、その間延びした悲鳴、まちがいなくネリアだ」


「ユーリっ、これどうなってんの⁉」


「オドゥが大暴れしてるんですよっ!」


 バサバサと羽ばたく音がして、暗闇の中に黒い人影がゆらりと揺れた。


「ネリア……」


「オドゥ⁉」


 彼のまわりには土人形がうごめいている。ゴーレムともちがう不気味な動きだった。


「知性は高くないがタフで凶暴、本能のままに動く。グレンが言ったんだ。『人間の魂の器とするには人体でなければ魂が変質する』って。試してみてもいいけどね」


 淡々とつぶやく彼の左目は金色に輝いて、わたしたちを見すえた。


「その姿をとり戻したのなら、しばらくきみの身柄はレオポルドに預けておくよ。そいつほどいい番犬はいない」


「待って、オドゥ!」


「いいかい、きみは僕のものだからね……サルジアで会おう」


 オドゥは深緑の瞳をすっと細めて笑ったけれど、いつもの人なつっこい気さくな彼が、泣いているように見えた。


 わたしたちの周囲で閃光と爆音がとどろき、あまりのまぶしさに目を閉じる。レオポルドが展開した遮音障壁のおかげで、まわりからすっと音が消えた。

イラスト・キャラクターデザインを担当してくだる、よろづ先生からコメントを頂きました!

『今回はいち場面というよりもイメージ的な画面にしてみました。

黒の蔓薔薇がオドゥに絡みついています。

黒薔薇の花言葉は「永遠の愛」「貴方はあくまで私のもの」「決して滅びることのない愛」「永遠」「恨み」「永遠の死」「あなたを呪う」

オドゥの表情は笑っているようにも怒っているようにも悲しんでいるようにも見えたらと思いました』

ありがとうございます!

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