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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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446.オドゥたちとの再会

 目覚めたカラスは『カァ』と、ひと鳴きしてして羽ばたいた。漆黒の翼が港町の空に舞う。


 ルルゥは高く飛ぶでもなく、街角の看板や建物の屋根に舞い降りては、わたしたちがついてくるのを待っていた。


 中層にある入り組んだ路地、その奥まったところに言われなければ見過ごしてしまいそうな、小さな金属の扉があった。


 その前に立つ人物は、差しだした腕にルルゥをとまらせると、口元に優しげなほほえみを浮かべる。


「やぁ、ネリア。婚約おめでとう、って言うべきかな。ニーナもよくきたね」


「ありがとう」


「こんにちは、ミーナとアイリがお世話になってます」


「世話されてるのはこっち、すげぇ助かった」


 オドゥに会うと独特の緊張感が背筋にピリリと走る。


 彼は絶対婚約に反対するだろうし、祝福もされないだろうと思った。けれど彼のようすはいつもと変わらず、ニーナにも愛想がいい。わたしは思いきって話しかける。


「あのね、オドゥに相談したいこともあって」


「うん、何でも相談に乗るよ。錬金術師としても、きみの友人としても」


 振り向いたオドゥは人のよさそうな笑顔で、やわらかい声をだして優しく答えた。





 ミーナやアイリとも再会を喜び、ユーリから報告を聞く。ユーリはタクラの生活も楽しんでいて、雰囲気が以前と少しちがう。


「そういえば認識阻害が使える眼鏡なんて、なぜほしかったの?」


「それは僕も聞かされてなかったな。サルジアに行く前にほしいって、せっつかれてさ」


 ユーリはこげ茶色に変えた髪をいじり、手にした眼鏡に視線を落とした。


「サルジアで自由に動きたいからです」


「ろくな使い道じゃないな」


「そんなんじゃないですよ。リーエンが『美しい国だ』と言ったサルジアを、この目で見てまわりたいんです」


 トントントンと足音がして、話のあいだに工房を見てまわったニーナが、満足したようすで二階からにぎやかに下りてきた。


「理想的ね!」


「そう言うと思ったわ」


 得意そうにうなずくミーナに抱きつき、ニーナはオドゥに礼を言う。


「ありがとうイグネルさん、二階の大きな窓がいいわね。最高の物件だわ」


「どういたしまして。二階は素材倉庫にしてたから、ミーナががんばってきれいにしたんだよ」


 場所を押さえて工房を維持するのも大変なはずなのに、オドゥは淡々としていた。


 ミーナたちが手を入れた工房は、デーダス荒野にある地下工房とはだいぶ違っている。


 殺風景な作業場のすみには人数分の食器、畳まれたランチョンマットにテーブルクロス、スパイスラックにコーヒー豆の袋も置かれ生活感がある。


「すごいねオドゥ、ちゃんと立派な自分の工房を造ったんだ」


「まぁね。デーダスにイチから造るよりは楽だったよ」


 眼鏡をかけていないオドゥは目つきが鋭くて、それでいて何を考えているのかよくわからない。


「あのねオドゥ、使節団には魔術師団からローラ・ラーラ、竜騎士団からも竜騎士が参加するの。錬金術師団からはわたしとユーリだけど、彼は王太子としての参加だから……オドゥにも加わってもらいたいの」


「……あいつが許すかな」


 そういうオドゥの視線はピアスに注がれていて、気になったわたしはそれを、ぎこちなく指でいじる。


「どうだろ。それも相談したくて……ふたりで話せる?」


「なら二階に行こうか」


 ユーリが心配そうに、わたしの顔をちらりと見たけれど何も言わなかった。





 港が一望できる二階の窓辺で、オドゥは淹れたばかりのコーヒーをわたしに差しだして、自分は木のスツールに腰かける。


「それで相談って?」


 ……何から話そうかと考えて、わたしはあえてちがう話題からはいった。


「ええと、オドゥも婚約してたんだよね。どんな感じだったの?」


「僕の婚約?」


 意外だったのかオドゥも聞き返してきて、わたしはあわてて両手を振った。


「あっ、でも話したくないことだったらごめん」


「……べつに。楽しかったよ。カップルじゃないと体験できないイベントもあるしね。ラナは……婚約してた子だけど、僕がする錬金術の話もイヤがらずに聞いてくれたし、『応援する』って言ってくれたんだ」


 話しだしたオドゥの表情がやわらかくなって、こんどはわたしがビックリする番だった。


「ちゃんと好きだったんだね」


「あたりまえだろ。さすがに嫌いなヤツとは婚約しないよ」


 オドゥがクスッと笑って、自分のことを言われたわけでもないのに、わたしの顔が赤くなる。


「ラナは金回りのいい子爵の令嬢で、錬金術にも理解があったんだ。彼女の実家も気前よく援助してくれたし、グレンのもとで功績をあげたら、すぐにでも結婚するつもりだった」


 それなのにどうして破局したんだろう。わたしの疑問を口にする前に、オドゥが答えを教えてくれる。


「けれどグレンが第一王子の首にチョーカーをはめたとき、僕はラナの実家に呼びだされ、彼女と距離を置くように言われた」


 体面を気にする貴族たちにとっては、グレンが起こした事件はマイナスに働いたらしい。


「僕はいつでも金で片づけられる、便利な男だったんだよ。手切れ金ははずんでくれたよ」


「そんな……ラナさんの気持ちはどうだったの?」


「彼女が願う幸せの中に、僕はいなくてもよかったのさ。カフェで話して大劇場の催しに参加して、華やかな夜会に着飾ってでかける。エスコートする男は、べつに僕じゃなくてもかまわない」


 オドゥの洗練された装いも、優しい気づかいも、すべて彼女のために覚えたことなのだろう。


「そんなわけないよ。オドゥじゃなくてもいいなんて……そんなことあるわけないよ!」


 わたしが否定しても、オドゥは苦笑いするだけだった。


「きみも僕を選ばなかったじゃないか」


「それは……だって……」


 オドゥは遠くを見つめた。


「彼女と距離を置いてから、王都にいづらくなったグレンについて、全国を回ったよ。そうしたらデーダスに工房を造ることになった。あのまま彼女と結婚していたら〝死者の蘇生〟を研究しても、命がけできみを召喚しようとは思わなかったかもな」


「わたしを召喚したときの状況を教えて。それとこの体のこと。わたし……この世界で生きられるかな?」


 オドゥは困ったように笑みを浮かべて首をかしげる。


「きみがそう願うのはレオポルドのため?」


「それもあるけど。今は前よりずっと、この世界で生きることを受けいれている。やりたいことがいくつもできたの。魔術師の杖だけじゃない、グリドルや収納鞄、ポケットの事業だって形になってきた。でもまだまだなの」


「……だから生きたいと?」


「うん。ヌーメリアたちの研究も、ニーナたちの新しい挑戦も、ユーリが手がけるライガの量産化だって見届けたい。わたしが学園で勧誘した、メレッタやカディアンの入団だって楽しみなの」


 錬金術師団にはいくつもの可能性と、たくさんの未来がある。コーヒーをひと口飲み、わたしは彼に持ちかけた。


「オドゥにはカーター副団長と協力して、結晶錬成やゴーレムの研究に取り組んでもらいたいの」


「魅力的な提案だね。でも僕がきみからほしいものは、もうすでに伝えたと思うけど」


 冷めた口調でそう言って、オドゥは自分のコーヒーをすする。あいかわらず彼の視線はピアスに向けられていて、わたしは微妙な居心地の悪さを感じた。


「そんなピアスを贈れるのはあいつぐらいだな。杖がほしいから、ようやくきみに優しくなったか」


「そんなんじゃないよ」


 そんなんじゃない。けれどうまく説明できる言葉は見つからなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご馳走さまです。 一言!
[一言] 道端に佇む猫のような気持ちで二人を眺めて(?)ます レオポルドはナナ=ネリアって気が付いてたんだっけ? まいいや、さてどうなる
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