445.リリエラとの再会
タクラの駅前広場に到着してライガを腕輪に収納し、わたしが魔力ポーションをガブ飲みしていると、ニーナがあきれた顔をした。
「追いこみ中の作家みたい。ネリィったらだいぶ無茶したんじゃないの?」
「あはは……早く寝たいですね」
収納鞄から取りだした瓶をさらにもう一本あけ、くいっと飲み干した。もう街に着いたから、ライガを飛ばしたり派手な錬金術を使ったりしなければ、自然に回復するはずだ。
「うっわぁ……街が大きい。海が広い!」
まだひっそりとしている駅前広場から海をみおろし、わたしは水色の透明なアクアマリンのような記録石をとりだした。テルジオが調べてくれたタクラの情報が、これに入っているのだ。
「ちゃんと役立ってるからねー、テルジオさん」
検索機能がないのはちょっと不便だけれど、魔法陣を起動させれば地図とともに、街の情報が映しだされる。
「うーん……今知りたいのはグルメ情報じゃないんだけど。ルルゥ、オドゥはどこかな」
話しかけてもカラスは……わたしの肩にとまったまま眠っていた。
ため息をついて周囲を見回せば、駅前広場に面したいちばん大きな建物はホテル・タクラといって、わたしが泊まる予定だったところだ。
「ホテルにのこのこ行って捕まるわけにもいかないし……とはいっても泊まれる宿は限られているかも」
「港のそばにも船員や乗船客向けの宿があるらしいわね。そこなら朝早くから食事ができる店が開いているわよ」
ぼんやりと港を見下ろせば、夜のうちに漁を終えた船が明かりをつけて戻ってくるのがみえた。夜明けを迎えれば、昇る太陽とともに海鳥イールが鳴きだして、じきに港は目覚めるだろう。
「朝食をとったら、みんなを探しましょうか」
始発はまだだから、タクラの転移門は動いていない。
わたしたちは記録石の地図を表示させながら、まだ静かな通路を駅前広場がある上層から中層を通り、港がある下層へと移動していく。
ズボンにショートブーツをはき、ラベンダーメルのポンチョに収納鞄を斜め掛けしたわたしは、師団長にはとても見えないから、とくに気をつけることはないだろう。
駅があるタクラ上層はホテルやゴブリン金庫など、主要な施設がそろった行政エリアだ。ひとびとは中層で生活し、そこにある市場を利用している。食料品や生活用品、輸入された品まで買える市場の路地は入り組んでいる。
港のある下層は港湾設備だけでなく造船所や倉庫、船乗りたちの宿泊所や酒場もあった。
それぞれの層はとても広く、ところどころ空中で途切れた場所は通路でつなげてある。まっすぐな道はなくて複雑だけれど、他の層へは縦に移動するだけなので時間はかからない。
「これだけ大きな街だと、工房はどこなんでしょうね」
「中層にある三階建ての建物ですって。港を利用するときは一階、駅方面に行くときは三階のドアを使うって」
「便利そうですね」
治安のいい王都とちがって、タクラはどうかと心配したけれど、明けがた近い街はひたすら静かだった。
港には魔導ランプが灯る屋台があり、がっしりした体つきの漁師や、船乗りらしい男たちが食事をしている。
湯気を立てるスープをすすり、海鮮まんを手にもくもくと食事をする、ガタイのいいお兄さんたちに交じる勇気は……と思ったけれど、いざとなればしっかり大きな声がでた。
「海鮮まんひとつずつとスープ……ダルシュをお願い!」
「あいよ、姉ちゃんにはキトルもおまけだ!」
「ありがとう!」
食い気百パーセントの勇気に感謝しながら、波止場のすみっこでニーナとふたりベンチに座る。支払いのときにそれほど持ち合わせがないのに気づいたけれど、まずはフカフカの海鮮まんをほおばる。
「んーっ、しあわせ!」
「やっぱ海鮮まんはタクラよねぇ」
湯気を立てる生地から餡に包まれた、プリプリのエビや貝がトロリとでてきて、刻んだ海草のコリコリとした食感も楽しい。口いっぱいにほおばってモグモグしながら、ダルシュをすすればお腹もじんわり温まる。
ふと気づくと同じようにベンチにすわり、海鮮まんを両手で抱えて食べていた、おばあさんがじっとこっちを見ている。その顔に見覚えがあって、わたしは目を丸くした。
「レイクラさん⁉」
「えっ、レイクラさんてどこに?」
「ネリアじゃないか、こんなところで会うなんてねぇ」
マウナカイアで親切にしてくれたレイクラ……ビーチのはずれで〝人魚のドレス〟を売っていた彼女がコートを着てマフラーを巻き、手袋をした手をわたしに振った。
老女だった姿を知らないニーナは、キョロキョロしている。
「どうしてここに……マウナカイアのお店はどうしたの?」
「店? ああ、この姿を借りているせいか。あたしだよ、あたし」
レイクラはきょとんとして小首をかしげ、笑ってうなずくと一瞬で変貌する。
しわくちゃだったおばあさんの姿がしゃんとすると、わたしの前には絶世の美女があらわれた。
海の青さを写しとったかのような、群青色の長い髪と潤むような大きな瞳。深く吸いこまれそうな眼差しで、妖艶にほほえむ女性には見覚えがある。カナイニラウの牢獄で出会った〝海の魔女〟、リリエラがそこにいた。
「リ……リリエラ⁉」
「そうだよ、あんたはネリアで間違いないね。ちょっと見ないあいだに、ずいぶん可愛くなったじゃないか。あら、あんたったら……いつのまにかそんなピアスまでしちゃって」
リリエラは唇をとがらせると深い海の色をした瞳をきらめかせ、手袋をした指でわたしのほっぺをつつき、そのまま耳たぶのピアスにふれた。
「ふえっ⁉」
「ふぅん、この魔法陣……あんたにそれをつけさせたのはずいぶん周到な男だねぇ」
「ひいいぃ、オドゥたちより早くリリエラに言われたぁ!」
両耳を手で押さえて真っ赤になったわたしに、リリエラはけらけらと笑う。
「だってさぁ、人魚の男たちが作る〝人魚のドレス〟もたいがいだけど、そのピアスだって『近寄るな』って威圧してるみたいな魔法陣だ」
「そうなの⁉」
ただきれいなだけじゃなかった。わたしがレオポルドのほどこした魔法陣におののいていると、ニーナも残念そうな目をしてうなずいた。
「この子、本当にニブいのよねぇ」
クスクスと笑いながらリリエラは色っぽくウィンクした。
「ひさしぶりに積もる話でもしたいねぇ」
そう言ってあごを前に突きだしたリリエラが背を丸めると、花がしおれるように再びおばあさんの姿になる。
「え……どうなってるの?」
「〝精霊契約〟で海王妃の〝時〟をもらったからねぇ、せっかくだから使わせてもらってる。目立ちたくないときは老婆に化けるのがいちばんだよ。もしも見張りがついていたら、あんたたちに声はかけなかったさ」
わたしたちに顔を向けた彼女の変化に、まわりのだれも気づかない。目を丸くしているニーナに、リリエラはウィンクをした。
「リリエラはここで暮らしてるの?」
「ああ、それに働いてもいる」
「働いて⁉」
「だって陸は何をするにも金がいるだろう?」
「そうだね……」
グレンに錬金術を教わらなかったら、わたしはどうしていただろう。
歩きだした彼女の横で歩幅をあわせれば、背を丸めて足元を見つめ、ちょこちょこ歩く姿は本当におばあさんみたいで、ふとそんなことを思った。
「最初は観光気分でブラブラしたんだけど、すぐに飽きちまって。だからこの格好でそこそこ稼いで、そのへんの連中と変わらないような暮らしをしてみようかって。これから仕事なんだよ。後で会えるかい?」
「うん、だいじょうぶ」
「じゃあ今夜、この場所で」
わたしがリリエラを見送っていると、彼女はするりと港のほうに消えていった。









