441.ふたりの学園生
レオポルドの意識が急速に浮上する。呼吸を整えれば思ったより時間がたっていた。急ぎ竜舎に向かうと、アガテリスとミストレイはタクラ行きの準備をとっくに終えて訓練場で待機していた。
「すまない、待たせた」
ライアスのほかに紺色のローブを着たふたりがいる。
「アルバーン師団長、お待ちしてました!」
元気よく手をふるメレッタにうなずき、ライアスを見れば彼は軽く肩をすくめた。
「まずはふたりから話を聞いてやってくれ」
「何の用だ」
カディアンがギュッと拳を握りしめて、レオポルドのほうを向いた。
「あのっ、ロビンス先生から兄上とオドゥ先輩、それから師団長たちへメッセージを預かっています。本人に直接渡すようにと頼まれました」
「見せてみろ」
カディアンは師団長たち宛のものだけを彼に渡し、それを受けとったレオポルドは封蝋の魔法陣に目を留めた。
「〝受取人指定〟か……さすがはロビンス教諭、みごとな魔法陣だがいったい何のために?」
ライアスも難しい顔で封筒を眺めている。
「師団長たちあてとなると、ネリアもそろっていなければ開封できまい。どうするレオポルド?」
「このふたりも連れていくのか?」
さすがにレオポルドは眉をひそめて、学園生のふたりを見た。
「そういうことになる。メッセージを運ぶならカディアンだけでもいいと思うが、メレッタ嬢まで連れていくのか?」
ライアスに渋い顔で確認されて、メレッタも青ざめて唇をかんだ。
「わ、私は……」
カディアンはようやくオーランドの意図を理解した。師団長たちと渡りあうこと、これも彼がだした課題なのだ。
(ネリアさん、よく平気でこのふたりとやり取りできるな)
いつも元気なメレッタまで、気圧されたようにしゃべれないでいる。ここはカディアンががんばるしかない。
「あ、あのっ。俺はイグネルさんから『死者の蘇生について研究している』と聞いたことがあります」
レオポルドからは無言で冷気が、いつも温厚なライアスからも殺気のようなものを放たれて、カディアンは心の中ですくみあがった。
(ひいいいぃ!)
「……それで?」
レオポルドは威圧を放ちながら、カディアンに先をうながした。無表情だけにムチャクチャ怖い。
(にらみつけてる。魔術師団長がにらみつけてるよおぉ!)
国王のアーネストでさえ、レオポルドににらまれたらビビるのだ。カディアンはもう気絶しそうだけれど、メレッタのいる前だから必死に持ちこたえた。
「俺、最初イグネルさんに弟子入りを希望して。すると『王族が研究するような分野じゃない』と。そのとき『きみには何を犠牲にしてもよみがえらせたい〝死者〟はいるのか?』と言われました」
「死者だと……レオポルド、そうするとオドゥがよみがえらせたいのは」
「家族、ということになるな」
ライアスとてオドゥの不自然は気になっていた。ネリアに対する過保護さや錬金術師団でのふるまい、そして使い魔のルルゥ……。
「デーダスの工房にも何か形跡があったのか? それに彼女はどう関わっている」
「彼女との約束がある」
それだけ言って口を閉ざしたレオポルドに、ライアスは眉をひそめて息を吐いた。
「ああ、そうだろう。俺はお前を信頼してまかせた。それでカディアン、メッセージにはユーリや、オドゥあてのものもあるようだが」
「はいっ、ええとロビンス先生は個人的に、兄上やオドゥ先輩に宿題をだされていたらしく、それについての確認だそうです」
竜騎士団長に呼びかけられて、カディアンは直立不動でビシッと気をつけの姿勢をとる。
「宿題?」
「そう言えばわかると」
カディアンにもさっぱりわからないから、言われたとおり伝えるしかない。ライアスは腕組みをして考えこんだ。
「ふむ。ロビンス先生なら魔法陣に関することだと思うが、レオポルドお前の考えはどうだ」
聞かれたレオポルドも忙しく頭を働かせる。メッセージを寄越したのがロビンス先生だというのが気にかかった。
「きみたちは彼とどんな話したのだ」
「俺はサルジアの〝隠し魔法陣〟についてたずねました」
「〝隠し魔法陣〟だと?」
驚いたように目を見ひらくレオポルドに、カディアンはうなずいて続けた。
「はい。『杖を完成させるためにサルジアに行く』とネリス師団長が言っていたのを聞いて、みんなプロポーズに気をとられていたけど、俺はどうしてわざわざ行くのか不思議で。そしたら特殊な技術があるのだと教えてもらって……どんなものか質問したんです」
カディアンはいったん口をつぐみ、それから思いきって顔をあげて、レオポルドを真正面から見据える。
「あの、俺はメレッタをタクラに行かせたくて。それでロビンス先生から『魔術師団長に伝えるように』と言われたことがあって。だからこれを伝えたら、僕たちをドラゴンに乗せると約束してください!」
「…………」
無言のまま答えないレオポルドを見て、ライアスは大きく息を吐くと腕組みを解き、カディアンたちに向きなおって注意した。
「レオポルド、聞いてみたらどうだ。それとカディアン、きみたちをドラゴンに乗せるか判断するのは、竜騎士団長であるこの俺だ。魔術師団長ではない」
「あっ、はい。すみません……」
言われてみればそのとおりで、カディアンは小さくなってライアスの顔色をうかがう。竜騎士団長はさっきから冷静で、レオポルドのほうがよほど、無口で無表情のわりに感情がわかりやすい。
「では言ってみろ。私から竜騎士団長に口添えはしてやる」
「ええと〝隠し魔法陣〟を作るための特殊な道具についてです。おそらくグレン老はそれを持っていて、研究棟になければデーダスに置いてあるだろう……と。それを魔術師団長に伝えるようにと」
カディアンがあせりながらモゴモゴと伝えても、レオポルドからの反応はなく、待ちくたびれたミストレイの鼻息だけが聞こえる。
(やっぱダメだったかなぁ)
自信を失くしたカディアンがチラリとメレッタを見れば、彼女は寒さとレオポルドからの威圧で震えていて、唇は色が変わりはじめている。
「メレッタ、だいじょうぶか?」
「ごめんなさい、カディアン。私のせいだわ」
ふるふるとかぶりを振り、メレッタは歯を食いしばって一歩前にでる。
「ごめんなさい、私のせいなんです。私が『タクラに行ってみたい』と言ってしまったの。そうしたらオーランドさんから『ドラゴンに乗れば可能』と教えられて、ロビンス先生の知恵を借りにいったんです」
ライアスが感心したようすでうなずき、表情をやわらげる。
「……だそうだぞレオポルド。正直なところは好感が持てるな。兄さんの入れ知恵であればしかたあるまい」
「ロビンス教諭までそれに手を貸すとは……だが貴重な助言、感謝する。それならオドゥが工房に入ろうとしたのもうなずける。むしろグレンはオドゥに工房を譲るつもりで、彼女があらわれなければ、きっとそうしていた」
レオポルドは顔をしかめてつぶやくと、ふぞろいな銀の髪をかきあげた。
「おそらく彼女の出現はふたりにとっても予想外で、それに対する対応がふたりの道をわけたのだろう」
カディアンはもう話そっちのけで、具合が悪そうなメレッタにかかりきりだ。何か話しかけては、心配そうに顔をのぞきこんでいる。そのほほえましいようすに、ライアスはふっと笑った。
「ずいぶんと頼もしい錬金術師の卵たちだな」
「ああ。オドゥやユーリもうかうかしてはいられまい」
ユーリを連れてネリアが自分から魔術学園に出向き、職業体験に学園生たちを勧誘しなければ、このふたりは錬金術師など目指さなかっただろう。
ネリアという風が吹き、それに巻きこまれた者たちの運命がどんどん変わっていく、それもいい方向に。
今では彼女がいなかったとき、自分たちがどんなふうに生きていたかも思いだせない。
彼女は世界の色を変えたのだ。









