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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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432.二回目のエンツ

よろしくお願いします。

 わたしが目覚めると見慣れない豪華な内装が目にはいった。


(いつもとちがう……見覚えがない……ここはどこ?)


 目鼻立ちの整った青年がわたしの顔をのぞきこみ、頭の中に『テルジオ』という名前が浮かぶ。。


「ネリアさん、気がつかれましたか」


 そうだ彼はテルジオで、そしてわたしはネリア・ネリスだ。


「あ、テルジオさん……わたし……?」


 声がかすれてちゃんとでない。起きあがろうとすると、彼はあわてて止めた。


「まだ起きあがらないほうがいいですよ、医術師の見立てでは魔力欠乏症だそうです」


「魔力欠乏症?」


 聞き慣れない言葉に目を丸くしていると、テルジオが簡単に説明してくれる。


「体から魔素が抜けた状態ですね、魔力ポーションを飲めば回復しますから心配いりません」


「魔素が……抜けてる?」


 わたしはハッとした。自分の中にあれだけ無尽蔵にあって、ふだんは抑えこんでいるはずの、〝星の魔力〟が今はほとんど感じられない。


「ルルスにある魔石鉱床って特殊な場だと言いましたよね。そこらじゅうに存在する魔素が、ここでは凝集し結晶化します。だから採掘できるんですが……まわりは不毛の砂漠でしょう?」


「うん……」


「この地に生息する魔物は、魔素を逃がさないよう硬い殻を持っています。でないと魔石鉱床に魔素を吸われてしまいます。それは魔力持ちも同じで、ふつうはだるさを感じる程度ですが、相性がよくないと具合が悪くなることがあって」


「あ……わたし、硬い殻なんて持ってないから。それで倒れたの?」


 でもテルジオだって同じ魔力持ちなのにぜんぜん平気そうだ。


「ネリアさんの場合、体質的に合わなかったのでしょう。〝魔石亭〟という宿をとりましたから、今日はルルスで一泊していただきます」


「そっか……」


 つぶやく声が自分の声じゃないみたい。乗っていた魔導列車は、わたしの使っていたコンパートメントを切り離して出発し、明日には別の魔導列車に連結してタクラに向かうという。


「さっきまで体温もかなり低めでした。魔力ポーションを枕元にご用意しています。ネリアさんが倒れたことは、魔術師団長にも知らせました。目覚めたらエンツを送るとのことです」


「うん……」


 ふとんを被る体に震えが走る。わたしは三重防壁の維持にも、言語読解の術式にもたくさんの魔素が必要で。


 もしも魔力が抜けてしまったら……わたしはこの世界で活動できない。


『魔力持ちは数日間何も食べなくとも平気だ』


『ムリだよ、そんなの』


 グレンからもよく言われていた。本物の魔力持ちだったら、環境に存在する魔素もうまく体内に取りこんで、自分の魔力として循環させることができるのに。


 レオポルドみたいな魔術師は魔術を展開するとき自分の魔力だけでなく、その場にある魔素をうまく利用して枯渇を防いでいる。


 わたしだけがまわりの環境から、魔素を取りこむことができない。その事実にあらためて愕然とする。


(そうか、わたし壊れものなんだ……)


 わたしの中にはグレンが〝星の魔力〟とつなげた、パイプのようなものがあるだけ。何かの拍子に、わたしとこの世界とのつながりは簡単に切れる。ときどきレオポルドが慎重になる、その意味がようやくわかった。


「マイレディ」


 布団をかぶっていたら空中からふわりと、低めだけれどよく通る声が降ってきた。


「レオポルド」


「魔力枯渇を起こしたと聞いたが」


 気づかうような声は、どこまでも穏やかで優しい。冬の月に照らされて、今の彼はイグネラーシェで何かを探している。


「うん、魔力ポーションいっぱい飲んじゃった。レオポルドがぐびぐび飲むの、いつも注意してたのに」


「魔力ポーションは飲み慣れぬと酩酊する。自分とまったく同じ属性というわけではないからな」


「それでかな……まだ気持ち悪いよ……」


 エンツ越しにホッとしたのか、彼が息を吐く気配がする。


「ピアスをいったん外したほうがいい」


「え……」


「私の魔力をこめたピアスは、倒れたときに魔法陣が発動してきみを助けた。今の魔素が抜けている状態では負担になる。魔力が回復してからまたつけるといい」


「わかった。そうさせてもらうね」


「魂までも含めてきみを守るという決意をこめたものだ。婚約の贈りものを兼ねていたが、まさかすぐに出番があるとは。本当にきみは目が離せないな」


 彼がこめかみを押さえて嘆くのが目に浮かぶようで、わたしは布団をかぶって小さくなる。


「ううう、ごめんなさい」


「私は魔法陣を刻むぐらいしか能がないから……ライアスのように造形の才があればよかったのだが」


 ……ん?


「えっ、すごくキレイな魔法陣だよ。毎日うっとり眺めているんだから!」


 毎日といってもまだ二日だけど。レオポルドは淡々とした口調で続ける。


「今回倒れてわかったことだが……きみの魔力はほとんどが〝星の魔力〟だということだ。それがないと生命活動の維持すら難しい」


「うん、ようやく自覚した。ごめんねレオポルド」


 ……こんなわたしが婚約者で。続く言葉は口にしなかったのに、エンツからぼそりと低音ボイスが降ってくる。


「泣くな」


「泣いてなんか」


 本当に泣いてなんかいない。なのに鼻の奥がツンとして涙がでそうになる。〝星の魔力〟とつながっていなければ、ただ生きて呼吸することさえ難しいなんて、それで生きているって言えるんだろうか。


 わたしはわざと明るい声をだして、話題を変えた。


「今はライアスとイグネラーシェを調査しているんでしょ?何かわかった?」


「オドゥを助けたライアスの父、ダグ・ゴールディホーンが同行している。彼の話では濁流の中から脱出して、オドゥに父の形見である黒縁眼鏡を届けたのは、父の使い魔だった黒いカラスらしい」


「カラスって……ルルゥ?」


 ルルゥは今もわたしについて、ルルスの町でのんびりしているらしい。


(倒れたところ、ルルゥにも見られたかな……)


「ふしぎなのだ。親子で同じ使い魔と契約する例は聞いたことがない。それにダグの話では、あの眼鏡は何かを封じていると。呪具に近いものかもしれない」


「呪具……ユーリの報告では、あの眼鏡は使い主を限定する血族設定があるらしいの」


「血族設定だと……それは……」


「うん。わたしにもわかるように説明してくれる?」


 わたしはレオポルドの言葉を待った。


「設定自体は難しくない。魔道具が持ち主を選ぶということだ。家業のような代々決まった職に就く者などは、相続の際に血族設定をして争いを防ぐといわれている」


「オドゥはやっぱりサルジアと通じていたの?」


「まだその確証はない。だが王都で報告したら調査団を派遣しよう。イグネラーシェは再評価される必要がある。それに……オドゥが望まなくてもきちんとした弔いを」


「うん」


 はじめて見たときは言葉を失うだけだった景色は、わたしの脳裏にも焼きついている。何かしたくても何もできず、ただ受けとめるだけしかできなかった。


「ルルゥがきみについていることも、テルジオから報告を受けている。きみはまず休め。そしてふだん通りでいい。そばにいてやれなくてすまない」


「そんな……レオポルドはじゅうぶんしてくれているよ!」


「だがきみがルルスで足止めされたのは幸運だった。手配が間に合ったようだ」


「手配?」


「明日になればわかる。おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


 もっと聞きたいことも話したいこともあったけれど、わたしの体力も限界だった。目を閉じただけで深い闇に吸いこまれるような眠りに落ちた。

ありがとうございました!

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