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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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428.ばびゅーん

ばびゅーんときて、ひゅーんです。

 わたしはルルスの町を空から見たくなった。


「ねぇテルジオさん、ちょっとライガで飛んでもいい?」


「えー殿下が夢中なアレですかぁ?」


 いっしょに歩くテルジオは、露骨にイヤそうな顔をする。


「ダメなの?」


「だって私はネリアさんから『目を離すな』って魔術師団長にも言われてるんですよ。ネリアさんがライガに乗ったら、私も乗らないといけないじゃないですか」


「ふうん、レオポルドに言われているんだ。テルジオさんはライガに乗りたくないの?」


 何だかテルジオの言葉がひっかかる。どうやら彼はわたしの監視も兼ねているようだ。


「ライガにっていうより、空を飛ぶ乗りものなんて信用できないです。ドラゴンも苦手です」


「ほー」


 それを聞いたわたしはすぐに、左腕につけた腕輪からライガを展開してそれにまたがる。


「あ、ちょっと。ネリアさん⁉」


 ギョッとしたテルジオにわたしはにっこりした。


「わたしは乗りたい気分なんだ。イヤならテルジオさんは、ここにいてくれる?」


「えええ……ライガに乗っても乗らなくても、私が魔術師団長に怒られる未来しか見えないんですけど」


「べつにムリに乗る必要はないけど……」


「乗りますってば。そっと飛ばしてくださいよぉ?」


 おそるおそるライガの後部座席に乗りこみ、テルジオはわたしの胴に腕をまわした。


「せっかくだからテルジオさんにも、ライガの魅力をわかってもらわないとね!」


「だからそういうのはいい……きぃやああああああぁっ、いぃやあああぁっ、ひぃいいいいっ!」


 ライガはまっすぐばびゅーんと飛びあがり、ルルスの町に王太子筆頭補佐官の甲高い悲鳴が響きわたる。何事かと空を見上げた人もいるけれど、それより先にライガは光る点になった。


「うわっ、気持ちいい。やっぱライガ最高!」


 はるか上空からルルスの街を見おろせば、すり鉢状に大地を削った魔石鉱床、そのうえに建てられた採掘場が見える。魔石を運ぶ魔導車は決まったルートを通るらしく、空からだとアリの行列に見える。


 まずは砂丘が見たくてエレント砂漠にむかって飛ぶ。街の外にでるときにチリ……と魔素の網にひっかかるような感覚があり、きっとこの町を守る魔法結界だろう。


 塔の魔法障壁と違い、魔獣や砂嵐を防ぐためのものらしい。ピアスの魔法陣が働いて、わたしは難なく結界をすり抜ける。


(帰りはこの結界を壊さないように気をつけなきゃ)


 季節が冬でなかったら、照りつける日差しに焼けついたかもしれない。地平線までなだらかな砂丘がいくつも続いていて、雄大な景色だけれど生き物が動く気配はない。


「砂漠の魔獣ってコカトリスや黒鉄サソリだっけ。状態異常系が多いんだよね」


「あとはサンドワームですね。日中は日差しがキツいので砂の中に隠れ、夜行性のものが多いです」


 わたしがライガを空中で静止させると、バサリと羽音がして、黒い鳥がすぐ近くを横切った……ルルゥだ!


 ルルゥはゆっくりと円を描いて、ライガのまわりを旋回している。


「オドゥに連絡がとれるかしら。ルルゥのために魔力クッキー持ってくればよかった」


「ていうかネリアさん、もうそろそろ戻りましょうよぉ」


 後部座席のテルジオが情けない声をだす。わりと本気でしがみついてくるから息が苦しい。


「そうね、もう少しレオポルドについて聞かせてくれる?」


「えっ、何の話ですか?」


 テルジオはそう言ってとぼけたけれど、わたしはお腹にぐっと力をいれて彼をふりむいた。


「もいっかい、垂直落下いってみる?」


 その言葉にテルジオは真っ青になる。


「いやああああぁ、待ってくださいネリアさん!」


「テルジオさんて何かまだ、わたしに教えてないことが、あるんじゃないかなぁ?」


 ひゅーん。ほんの十メートルぐらい降下しただけでテルジオは絶叫した。


「いぃやああああぁっ、やめてっ、ホントネリアさんっ、それなしっ、なしですうぅっ!」


 肋骨が折れるぐらいの力でしがみつかれ、わたしは息ができなくなってあえぐ。


「ぐえっ……あ、朝ごはん吐きそう」


「吐くのもなしでええぇ!」


 パニックになりながらも、テルジオが力を緩めてくれて、わたしはホッとして緩やかに水平飛行を維持した。


「じゃあ教えてくれる?」


 すいーっ。宙を滑るライガのうえで、半泣きになりながらテルジオは白状した。


「ネリアさんがタクラに向かうあいだに、魔術師団長はイグネラーシェと研究棟の調査を終えると……竜騎士団長もそれに同行してます」


「今じゃん。レオポルドは前からそれを計画してたの?」


「デーダス荒野から戻られてからです。あの、タクラに着くまではネリアさんには内密にってだけです。あとで聞けばちゃんと教えてくれると思いますよ。あとは師団長たちに直接うかがってください」


 テルジオの話は、ソラやカーター副団長の話とも一致している。そしてたぶんわたしに知られても、かまわない内容だけ教えてくれたのだろう。わたしは深呼吸して、ライガのハンドルを握りしめた。


「テルジオさん、ほかには?」


「ほかって……もう何もないですよぅ。あとは魔術師団長に聞いてくださいっ」


 テルジオの顔が青ざめているのは、ライガへの恐怖か、レオポルドへの遠慮だろうか。ユーリたちとはタクラで合流する予定だ。レオポルドが今動いたのは、それまでにオドゥの調査を終えたいのだろう。


「ひょっとしてユーリが所在不明ってのもウソ?」


「ウソではありませんが、あえて探さないでおります」


「テルジオさんは心配じゃないの?」


「港湾都市タクラは、アンガス公爵の直轄地でもある貿易港です。当然艦隊も所有しており、差しあたっての危険はないかと。それにオドゥは私からみても賢い男です」


 テルジオはユーリのことになると、平静さをとりもどすようだ。視界の端にまたルルゥの黒い姿が入る。


「ふしぎですがオドゥが殿下を、あれほど(ふところ)にいれるとは思いませんでした。なぜか知りませんが彼といれば、殿下はおそらく安全でしょう」


「……グレンはわかってたのかもね」


「はい?」


 グレンは人が心で感じる感情には疎かった。それを補っていたのが、彼の観察力だ。


 目の動きやまばたきの回数、声の変化や体の緊張具合……それらをつぶさに観察することで、相手がどういう状態か把握していた。


 グレンはきっと何か意図があったから、ユーリをオドゥに引き合わせたのだと思う。


(逆に彼は、わたしからはオドゥを遠ざけた……それにも何か理由があったのかも)


 錬金術は変容をつかさどる、不可能を可能にする奇跡の技。


『〝魔術師の杖〟を作ってくれないだろうか』


 グレンが手がけたもののなかで、〝魔術師の杖〟だけが未完成だ。魔導列車も転移門もわたしも、ほかはすべて完成しているのに。時間さえあればきっと彼は、わたしなんかに頼まず、自分で〝魔術師の杖〟を作ったろう。


「ネリアさん、魔石鉱床を見学する時間がなくなっちゃいますよ」


「えっ、ごめん。急いで戻ろう!」


 ルルスの駅に停車した魔導列車は、大きくて迫力があり、その力強さに圧倒される。あっちの世界で人々を飲みこんで走る満員電車に、こんな力を感じたことはない。


「あ……」


「どうかしましたか、ネリアさん」


 水やエネルギーのように循環していく魔素は、魔石にしないかぎり留めておくことが難しい。魔導列車は大地を駆け巡る魔素の塊だ。魔導列車の線路網はいわば、大陸に建造された巨大な人工物ともいえた。


「線路を走る魔導列車って……魔法陣に刻んだ術式を魔素が走るのに似てない?」


「え、似てますかねぇ」


 ただひとびとの生活を便利にするだけでなく、大地にまっすぐ刻まれた術式に何かの意味があるとしたら……わたしの頭にふと、そんな突拍子もない考えが浮かんだ。

テルジオの災難。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん? え、グレンの故郷に特使に行く話はどこ行ったの? 今がその任務中じゃなかったっけ? え? 黙って出てきたってどういう事?
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