427.魔石の町ルルス
よろしくお願いします!!
さすがにユーリも自分の補佐官には、連絡しているだろうと思ったのに、テルジオは困った顔で遮音障壁を展開した。
「それが……エンツで連絡はつきますが、どこにいるのかさっぱりわかりません。所在不明です、あの家出王子」
「ええええっ⁉」
おどろいたわたしがガタっと椅子から立ちあがれば、遮音障壁を展開してあるとはいえ、何事かと周囲の乗客がこっちを見る。あわてたテルジオが両手をあげ、わたしに座るようにうながす。
「ネリアさん、落ちついて」
「だってテルジオさんこそ、何でそんな落ちついているの⁉」
わたしがまたストンと腰をおろせば、テルジオは顔をしかめてふぅと息をつき、ぼやきながら教えてくれる。
「所在不明といっても、魔導列車に乗ってタクラに向かったことはわかっています。弾かれることが多いですが、たまにエンツで連絡もあります。それにオドゥの使い魔、シャングリラからずっと、ネリアさんについていますよ」
「はいぃ⁉」
……カラスのルルゥが⁉
「あれ、やっぱり気づいてなかったんですか?」
「ぜんぜん気づかなかった……」
「ルルスで降りたら確認できますよ。魔導列車の屋根にいますから。師団長会議でもご覧になったでしょうが、使い魔を通じてオドゥに連絡もとれます。だからあんまり心配してません」
「そ、そうなんだ……」
使い魔って……そういえば異世界は連絡手段も、バラエティに富んでいたよ!
「まぁ、魔力を食うわりに役に立たないんで、使い魔など今じゃほとんど、持ちませんからねぇ」
「ユーリはサルジアに出発する前に、どうしても黒縁眼鏡がほしいみたいなの。まだオドゥといっしょにいるってことは、眼鏡が未完成なんだね」
「そうらしいですねぇ、殿下の魔道具好きにも困ったもんです。あんな冴えない眼鏡なんか何に使うんでしょ」
魔術の痕跡を可視化して目で追えるようにする眼鏡……レオポルドでさえ『あんな魔道具は見たことがない』と言っていた。使いかたも特殊で、きっと認識阻害の機能もついている。
グレンのかわりに素材を集めていたオドゥは、わたしがいるときにデーダスの工房へあらわれることはなかった。王都の研究室にあったのは本や研究ノート、それに文献ばかりで、あそこで彼は錬金術師団の仕事しかしていない。
デーダスから閉めだされた彼は〝死者の蘇生〟を研究するために、自分の工房を持っているはず。
「たぶんふたりはオドゥの工房にいるんだと思う。タクラにあるというのは意外だったけれど」
「港のあるタクラなら、輸入される素材も手にいれやすいですしね。そんなわけですから殿下を探しがてら、ゆっくりタクラを楽しみましょ。まずはルルス観光ですかねぇ」
そうのんびりとテルジオがいったところで、魔導列車はゆっくりとスピードを落とし、ルルスの町に入っていった。
エレント砂漠のはずれ、渇いた大地にその小さな駅はあった。魔導列車はここでいったん停車し、魔石の補充をしてから砂漠を抜けて、タクラへ向かうことになっている。砂ぼこりが舞うさびれた駅でも乗降客は多い。
「あまり時間はとれませんが、魔石鉱床は見学されますよね?」
「うん……ありがとうテルジオさん!」
にっこりすればテルジオはハッとしたように息をのんで、それからあせったようすで胸に手をあてた。
「うわ、今のはヤバいですね。私どちらかというとスタイルのいい、大人っぽい女性が好みなんですが、それでもドキッとしましたよ」
「……さりげにディスるのやめてくれせんか」
「やだなぁ、ほめてますよ!」
ちょっとひと言多いけど、テルジオはいい人だ。きっと昨夜貸してくれた本も、わたしのことを考えて選んでくれたんだろう。
「あのさ、テルジオさん」
「はい、何でしょう」
「テルジオさんはすごいね、わたしのこと何でもお見通しみたい。補佐官さんっていろんなことに気がつくよね」
彼は一瞬きょとんとして、カラカラと笑った。
「まぁ、これが仕事ですからねぇ。師団長に認められたのなら、私もうれしいです」
まずはルルスの駅で魔石を補充するようすを見学した。魔導列車が運んできた荷物を受けとりに、住人も集まっていて駅はにぎやかだ。ホームにおりると駅舎にとまる黒いカラスを見つけた。
(あれがルルゥなのかなぁ……)
風が吹くと砂ぼこりが舞い、くしゃみをしたわたしにテルジオがハンカチを差しだす。
「埃っぽいですから、口を覆ったほうがいいかもしれませんよ」
「くちゅっ、ありがと……魔石を使ってここを、もっと過ごしやすくするとかできないの?」
「ルルスはエレント砂漠のなかでは、唯一の人が住む町です。昔から魔石が採れるので、それを目当てに人が集まりました。ここの土地が枯れているのは、魔石鉱床のせいとも言われています」
「枯れている?」
「水も魔石を用いて喚ばないといけません。不便な場所ですが、魔石の採掘に仕分けや輸送、ここには魔力を持たない人間にも仕事がたくさんあります。逆に魔力持ちにとっては、居心地の悪い土地なのです」
「居心地が悪いの?」
「魔素を凝縮して固める力が働く場だから、魔石鉱床が形成されたのですが、魔力が吸われるんです。そのためエレント砂漠に棲む魔獣も、魔力を守るために外殻が硬いものばかりです」
「そうなんだ」
それからテルジオの案内で駅前の通りを歩く。小さな町といっても駅前には乗降客目当ての店が並んでいた。魔石の仕入れにきた商人や、仕事を求めてやってきたひとびとが、それぞれ宿に向かっていく。
「小さな町にも宿がちゃんとあるんだね」
「鉱夫が使う日払いの宿は気が荒いのもいますから、魔石の買いつけ業者が使うところがおすすめです」
二百年前に魔石鉱床が発見され、採掘のために造られたルルスの町に領主はおらず、採掘事務所があるだけだ。鉱夫の求人にやってくる者も多く、まずは採掘事務所で手続きをしたら、魔石鉱床の見学ができるらしい。
「この町には竜騎士も魔術師も駐屯していないの?」
「砂漠の町では水や食料は貴重で、ドラゴン一体を養うだけの余裕はないのです。〝魔力持ち〟は嫌う土地ですからね。王都から派遣される第三部隊が近くの魔獣を討伐するため、わりと安全ですよ。魔導列車も走行の邪魔になる魔獣を片づけますし」
魔石が一番安く手にはいるルルスでは、駅前通りにある魔道具店の品ぞろえもいい。王都で作られた最新式の〝朝ごはん製造機〟や、〝たこパ用プレートつき特製グリドル〟も売られている。
「メロディさんが見たら喜びそう。これは……〝魔石ランプ〟って書いてあるけど?」
傘の部分にくず魔石をモザイクのように散りばめた、美しい魔石ランプはルルスの名物で、卓上に置くもの、鎖で天井からぶら下げるもの、いろいろな形があった。
「鑑賞用として楽しむものです。中心に光の魔石を置けば、それぞれの魔石がさまざまな景色を映しだします。水なら海や滝、川……炎だと焚火や火山の爆発などが見られます」
「へえぇ……幻灯機に近いのかな。あっ、あれ何だろ……〝魔石キャンディ〟だって!」
テルジオはスラスラと教えてくれる。
「あれはルルスに一軒だけある菓子店ですね。鉱夫たちには酒が人気ですが、なかには甘党もいるそうで」
「〝魔石キャンディ〟って……ふつうのお菓子とはちがうの?」
「〝炎の魔石キャンディ〟は舐めるとピリッとして、ノドがカッと熱くなります。〝水の魔石キャンディ〟は舐めるとひんやりして、水を飲むよりもノドが潤うそうです」
「ご試食なさいますか?」
親切そうな店主から、銀のトレイにのった〝水の魔石キャンディ〟を試食させてもらう。
「ホントだ。ノドが潤う。わ、唇までトゥルトゥルだよ!」
「ネリアさんの擬音って変ですね」
変な顔をして首をかしげるテルジオの横で、店主はうれしそうにうなずく。
「キャンディとしてもおいしいですよ。〝土の魔石キャンディ〟は空腹を紛らわせて腹持ちもいいです」
「なら……〝雷の魔石キャンディ〟は?」
好奇心にかられてたずねれば、店主はにっこり笑った。
「〝雷の魔石キャンディ〟は食べてみてのお楽しみです。舐めるなら夜がいいですよ」
さすが商売をしているだけはある。レオポルドと食べたり、アレクにお土産であげてもおもしろいかも!
わたしは〝魔石キャンディ〟の袋を購入し、いそいそと収納鞄にしまった。









