419.ライアスのアドバイス
『魔術師の杖⑧』制作にともない、読者さんアンケートで1位だった、レオポルド視点に改稿してあります。(2024.9.21)
師団長同士の婚姻は国を挙げて祝福したいし、そうと決まればさっさと話を進めたい。アーネストにとってはレオポルドも親戚の子みたいなものだ。
「それならさっそく大聖堂を押さえるか!」
国王が勢いこんでケルヒ補佐官に命じようとしたところで、レオポルドの眉間にグッとシワが寄る。さすがに本人抜きで式の打ち合わせまで始める気はない。まだ彼女の了承は何も得ていないのだ。
「婚約のことはもういいでしょう、われわれが王都を離れる許可をいただきたい」
「でも大聖堂は人気なんだぞ。今のうちに……」
けれど銀の魔術師は凍えるような声で、はやる国王の言葉をピシャリとさえぎった。
「陛下はご子息のことだけ心配してください。まずはオドゥ・イグネルの故郷、イグネラーシェに向かい、戻ったらその足で港湾都市タクラへ、そこで錬金術師団長及びユーティリス王太子と合流します。そしてこちらにも許可を」
強い意志を感じさせる光をレオポルドの瞳に見てとり、差しだされた書類にアーネストは難しい顔をした。
「……これに署名するのか」
「はい」
「俺からもお願いします」
竜騎士団長ライアスも言葉を添え、アーネストはため息をつくと手にした銀のペンを、サラサラと書類に滑らせた。
「今回のサルジア行きは両国にとって大きな転換点になる。どんな結果になろうと、国内外から反発があるだろう。だが……建国の祖バルザムの悲願が、ようやく達成されると俺は信じている」
「ありがとうございます」
ひとこと礼を言って書類を受けとり、立ちあがったレオポルドに、国王は苦笑して手をヒラヒラと振る。
「だがなぁ……まぁいい、気をつけて行ってこい」
「そうね、その杖を彼女に見せないとね。あとはユーティリスに『無茶はするな』と伝えてくださる?」
リメラ王妃も苦笑してうなずき、師団長会議を締めくくった。
王城の裏手にひっそりと建つ、錬金術師たちが働く三階建ての研究棟に戻ってきたレオポルドは、ようやく手にした書類をソラに預けてグチをこぼした。
「ただ報告して許可をもらうだけで、こんなに手間がかかるとは」
「リメラ王妃やアーネスト陛下の好意を、無碍にするわけにもいくまい。それに俺たちもこれで動きやすくなった」
ライアスも騎士服の襟元をゆるめ、ホッとしたように笑みをこぼす。そのまま思い立って彼は、師団長室から中庭へと通じるドアを開け、秋に造ったかまどを見にいった。
ネリアがタクラに発った今は、ひと気のない冬の中庭は、ソラの手できれいに落葉も掃き清められている。コランテトラの裸になった枝先には若芽の塊もふくらみ、葉が落ちたおかげで奥にある居住区が透けて見え、古びているが居心地のよさを感じさせた。
「かまども役に立っているようだな」
「ああ、彼女がとても喜んで使っている。私もソラに使いかたを教わった。お前には造形の才があるな」
「俺に?」
かまどを真剣に見つめるレオポルドは、銀の光を放つ髪が肩より少し下の位置でざっくりと切られ、シャギーがかかったふぞろいな毛先が踊っている。長い指で髪をかきあげると白い額が見えた。
「師団長室に置かれたミストレイの花瓶もみごとだが、このかまどにしても魔石タイルの配色が美しい。正直お前がここまで器用だとは思わなかった」
は、とライアスは息を吐く。
「ただ並べただけだ。俺は魔法陣の専門家じゃないから、お前に見られるのは緊張するんだがな」
浄化を司る緑に保温の赤、吸水の青……と、ただ敷くだけではつまらないから、色遊び感覚でタイルを置いた。
「俺が組み立てたものだから凝った細工じゃない。炎の精霊を迎える魔法陣、屋外だから風をやわらげる魔法陣、それと保温の術式ぐらいか。あとは魔石タイルを使い、掃除いらずにしたところは工夫したかな」
「よくできている」
静かにうなずいてほめられれば悪い気はしない。相手はこの国最高……いや世界一の魔術師なのだから。
「研究棟にいる人数に合わせ、かまどのサイズは大きめだ。彼女やソラが扱うには不便かもしれん」
「調整する」
「頼む」
ライアスが言う筋合いはないが、レオポルドが彼女から頼まれるのもしゃくだ。それぐらいなら自分が頼んだほうがいい……それも変な理屈だが。
かまどに埋めこまれた魔石タイルを指でなぞり、銀の魔術師はぽつりとつぶやいた。
「できぬ者には真似することさえ難しい。私はこういうところに気が回らない。自然にできるお前がうらやましい」
「そうか」
いつもよりレオポルドの口数が多く、瞳の黄昏色が揺れている。それを見たライアスはおや、と思った。
「レオポルドお前もしかして、俺がかまどを造ったこと……気にしているのか?」
指摘されてまばたきをした銀の魔術師は、途方に暮れたような顔をした。持て余すような感情はすぐに切り捨てる男だけに、そんな表情を浮かべること自体珍しかった。
(こいつにこんな弱点があるとは……)
レオポルドは決して不器用ではない。その手で紡ぎだす魔法陣は美しいし、ローブにできた術式のほころびも、自分で針と糸を使い繕ってしまう。けれどそれは完成形があるからだ。
(もしも魔石タイルを並べさせたら、きっとこいつはどれを置くかで迷う)
どちらかに優劣があれば、レオポルドは決断も早く迷わない。だけど魔石タイルは好きなように置けるぶん、作り手のセンスが問われる。遊び感覚でやってみろ、といわれても逆に困るのだろう。
人一倍努力するからこそ、努力だけではどうにもならないことに、途方に暮れる。術式は正確に刻めても、何もないところに自由に絵を描けと言われたら困るのと同じだ。
大喜びでかまどを使うネリアの助けになれたのは、ライアスも単純にうれしかったし、中庭で錬金術師たちの食事に加われたのも面白かった。そのことが親友の心にさざ波を立てていたとは。
「そんなに難しく考えるな、彼女は素直な女性だ。気持ちと言葉を尽くせばいい」
(俺が何でこんなアドバイスをしてるんだ?)
そう思いながらもライアスは親友をほっとけなかった。ふいっと顔をそらした親友の横顔にあっけにとられる。
(こいつがこんな可愛い顔をするとは)
目の前にいるのは、傲岸不遜で知られた冷徹な男だったはずだ。レオポルドは内側に潜む炎が激しく、それを怒りに変えて努力してきた。いま彼に見えている炎は、それよりもっと優しく繊細で、温かい熱量を感じさせる。
それにレオポルドは困っていても、人に助けを求めるのが苦手だ。口にださないし顔色ひとつ変えない。眉間にシワを寄せ何かに耐える表情で、グッとこらえてがんばるから、ライアスもつい手を差しのべてしまうのだ。
(彼女の笑顔を見るのはもちろんうれしい。それに俺が幸せになってほしいと思うのは、ひとりだけじゃない)
ライアスはかまどの前で立ちつくす男に語りかけた。
「俺なりに考えて、女性が喜びそうなところに連れていったが、今思えば彼女にとってリラックスできる場所ではなかった。おたがいに背伸びして緊張して、仕事のことはふつうに話せても、プライベートで会うとぎこちなかった。お前のほうがよほど彼女の素を知っているのでは?」
銀糸のような髪に、ちらつく雪がまとわりつく。職人が手をかけて磨きあげた紫陽石よりも、強い輝きを放つ瞳が空へと向けられた。精霊のような顔立ちの青年が吐く息は淡く白く、言霊を乗せて広がっていく。
「彼女の人生を喜びで満たしたい。それがつぐないになるかはわからないが」
「つぐない?」
決意を秘めたつぶやきに、ライアスはけげんな顔をした。それには答えずレオポルドは親友の名をだした。
「それと彼女の素……か、それを知るにはまだ材料が足りない。オドゥに話を聞きたい」
ダイエットと王城探検【魔術師の杖⑥発売記念SS】を別に掲載しています。
「2巻のときのユーリが可愛かった」というご意見で、ちっちゃいユーリがでてくるエピソードを書きおろしました。シリーズからご覧ください。









