392.レイメリアとチリネズミ
『魔術師の杖⑤ ネリアとお城の舞踏会』予約開始しました。
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発売時期は来年初旬、すでに入稿は済ませてあり制作開始してます。
それからというもの、レイメリアは忙しくなった。放課後の彼女はロビンス先生の部屋で、グレンと学生たちの間にたって講義内容をすりあわせた。
(頭の使いすぎでおかしくなりそう……)
うさんくさい……と思えた錬金術が、実はつぶさに物質を観察しその性質をよみとり、綿密な計算のもとにおこなう術であるとレイメリアは知った。
前回は何人もが錬金釜を爆発させ、マホウガニー製の椅子や机が教室から逃げだそうとして大騒ぎになった。
「明確に創りたいものを想定して、素材を選びだし術式を組め。うまくいかぬ原因を洗いだし、修正してまたやり直せ」
グレンが何かを創ろうとするときは、すでに完成形が頭の中にあった。
彼の講義は不思議なほど刺激的で、それでいて学園生をいらだたせた。そして彼らのいらだちは、ある日とんでもない事件を引き起こした。
ある日レイメリアが学園の廊下を歩いていると、男子たちがバタバタしている。
「おい、いたか?」
「こっちにはいない。リッジ、あの師団長に飲ませたパパロッチェン……何をいれた?」
「ええと……チリネズミの毛を」
「はぁ⁉小さすぎだろう、みつけられないぞ!」
(……パパロッチェン?)
レイメリアが眉をひそめたとたん、目の前に何か降ってきた。
「きゃ……」
降ってきたのは小さな銀色のチリネズミで、やたらとパパロッチェン臭い。
「まさか転移……それにこの臭い……」
レイメリアが鼻を押さえてネズミをつまみあげれば、チリネズミはもがもがと暴れた。
足音が複数聞こえて、角を曲がってやってきた男子たちがレイメリアをみつけた。
先頭にいたリッジが両手で大きさを示す。
「レイメリア、ここで小さな……これっぐらいのチリネズミをみなかったか?」
「……知らないわ。だれかのペットか使い魔が逃げたの?」
そういって首をかしげたレイメリアに、リッジはきまり悪そうな顔をした。
「なんでもない、知らないならいいんだ」
リッジはアンガス公爵の息子で、アルバーン公爵とはちがう派閥だから親しくもない。
そのままいってしまったリッジは、レイメリアの胸がいつもより少しだけ大きいことには気づかなかった。
男子たちを見送って、レイメリアが紺のローブをくつろげて胸元をのぞけば、銀色のネズミがやわらかいふくらみに挟まれてくったりしている。
ポケットのほうがよかったかもしれない。
(まさかとは思うんだけど……)
パパロッチェンとはパパロスという芋をすりつぶして数種の薬草とともに小鍋で煮てつくる薬草茶で、最後の仕上げに変身させたいものの一部をいれて完成だ。
パパロス自体は八番街にある王立植物園にいけば採れるから、材料に不自由することもない。
レイメリアは寮にある自分の部屋に転移し、ぬいぐるみからクッションをとりあげて胸元からとりだしたチリネズミをそっと寝かせた。
浄化の魔法をさっと使っても、ネズミは目をさまさない。のんきに寝ている。気絶しているのかもしれない。
「…………」
なんとなく銀の毛並みがボサボサなのが気になり、レイメリアがブラッシングしてやると、すこしだけネズミの毛並みがよくなった。まだネズミは目をさまさない。
「…………」
なんとなく出来心で、レイメリアはお気にいりのリボンをネズミに結んだ。リボンはメニアラ産のシルクを使った高級品で、彼女の瞳と同じ色をしている。あら、かわいい。
かわいく結べてその出来映えに満足していると変容がはじまる。
ネズミの手足が伸び、体もぐんぐん大きくなって成人男性のそれになる。リッジはやはりグレンにパパロッチェンを飲ませたようだ。
いつのまにか仮面をつけたグレンが、ゆっくりと身を起こして伸びをした。
「あ、あのグレン……」
「うむ、薬草茶をもらったがよく眠れた。お前も早くこい、遅刻するぞ」
それだけいってグレンは転移していった。レイメリアの黄緑色をしたリボンを頭に結んだまま。
彼女があわてて後を追えば、すぐにグレンは講義をはじめ全員の視線が彼に集中した。どうしよう、講義の内容がぜんぜん頭にはいってこない。
彼が身をかがめるとリボンがひらりと垂れ、後ろをむけばレイメリアがきちんと結んだリボンの結び目がよくみえる。
銀のボサボサ髪にかわいく結ばれた黄緑のリボン。最初っから最後まで、彼はそれに気づくことなく講義を終えた。
レイメリアは恥ずかしさに身悶えしたくなるのを、必死に耐えて平静な顔で講義を受けた。
「レイメリア嬢、あのリボンにはどんな意味が……まさか……」
講義を受けたグレンがさっさと転移すると、レイメリアは動揺した男子たちに囲まれた。
レイメリアはやけになって叫んだ。もとはといえばあなたたちがパパロッチェンを彼に飲ませたせいよ!
「そのまさかよ、彼のよく通る低い声も、講義の合間に咳払いするところも気にいってるわ。あの白い仮面もしょぼくれた背中だってね。いいこと?」
レイメリアは黄緑の瞳を怒りにきらめかせて教室で宣言した。ついリメラに使ういつもの口ぐせがでた。
「彼は私のお気にいりなの。私のかわいいグレンに何かしようなんて百万年早くてよ!」
けれどそれを聞いて顔色が真っ青になって倒れたのは、生徒たちではなく駆けつけたダルビス学園主任で、教室はまた大騒ぎになった。
騒然とする教室を飛びだしたレイメリアは、魔法陣を展開すると自分の髪を数本ひきぬいた。
「いたっ」
痛みはあったがそれにはかまわず髪に命じる。
「お前たちを束ねていた私のリボンを探しなさい」
髪は蝶の形に姿を変え、ヒラヒラと飛んでいく。自分の分身みたいなものだから、レイメリアの命令には忠実だ。
本館の裏手にあるロビンス先生の部屋を囲む木立ちのそばで、枝をみあげるグレンをみつけた。
「グレン、だいじょうぶですか?」
さっきまで彼が自分の胸で眠っていたことは考えないようにして、声をかければ彼から返事があった。
「五年生か。雫に差しこむ光の屈折から、魔素の進路に影響する光粒子の干渉について考えていた」
いつもこんな調子で、彼はレイメリアが予想もつかないことを考えている。彼にとってはさっきの大騒ぎも、たいしたことではないらしい。
「で、何か用か?」
話しかけたのだから、何か用事があるとみなされたのだろう……レイメリアはあわてた。
「あの、私のリボン……返していただきたくて」
いわれたグレンは首をかしげたが、ようやく髪に結びつけられたレイメリアのリボンに気がついた。
「何か髪にからまってると思ったが……これか」
(ごめんなさい、結んだの私です!)
しゅるっとリボンをほどいたグレンは、レイメリアの瞳とおなじ色をしたそれを手に持って眺めた。
「ペリドットの色だな。エルリカの郊外、デーダス荒野では良質な魔力親和性が高い石が採れる。五年生、お前の杖を作るとしたら、核にはその石がよかろう」
「私、の杖……?」
思いがけないことをいわれてまばたきをしたレイメリアには目もくれず、グレンはひとり納得してうなずいた。
「意志の強さ、その魔力の高さ……それに行動力。お前は魔術師にむいている。すさまじいまでの荒ぶる情熱をそのまま魔力に昇華できるだろう。お前が喚びだす炎はさぞや美しかろう」
「荒ぶる情熱なんて、私そんなの……」
――持ってない。そういおうとしたのに、グレンの低くよく通る声がかぶさった。
「自分の生を生きたいと願え、己の主人は自分自身であると自らにいい聞かせろ」
必要ないからと名を覚えなくとも、グレンはすべてを観察していてレイメリアに、彼女が喚びだす炎が美しかろう……という。
(大人って自分たちにとって都合のいいように物事をみると思っていたのに……)
万象をあるがままに見ている彼の目に、世界はどんなふうに映っているんだろう……そう思った。
レイメリアはまだ魔術学園を卒業していないのに、彼の目にはペリドットを核に使った杖を持つ、美しい炎を喚びだす魔女が視えている。それでいて彼女にリボンを返すとき、彼はしれっと念を押した。
「わかったか、五年生」
――この男っ!
レイメリアの中で、それまで存在することすら気づかなかった、激しい炎が燃えあがった瞬間だった。
――この男に名を呼ばれたい。物事の本質を見抜く、この人の目に私を映してほしい。
いつのまにかきていたのか、ふとみればロビンス先生が立っていた。
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表紙1枚、挿絵2枚です(^^)ノ
みなさまのご要望を形にするお手伝いを、よろづ先生がしてくださいます。
(5巻の奈々もキャラクターデザインからやっていただきました。感謝!)









