387.アーネストとレイメリア(過去編その1)
ひさしぶりに書籍化作業から解放されたので、思いつくままに書いていきます。
読者さんからのリクエスト【リメラとレイメリアのお茶会(惚気大会】です。
本編と短編集どちらにのせるか迷ったのですが、せっかくなのでこちらに。
【登場人物】
ダグ・ゴールディホーン ライアスとオーランドの父
アーネスト 現エクグラシア国王、ここでは竜騎士団所属の王太子
レイメリア 塔の魔術師、王族の赤でアーネストの従妹
竜騎士団で訓練を終えたアーネストは、アガテリスから降りた。そのとたんドスッと背中にアガテリスの頭突きをくらう。
「うおっと!」
白銀の鱗と紫の美しい瞳をもつアガテリスは、ドラゴンたちのなかでも年長格で、おおらかな性格ゆえ新米竜騎士の訓練に使われている。
自分の騎竜を持つまえに、竜騎士たちは必ずアガテリスに転がされる。アーネストは痛む背中をさすりながらアガテリスをふりかえった。
「なんだよ、アガテリス」
「ちょっとばかり訓練時間が短くて、アガテリスは物足りないそうだ。アーネスト殿下、きょうは早退か?」
アガテリスのかわりに、竜舎からでてきた金髪に青い目のダグ・ゴールディホーンが答えた。
左ほほにゴリガデルスの爪でつけられた傷があるいかつい男だが、愛妻家でライアスとオーランドという二人の男の子を持つ父親だ。
ダグは酔うと遠征前夜に季節外れのネリモラの花飾りを、妻のマグダに渡すため王都中を駆け回って探した話をしだすのだが、ふだんは訓練にも手を抜かない生真面目な男だ。
からかうように声をかけてきたダグに、アーネストはにやけそうになるのをがまんして返事をした。
「はい、きょうはリメラが城にきていて!」
それを聞いたダグはいかつい顔をくしゃりと崩して笑った。
「あーそうか、婚約したばかりだったな!レイメリア嬢にフラれたわりに落ちこんでないと思ったら、そういうことだったのか」
アーネストはその言葉に遠い目をした。
(レイメリアにフラれたって……俺、そういうことになってるのか)
アーネストからみた従妹のレイメリアは活発で聡明で……可憐で愛らしい顔立ちと、気品あふれる立ち居振る舞いは王城でも絶賛されているし、魔術師学園にも数多くの信奉者がいる。
実は彼が立太子した晩の夜会でも、レイメリアをエスコートして大広間でダンスを踊ったのだが、彼自身はいまひとつ彼女を女性として見ることはできなかった。
彼の初恋相手はリメラというレイメリアと同じ年の伯爵令嬢だったが、彼女への想いは一方的にアーネストの片想いだったし、その想いをとげるために彼は少しばかり遠回りした。
彼の恋心に気づいたレイメリアが、アーネストにもちかけたのだ。
「あ、じゃあ私がアーネストの婚約者候補ってことにしといてあげるわ。私も勝手に父から縁談をまとめられたら困るもの」
「待てよ、そしたら俺はリメラに告白もできないし、つきあうことだって……」
ホントはシャングリラ魔術学園の卒業パーティーにだって、リメラをエスコートしたいと思っていた。けれどレイメリアはそんなアーネストをバッサリと切り捨てた。
「おだまり。私のかわいいリメラとつきあおうなんて、アーネストには百万年早いわ。手だって握らせないわよ!」
同い年なのにいつも偉そうな従妹は、なんだかんだいって彼女の父に言動がそっくりだった。強引かつ尊大で、人の話をまったく聞かない。
「百万年早いって…… 手ぐらいいいだろ!」
「そんなことしたらあなたのその表情で、リメラのことが大好きってまわりにわかっちゃうわ。公爵たちから伯爵家に圧力をかけられたら、リメラとは会えなくなるわよ」
「ぐ……」
「そのかわり、私がアーネストとお茶するときは、必ずリメラを連れてくるわ。こないだは春のドレスをいっしょに買いにいったの。どう、いちばんに見たくない?」
ひらめかせた扇越しにほほえむレイメリアは、しぐさだけは文句なしにかわいい。そしてアーネストは一瞬迷っただけで、素直に陥落した。
「見たい……」
「なら決まりね。卒業パーティーの日も私の機嫌がよければ、リメラと踊らせてあげる」
「だから何でお前が決めるんだよ!」
「あら、だいじなリメラに近づく男はよく吟味しなきゃ。従兄だろうと王子だろうと関係ないわ。でも私……リメラを好きになったあなたのこと、ちょっと見直したのよ。ふふっ」
にっこり笑って優雅なしぐさでお茶を飲む従妹は、どこからどうみても華奢で可憐な、妖精のように愛らしい気品あふれる筆頭公爵家の令嬢だった。
それをいうならアーネストもりりしくてカッコいい王子殿下なのだが、どうにもレイメリアにはやりこめられる。
そして彼の想い人であるリメラはなぜか、そんな彼女の親友なのだ。
リメラはおとなしく内気な少女で、いつもレイメリアの影に隠れるようにしていて、むしろそのぴったりくっつける距離感がアーネストにはうらやましかった。
(俺とレイメリアとどっちを取るかリメラに聞いたら、ぜったい『レイメリア』と答えるよな……)
目が合うと恥ずかしそうにほほを染めて視線をそらされる、そんなリメラに「かわいい……」とみとれてしまったことを、従妹に見抜かれてたのはまずかった。
けれどレイメリアはなんだかんだいって、自分の恋への協力とひきかえに、アーネストとリメラが顔をあわせたり話すきっかけを作ってくれる。
好きな女の子に何と話しかければいいかわからない、しかも相手は内気でおとなしい……たまにひとことふたこと返事がポツリと返ってくる、そのかわいらしい声にさえしびれてしまう。
(でもレイメリアの場合、俺でもぜったいムリだろうと思う相手だったのに……)
気品あふれる立ち居振る舞いと可憐で愛らしい顔立ちから、レイメリアは老若男女問わず人気がある。
なかでも父のアルバーン公爵は娘を溺愛していたし、いちおうアーネストが婚約者候補となっているが、その気になれば相手はよりどりみどりだったはずだ。
それなのに。
「え、あんなジジイと?」
レイメリアから初恋相手の名前を聞いた瞬間、アーネストは思わず聞きかえし、王城の服飾部門が丹精こめて刺繍した防御の術式ごと服のまま燃やされた。
「アーネスト……いくらだいじな従兄で、あなたがいなくなったら私がめんどくさい王位を継がなきゃならないとしても……次に『ジジイ』なんて口にしたら骨まで燃やすわよ」
赤茶色の髪をくるくると白くて細い指でいじりながら、小首をかしげてささやくレイメリアのしぐさはどうみても可憐で愛らしい。
(俺だったらこんな凶暴な女、ぜったいイヤだ!)
アーネストは心の中で絶叫した。
「グ・レ・ンよ、グレン・ディアレス。『ジジイ』なんかじゃないから、ちゃんと覚えてちょうだい」
「王都三師団の錬金術師団長の名前ぐらい、俺だって知ってるけど……」
こともあろうにレイメリアは、魔術学園の臨時講師として招かれたグレンの講義を聞いて、彼に恋をしたらしい。
それもあの仮面ごと。
「どこがよかったんだ?」
燃えカスになった服が体からはがれ落ちると裸同然だが、その格好のまま首をひねるアーネストのことは気にせず、レイメリアはうっとりと返事をした。
「声かしらねぇ……低くてよく通る落ちついた声、講義の切れ間に軽く咳払いするところもいいわ。あとちょっとしょぼくれた感じの後ろ姿ね……何ともいえない哀愁を感じるの」
「いや、でも顔はまだみてないんだよな?」
アーネストのツッコミにも、レイメリアはうなずいて聞きかえした。
「そうね……私が成人して告白するときには、みせてもらおうと思ってるの。何か問題ある?」
問題はおおいにあると思うが……。
一般には知られていないが〝王族の赤〟は、初恋相手に執着する。
たぶんバルザムの血筋のなかでも、そういう性質のある人間が〝王族の赤〟にふさわしいのだ。
自分だってリメラのことが頭から離れない……かくしてレイメリアもアーネストもおたがいに、それぞれの初恋相手をめぐって協力しあうこととなった。
リメラは次回でてきます。
【王族の赤は初恋相手に執着する】
父となったアーネストは息子ユーティリスの初恋相手が、ネリアだと勘違いしてあれこれと気を回しますが、153話で本人が言っている通り彼の初恋は学園時代に終わってます。なのでネリアにはあまり執着しません。









