383.シャングリラ中央駅
オドゥとユーリの二人旅、始まりました。
シャングリラ中央駅の駅前広場は、王都から故郷へ帰る大荷物を抱えた人々でごった返していた。
「まってよ、兄さん」
「だからその兄さんをやめろって……」
こげ茶色の髪を持つ目つきの鋭い青年が、うんざりした顔つきで連れていた青年に返事をした。
似たような背格好で髪と瞳の色が同じだから、兄弟といわれればだれもが納得するだろう。「兄さん」と呼びかけたほうは、よくみればきれいな顔だちをしているが、どこかもっさりした田舎っぽさがある。
すぐに顔からずれる黒縁眼鏡をかけて、人ごみで歩きなれていないのか、さっきもぶつかってペコペコと謝っていた。
兄のほうは服装もしゃれていて王都ぐらしも長いのだろう、人ごみを縫うように歩くことも魔導列車の切符を買うのも慣れている。駅構内にはいっても弟はめずらしそうに、あたりをキョロキョロとみまわしていた。
「ほら、こっち!」
「六番線……タクラ行き?」
つかまれた右手首をグイとひかれて、弟は眼鏡のずれを指でおさえながら駅の案内表示に目をやった。
「てっきりカレンデュラにむかうのかと……」
小さく舌打ちした兄は、鋭い視線を弟にむけた。
「……港があるタクラは素材が手にはいりやすいんだ。カレンデュラはほんっとに何にもないからな」
「兄さんの工房はタクラにあるの?」
「……ホントについてくる気か?」
問いには答えず逆に聞きかえした兄にむかって、弟は黒縁眼鏡の奥からにっこり笑う。
「約束したからね、それに……」
つかまれていないほうの左手で眼鏡のずれを直すと、さらにいたずらっぽく口の端をもちあげて続けた。
「兄さんがいないときは僕が一番上だったから、『お兄ちゃん』がいるって面白いよ」
「うわ、やめろ。その口調もふくめてぜんぶ気持ち悪い」
心底気持ち悪そうなげんなりとした顔をした兄に、弟は感心したように続ける。
「偶然だねぇ、僕もずっと同じ職場にいるオドゥってやつが、気持ち悪いって思ってた」
「あーそうかよ」
力を緩めずスタスタ歩く兄と同じ歩幅でついて歩きながら、弟は自分の同僚について話しだした。
「最初はうっとうしかったんだ。やたらにかまってくるし、ふと気づくと僕を観察している。そんなこともできないのかって顔をして。僕は僕で何やってもそいつにかなわなくて、けっこう凹んでた」
「お前、おぼっちゃんだもんな」
「自分の生まれに関しては選べないからしかたないよね。まぁずっと僕はそいつのことが苦手だったんだけど」
乱暴にいい捨てた兄にも、弟はしれっと返すと話を続ける。
「だけど一年つきあってみてさ、自分が成長したのってやっぱり、大部分そいつのおかげなんだよ。まぁ、新しくきた上司のせいもあるけどね」
「へー成長ねぇ、俺はちっさいお前が気にいってたんだけど」
兄のぼやきは聞き流して、〝ユーリ〟は六番ホームに停車しているタクラ行きの魔導列車をみあげた。
黒っぽい重厚感のある魔導機関車にけん引された客車は、切符の値段で座席がランク分けされている。個室になっている豪華なコンパートメントもあれば、ただ体を横たえるだけの向かい合わせになっている座席もある。
兄はわざと自分を試すように一番安い切符を買っていた。乗車の列にならびタラップをあがると、せまい通路の両脇に硬めの座席がならぶ。
(さすがにモリア山にはいったことがないけど、訓練で遠征に参加したこともあるし野宿だって平気だけどな)
いつも案内されるような王族専用車両ではないが、ユーリは特に気にしなかった。切符の数字をたしかめて座席にすわり、鞄のなかにある竜玉をたしかめるように手でおさえる。
「それになんだかんだで僕にかまうのも、そいつの寂しい気持ちの裏返しで本当は『頼ってほしい』『必要とされたい』ってことかなって」
「……お前のいうとおり、そいつけっこう気持ち悪いやつだな」
むかいの席にすわり窓枠にほおづえをついた〝兄〟が、ぶすっと返事をすると、もういちど眼鏡のずれを直したユーリがにこっと笑う。
「兄さんの客観的な同意が得られてうれしいよ」
発射のベルが鳴りひびき、タクラ行き魔導列車はシャングリラ中央駅六番線ホームからゆっくりと速度をあげて走りだした。
ユーリは秋の対抗戦でオドゥのことを見直した。
オドゥの情報収集能力、全体を見渡す俯瞰的な目線、的確な戦況判断……二人の師団長を相手に、錬金術師団の総大将として立ち回ったオドゥ・イグネルという男。
(参謀に……ほしいな)
王族である自分にはいざとなれば国軍の指揮権が与えられる。ギリギリの状況になったとき、自分のそばには彼のような人材がほしい。
ただのユーティリス王子だったときはうっとうしかったのに、エクグラシア王太子として冷静に考えれば何かと重宝する彼のことは手元に置いておきたい。
ユーリはまたずれそうになった黒縁眼鏡を指でおさえた。オドゥが父の形見だというこの眼鏡も単純にほしい。けれど〝カラス〟に何かを依頼すれば必ず〝対価〟を要求される。
(身分や地位であれば、このエクグラシア国内でのことなら何とかなりそうだけど……)
『この竜玉を預けるから、ユーリは自分の思ったように動いてオドゥについて探って。何かあればわたしが何とかするから……でも、危ないことはしないでね』
そういってネリアが預けた竜玉は、自分がもつ鞄のなかにある。
王太子である自分でさえも自由に持ちだせなかった竜玉を彼女は正々堂々、正面突破で両師団に勝利をおさめることでもぎとった。まさしく不可能を可能にしてみせる錬金術師らしいやりかたで。
だからユーリもやってみようと思った。
(彼女の持つ柔軟な思考……それにいざというとき自由に立ち回れるオドゥの力も両方……僕はほしい)
ほおづえをついたままで窓のそとをみつめるオドゥの横顔を、ユーリはあらためて観察した。
眼鏡をかけていないオドゥは切れ長の目で、いつもみせる人のよさそうな雰囲気はどこにもなく、むしろ冷たい印象を与える。
(この男を僕の手元に置く……でもどうやって?)
手元に置きたい……などと考えていることが、オドゥに知れるわけにはいかない。
(オドゥが自分の意志で僕のそばにいるのが理想だけど……)
素直に頼んだってオドゥはうなずかないだろう。それに彼の黒縁眼鏡についても知りたい。
まずはオドゥ自身のことをもっと知る必要がある。だからひとまずユーリは、彼の弟になりきってみることにした。
ユーリは自分がかけている黒縁眼鏡の縁をさわりながらたずねる。
「ねぇ兄さん、どうしてこの眼鏡を僕にゆずってくれようとしたの?だってこれ、兄さんのだいじな物なんだろう?」
窓のそとをみていたオドゥが、目だけ動かしてユーリをみた。









