381.魔石について知る
切ったパンにチーズをのせて軽く炙り、温めた野菜スープで簡単な朝食をすませる。
食後のお茶もそこそこに、わたしはグレンが遺した術式の解析にとりかかった。魔石まわりの術式を読み解き、魔石を組みこむための術式を検討する。
机には本棚からひっぱりだした魔石関連の資料が積みあがった。
やがてコトリ、と机に置かれたティーカップが目の端に映り、わたしは顔もあげずに返事をした。
「ありがとソラ、そこに置いといて」
「……私はソラではない」
静かな低い声が聞こえて、わたしは飛びあがった。
「レオポルド⁉ごめん……気づかなかったよ。お茶淹れてくれたの?いい香りだね!」
「集中すると時を忘れるのはお前の悪いクセだな、研究棟ではどうしていた」
自分のカップは小机に置き、レオポルドはすぐにビスケットをのせた皿も持ってきた。彼はわたしのそばに置かれた小さな椅子に腰かけ、長い脚を優雅に組む。
「研究棟にはソラがいるし……それに夢中になると時間の感覚がなくなるのは、ほかの錬金術師も似たり寄ったりなの。レオポルドはそんなことなさそうだね」
「私が休まねば、ほかの者が休めないからな」
塩気のあるビスケットをつまむと、サクリとした歯ごたえで口の中にほろりと崩れる。サクサクとした食感を味わってから紅茶を飲むと、ひろがる香りにゆったりと気分が落ちつく。
ホッとしているとカップを手にした彼が話しだした。
「師団長になりたての頃、それに気づけず無理させたことがあった。体を壊して魔術師が続けられなくなれば、長年の修行がムダになるし本人がつらい思いをする。師団員の体調に気を配るのは当然のことだ」
「そっか……その人はいまどうしているの?」
彼は目を伏せてカップの中の紅茶をみつめながら、ぽつりといった。
「魔術師団を退団した……優れた魔術師だったが、一線ではもう働けないと」
「……レオポルド、後悔しているの?」
気になってたずねると、彼は目を閉じてため息をついた。
「後悔、か……反省はしたな。魔術師の強さは魔力だけでは決まらない。魔力の制御や術式の構築速度、状況に合わせた魔術の使いわけ……それぞれの魔術師に長所短所はある。自分の持ち味を生かせばよいのだと……ひと言いってやるべきだった」
レオポルドの魔術を間近でみれば、天才……という言葉で片づけられないほどの圧倒的な力量を感じてしまう。どんなに追いつこうと努力しても埋められない差に絶望して、その魔術師は塔を去ったのかもしれない。
「師団長になったばかりで焦っていた私は、まわりをきちんとみる余裕がなく、自分がほかの魔術師に与える影響を考えていなかった……魔術師は総じてプライドが高い。とめてやればよかったのだが、私に不調を隠していた」
そういうと彼は言葉を切って、わたしを見た。
「……だから私はお前をすごい、と思っている」
「へっ?」
いきなり話題がわたしのことになって、変な声がでてしまう。
「錬金術師団は独特だ。カーター副団長やユーティリス王子は素直にいうことを聞く人間ではないし、ネグスコやリコリス女史とは会話もままならない。正直、私は自分が錬金術師団の師団長になったとしても、うまく運営できる気がしない」
「えっ、いや、そんなたいしたもんじゃなくて……」
「それに全員が前よりも生き生きとしてるではないか。秋の対抗戦ではネグスコなど顔色もよく別人のようだった」
「あれはわたしじゃなくて、ヌーメリアとアレクのおかげだよ」
ヴェリガンが変わったのはヌーメリアに恋をしたせいだし、そのヌーメリアだってアレクのおかげで前向きになったのだ。
王都にいくまで自分が師団長になるなんて思いもしなかった。魔道具師として生計を立てていくことも考えていたし、ギリギリまで迷っていたのだ。
それでも師団長を引き受けたのは、なんかこう……ほっとけない感じだったからで。自分でもとんでもないことになっちゃったなぁ……と研究棟でグリンデルフィアレンを見て途方に暮れたのを覚えている。
「それでも……カーター副団長にしろオドゥにしろ、彼らと接するのに、こういうやりかたもあるのかと思った。お前にはいつも意表を突かれたが」
「そ、そう……?」
「私自身はあまり悩まないし決断は早いと言われるが、それでも間違うことはある。デーダスにきて工房を見てからは……もっとグレンと話をするべきだったと思うが、私では反発してやつの話を素直に聞けなかっただろう。オドゥだからこそ、あの気難しい男についていけたのだ」
「そっか、オドゥだからこそ……そういう考えかたもできるんだね」
例えばレオポルドがグレンについて錬金術を学んだとして、同じようにデーダスの工房で研究を完成させることができただろうか……と考えると、たしかに彼からそんなイメージは湧かない。
レオポルドは机のうえに置かれた資料に目をむけた。
「魔石について調べているのか?」
「うん……魔物からとれる魔石とふだん生活で使っている魔石はちがうってことはわかるけど……グレンの魔石を杖に組みこむにしても、魔石の性質を理解しないとどうしようもないなって」
魔素の塊……それぞれに属性を帯びた魔石……石と呼ばれているだけで鉱物、いわゆる本当の石ではない。レオポルドは本に描かれた地図を指さした。
「生体からとれる魔石とちがい、採掘できる魔石鉱床は大昔に死んだ魔物の死骸が魔石化したものだ。エレント砂漠に大規模な魔石鉱床が発見され、採掘場がつくられて魔石の町ルルスと呼ばれるようになった」
「魔石鉱床……ルルスの街……グレンの魔導列車はここの魔石を利用しているんだね」
「そうだ、ルルスで採掘された魔石は王都で加工され、魔道具の核としてだけでなく素材としても使われる。ルルスで採掘された魔石を運ぶために、魔石を動力源とする魔導列車が開発された……といってもいい」
エクグラシアの発展は魔導列車の開発と魔石鉱床の発見が組み合わさったおかげだ。
わたしはデーダスの書斎にある本を読んでも、わからなかったことをレオポルドに質問した。
「あのさ、ふだん使う魔石と魔物からとれる魔石ってちがうよね?」
「そのふたつは成り立ちからしてちがう。私が身につける煉獄鳥の魔石や竜玉もそうだが、自然な魔石は魔物の死骸ではなく生きているうちに体内で時間をかけて育まれる。魔素の貯蔵庫のような役割をしていて、魔素が枯渇しても体を維持する働きをする」
魔物からとれる魔石は、その魔物が持つ属性の影響を受けて性質を受けつぐ。数が採れるわけではないから、昔の高価な魔道具やミスリルにつける効果など、錬金の素材として使われる。
そこまでは本にも書いてあった、だからわたしが知りたいのはこの先だ。
天空舞台でレオポルドに「魔力持ちのくせにそんなことも知らないのか?」とバカにされたことを思いだし、わたしは緊張しながら彼にたずねる。
「ええと……魔力持ちの〝魔石〟は魔物から採れるものとどうちがうの?」
「私たちは体内で石を育てるわけではないからな」
「それじゃ、どうやって……?」
淡々と答えたレオポルドは重ねた問いにも首をかしげるだけで、とくに表情は変わらない。
「成人する前に特別な魔法陣を自ら体にほどこす。そういえばお前は知らなかったな」
「特別な魔法陣……」
「魔力持ちがすべて魔石になるわけではなく、とりわけ強い個体だけが己の死に際して、全身の組織をバラバラに……つまり肉体を消滅させて魔素の凝縮した塊を作ることができる、ということだ」









