365.デーダスへの旅支度
それぞれの出発とネリアの準備です。
ユーリからは「オドゥと出発しました」と短いエンツをもらった。
そしてきょうのわたしは、シャングリラ中央駅で旅立つ錬金術師たちの見送りだ。
ヴェリガンはヌーメリアとアレクを連れて、タクラ郊外にある実家の農園まで二十年ぶりぐらいに帰省するという。
アレクは大はしゃぎで、〝ニーナ&ミーナの店〟で〝あったかもこもこパジャマ〟を買ってもらい、それを着て居住区でコロコロと転がった。
「このパジャマすごいよ、ほんとにあったかくて、もこもこした雲のうえで寝てるみたい!」
「へぇ、いいなあ」
まさかヴェリガンが結婚するとは思ってもみなかった両親は大喜びしたものの、「ヌーメリアさんをこの目で見るまでは信じられない!」といいだしたらしい。
タクラ行きのホームへ向かう前に、ヌーメリアが紹介状を副団長に渡してほほえんだ。
「私の滞在中に修理しきれなかった魔道具もありますの。カーター副団長にみていただければ助かりますわ」
「よかろう、まかせておけ。いいかカディアン、冬期休暇中だからとメレッタに近づくことは許さんからな!」
副団長からビシッと注意されたカディアンが「ひっ!」と飛びあがった。
なんとカーター副団長一家は、ヌーメリアの紹介でリコリス村の領主館に泊めてもらうことになった。リコリス温泉までの家族旅行だ。それにカディアンまでついていくという。
「よく許してもらったね!」
「まぁ、マウナカイアではそこそこ役にたちましたからな」
あごをなでて不機嫌そうにいう副団長は置いといて、わたしはカディアンにたずねた。
「そうじゃなくて、リメラ王妃とかに心配されなかった?」
「もうじき成人だから……領主館で研修とかも受けるし、カーター副団長の手伝いもするってことで許してもらいました。のんびりはできそうにないけど、冬期休暇中にドレスのデザインもアナさんと相談したいし」
カディアンは冬期休暇中もいろいろとがんばるらしい。
「なんといっても王城で培った私の信用のおかげですな!しかも秋の対抗戦に勝利した師団の副団長ですしな!うひゃひゃひゃ!」
笑いがとまらない副団長の横で、アナがおっとりとほほえむ。
「いえねぇ、王都にいると落ち着かないんですのよ。お誘いや訪問がひっきりなしで。だから逃げだすことにしましたの」
メレッタは魔導列車に乗ることも楽しみにしているようだ。
「マウナカイアだけでなくグワバンまでいけるなんて、卒業旅行の予習にはちょうどいいです!」
わたしは全員に旅の無事を祈り、手作りしたリザラの風紋を渡す。
「そうだね、気をつけてみんな……いってらっしゃい!」
そして帰りにわたしは五番街の〝ニーナ&ミーナの店〟に寄った。
ニーナはマウナカイアに新婚旅行にでかけたため、ミーナとアイリも店を閉めるとタクラに帰省するという。
店じまいをしているところにお邪魔して、わたしも今年最後の買いものだ。
「こんどデーダスにレオポルドといくことになったんです。その準備をしたくて」
「ちょっと待って」
ミーナは両手をあげてわたしをとめた。
「はい?」
「いますごい名前が聞こえたんだけど……『レオポルド』っていった?魔術師団長の?」
「ああ、はい、いいましたよ。わたしがデーダスにいたときに住んでた家って、もともと彼のお父さんが建てた家ですから。そこに連れていくんです」
わたしの答えにまばたきをしたミーナは、声をひそめてアイリにささやきかけた。
「アイリ……この話、ぜったいニーナに聞かせられないわ。休暇そっちのけで大興奮するわよ」
「ええ、私もそう思います」
ミーナは軽く頭をふると、気をとりなおしたように笑顔になった。
「で、わざわざその準備をしたくて、私たちに相談してくれたのね。うれしいわ、できることは何でも協力するわよ」
「ありがとうございます!わたしも自分でできる準備はバッチリしました。メレッタにも聞いて予習したんです」
アイリが首をかしげた。
「メレッタに聞いて予習……ですか?」
「うん、彼女から借りたの。〝術式演習〟に〝呪文構築理論〟でしょ、それに〝魔法陣図鑑〟……」
魔術学園で教科書として使われている本の題名をいくつかあげると、ミーナが飛びあがって口をはさんだ。
「ちょっと待ってネリィ、あなたまさかデーダスで勉強するつもりなの?」
わたしは力をこめてうなずく。
「ええ、せっかく魔術師団長と数日いっしょに過ごすんだし、何かひとつぐらい魔術を覚えたいです。それに魔術学園の教科書も読まなかったら『そんなことも知らないのか』って凍えるような声で言われるんですよ、きっと」
彼の声を想像してわたしがブルブルと身を震わせると、ミーナは「そうじゃない……そうじゃないわよネリィ……」と頭を抱えた。
「まぁ、そっちの準備はバッチリですけど、こちらで相談したいのは服ですね!」
「そうよね……あの魔術師団長の横に立つにふさわしいとなると……」
ミーナが何やらブツブツいっているあいだに、わたしはさっさと店の奥からお目当てのものを見つけてきた。
「あった!〝あったかもこもこパジャマ〟……これ、このあいだから目をつけてたんです!」
わたしが持ちだした〝あったかもこもこパジャマ〟セット一式をみて、ミーナが変な顔をした。
「ちょっと待って、ネリィ……」
「あれ、もしかして売約済ですか?」
ミーナは首を横にふると、逆に聞いてきた。
「いえ在庫だけど……そうじゃなくて、あなたまさかあの美麗な魔術師団長の前で、その〝あったかもこもこパジャマ〟を着るつもり⁉」
「もちろん。デーダスの夜は寒いんです!」
めまいでもしたみたいにミーナはよろめいて、額に手をあてるとむずかしい顔をする。
「ネリィ……いくら寒いからって、それはまちがってると思うわ……」
「まちがってる?あ……ひょっとして来客用もいるとか。レオポルドのぶんも用意しないとまずいですよね」
こんどはもっと大きいサイズを探してこよう……と奥にむかおうとすると、ミーナがさけんだ。
「待って!あなたあの魔術師団長にも〝あったかもこもこパジャマ〟を着せるつもりなの⁉」
きらめくような銀髪に黄昏色の瞳……黒いローブに身を包んだあの怜悧な美貌が〝あったかもこもこパジャマ〟に包まれる……。
「え?だれだってあったかいほうがいいですよね?」
「ダメよ、それだけはやめて!」
悲鳴をあげるミーナに、わたしはパジャマをぎゅっと抱きしめて抗議した。いやだ、このぬくぬくをデーダスで味わいたい。
「なんでですか。こないだアレクが買ってもらって、居住区でコロコロぬくぬくしてたんですよ。ぜったい欲しいです!」
「それならせめてネリィだけにしなさいよ!」
「うーん……レオポルドは自分の着がえぐらい持ってくるとは思うけど、何かあってもグレンの古着じゃ嫌がるかもしれないから、やっぱり用意しておきます!」
奥にむかうわたしの背後で、ミーナはぶつぶつと祈りをささげた。
「どうしよう、見たいような見たくないような……使う機会がないことを祈ってるわ」
アイリがミーナに声をかけた。
「ネリィさんだけでは気づかないこともありますし、私たちで準備しませんか。まずはコートにブーツ、手袋と帽子かしら」
「そうね……あの子、だまってれば妖精なのに……どうしてこう残念なのよ!」
デーダス荒野の二人……どうなるんだろう(汗
三省堂書店オンデマンドさんから、紙書籍も『売れている本 話題の本』として紹介していただきました!
ひえぇ……高い紙書籍のほうを買ってくださる方がいるとは……ありがとうございますm(_)m









