338.情熱フルスロットル
今回のネリアとレオポルドは、主役なのにチョイ役です。
ヌーメリアは動けなくなった魔術師たちをみても何も感じなかった。
もっと何か心に浮かぶかとおもったのに、こちらをにらみつけるカイラにも怯えたようすのリズリサにも……マイクのすがるような目つきにすら何も。
あの三人をどうしたいのかさえ思い浮かばず、さきほどまで感じていた高揚感も消えてしまってヌーメリアはうつむいた。
「私ったら……対抗戦に参加するときまったとたん、二十種類の毒と三十三種類の配合を思いついてしまいました。こんな私……おかしいですよね?」
消えいりそうな声になったヌーメリアにヴェリガンはあわてて声をかけた。
「い……いまのヌーメリアがいちばん……僕が知っているきみのなかで……す、素敵だとおもう」
「え?」
ヌーメリアが顔をあげて操縦席にすわるヴェリガンをみた。
グレンの仮面をかぶっているからおたがいどんな顔をしているかわからない。ヘリックスを操縦しながらヴェリガンは必死にしゃべった。
「きみは優しくて勇敢でいつも……アレクの話をうれしそうに聞いて……きみのやわらかな笑顔も……おだやかな笑い声だって、僕をしあわせにする……いまのきみは……とても綺麗だ……」
ヌーメリアが自分の仮面に手をあてて首をかしげた。
「ヴェリガン、わたしいま……仮面をかぶってますけど」
「そ……そうだ……ね」
やらかした!緊張して前しかみていなかったから、顔もみずにしゃべっていたことがバレた!
「ふふっ」
ヴェリガンがひとりで汗をかいていると、肩をすこしだけ揺らしてヌーメリアが笑った。
「ヴェリガン……」
ヌーメリアの手がやさしくそっと肩にふれてきて、ヴェリガンはヒュッとなった。
恐る恐るふりむけばヌーメリアの仮面をかぶった顔がすぐ近くで……ヴェリガンの心臓がドクンと跳ねた。仮面のむこうから彼女の声が聞こえる。
「私のかわりに……ヘリックスで踏んでくださる?」
何を……とはいわれなかった。きっと彼女にとっては口にするのも嫌なのだろう。それだけで察することのできたいまの自分をほめてやりたい。
彼女の声はすこしだけ憂いを帯びていて、ヴェリガンは何がなんでも彼女を安心させてやりたくなった。
「……喜んで」
きみのためなら……僕は魔獣でもドラゴンでも何にでもなる!
草木と語らうおとなしい錬金術師ヴェリガン・ネグスコはこのときレビガルになった。
何かがヴェリガンのなかではじけ、さっき読まされた仕様書で頭にたたきこんだヘリックスの駆動系にフルスロットルで注ぎこまれた。
ヴェリガンの髪が逆立ち、植物たちが彼の魔力に呼応する。われらが〝緑の王〟を助けないでなんとする!
平原をおおう草たちが意志をひとつにして腹足の運動を助け、のろのろと移動していたヘリックスのスピードがいきなり速くなった。
ちょうど降りだした雨がさらにそれを加速した。猛然と進むヘリックスに、大地に縫いとめられた魔術師たちの顔が恐怖にゆがんだ。
「いや……!」
「ふぎゃぶっ……!」
魔術師たちはよけることもできずヘリックスの腹足に巻きこまれ、粘液まみれになったままその航跡に貼りついている。
なあに魔力持ちはちょっとやそっとじゃ死にはしない、ヘリックスに踏まれたからってどうということはない。
ヴェリガンは無我夢中だった。みていてくれヌーメリア、きみは潰れた魔術師どもなんかみなくてもいい、どうかその瞳に僕を映して!
「きゃっふーーっ!」
ものすごいスピードで飛ぶ赤いライガの後ろでわたしはゴキゲンだった。
メレッタの気持ちがよくわかる。自分で操縦するのとちがうから、次にどっちむきのGがくるのかわからないしスリル満点だ。
地面スレスレを駆けぬけたかと思うと、急上昇してすぐ急降下そして反転……ミストレイから逃げるユーリは必死だろうけれど、もぅ最っ高!
飛びはじめてすぐ平原のあちこちに転送魔法陣が展開し、わたしは自分の三重防壁をライガ全体にひろげた。
閃光と爆音がとどろくなかを赤いライガがつっきっていく。何かがあたるたびに三重防壁がキラキラとかがやくけれど、戦場の様子はさっぱりわからない。
「だいじょうぶ、僕らにまかせてネリアはひたすらユーリと飛んでて」
そうオドゥがいう横でカーター副団長もうなずくものだから、その通りにしてるけど……。
ユーリに聞こうにもいまこの状況では話しかけるのも難しい。そんなことを考えながらひたすらライガに魔素を送っていると、空から雨が降りだしてきた。
レオポルドは平原の中央に立ち、広域魔術を展開すると雨雲を喚びだし雨を降らせた。
爆煙とともに漂っていた何かをすべて洗い流すと、副団長のメイナードにエンツで確認する。
「メイナード、使える魔術師は何人残っている!」
すぐに返答があった。残っているのは衝撃を防ぐだけでなく結界を瞬時に張れたものだけだろう……メイナードの返事はレオポルドの予想通りだった。
「おそらく半数かと……詠唱ができなくなった者は連絡もよこせません」
「捨ておけ!そやつらはもう戦力にならん!」
マリス女史からもエンツがはいる。
「上空のドラゴンたちにも影響がでているようです、こちらの戦力は減りましたけど一気に攻勢をかければ勝機はありますわ!」
上空をにらみつけたレオポルドはなおもたずねた。
「錬金術師団には何人むかっている?」
「リズリサ、マイク、カイラの三人ですわ」
それを聞いたレオポルドの動きがぴたりととまった。
「三人……それだけか?」
「ええ、王太子殿下と師団長はあのとおり飛んでますし、ヘリックスは動きものろくその様子は外から丸見えです。余計なことをさせず足止めできれば……」
マリス女史が説明を終えるまえに、レオポルドはもういちど確かめるように聞きかえした。
「オドゥ・イグネルに、たった三人だと……?」
メイナードが不思議そうな声をだした。
「オドゥ……イグネルですか?こないだの現地視察のときもずっと秋祭りの話をしていた、やる気のなさそうな男でしょう?」
レオポルドは愕然とした。そうだ……かれらはオドゥを知らない。マリス女史とメイナードに説明するヒマはなかった。
レオポルドからヘリックスまでの距離は離れていたが、そのなかに立つオドゥは遠目にもみえた。
眼鏡のブリッジに指をかけたオドゥと目があったような気がした。あのオドゥとまともに戦えるのは……。
「錬金術師団には私がいく!」
「「師団長⁉」」
だがレオポルドがヘリックスのそばに転移しようとしたとき、突如としてヘリックスがその巨体を揺らしたかと思うとものすごいスピードで動きはじめた。
自分が降らせた雨が平原を走るヘリックスだけでなく、ドラゴンに絡みつくタコまでも勢いづかせたことを、レオポルドが知るのはまだ先……。
魔術師たちを巻きこみながらヘリックスは猛スピードで平原を走り、ようやく我にかえったヴェリガンがヘリックスをとめて肩で息をしていると、彼のすぐ横でヌーメリアのささやくような声がする。
「ありがとうヴェリガン……私、ずっとあなたをみてた」
ヴェリガンの願いはかなった。
肩に置かれたヌーメリアの手にそっとふれると、ヴェリガンには彼女の温もりが感じられた。その瞬間、ヴェリガンの口が勝手にスラスラと動いた。
「きみを愛してる、ヌーメリア。僕はきみのためなら何でもできる」
「ヴェリガン……?」
驚いたようにすっとひかれようとした彼女の手を、ヴェリガンは逃がさないよう握りしめるとひと息にいった。
「僕と結婚してください、ヌーメリア・リコリス!」
言った。
ヌーメリアが自分で踏んでもいいのだけど、それだとエレガントじゃない。









