337.錬金術師たちの攻撃
26日の更新はたぶん休んでからでないとできないので、ゆっくりめにします。
メラゴの根とビビの実は『304.中庭で魔獣グルメを』『305.ゴリガデルスの燻製ジャーキー妖精風味』にでてきました。
死ぬわけではないし時間がたてば効果は消えていくが、おそらく一昼夜のあいだ魔術師たちは〝ただの人〟だ。プライドの高い彼らにとってこれ以上の屈辱はない。
ヌーメリアは空をみあげる。ドラゴンのまわりで炸裂した爆撃具にはメラゴの根ではなくビビの実を使った。
視覚をうばいほかの感覚を鋭敏にする毒物だ。とはいえ竜騎士たちはいちど錬金術師団の襲撃を経験している。魔術師団より体勢をたてなおすのは早いだろう。
「ドラゴンたちにはビビの実を……けれど彼らには風の守りもありますし、もとより強靭な個体です。魔術師たちほどの効果はなかったかと」
「そうだね……では次の作戦だ。座標指定は正確にお願いします、カーター副団長」
「ふん、だれにむかっていっておる!」
カーター副団長は戦場を飛びまわる黒蜂をあやつり、それからもたらされた情報……ドラゴンたちの飛行状況を目の前に映しだした。
ギラギラした瞳ですばやく計算しながら、転送魔法陣に座標を打ちこんでいく。
「泥にまみれた竜騎士どもをみてやりたいと思ったが……これでもいいか」
そういいはなってカーター副団長が発動させた転送魔法陣に、ウブルグが用意していた新たなオートマタをほうりこんだ。
ミストレイが赤いライガを追いかけるのに夢中になり、ライアスはいまの戦況がまったくつかめなかった。
なにしろライガはジグザグに飛んだかと思えば、いきなり反転して地面スレスレを駆けぬける。それを追うこちらも視界が二転三転する。
(まだ対抗戦ははじまったばかりだ。ライガは一機しかない……ミストレイがいなくともじゅうぶん戦えるはずだが……)
「状況はどうなっている!」
あせるライアスの耳に副官デニスの叫びがとびこんできた。
「転送魔法陣、複数を確認!各自衝撃にそなえろ!」
防御魔法を発動した瞬間、ライアスのすぐそばでも爆撃具が炸裂した。
爆音は平原のあちこちでとどろいたが閃光は一瞬だし、風の守りはドラゴンにもともと備わっている。衝撃さえ耐えればどうということはない……はずだった。
だが爆風とともにわずかに覚えのある香りが、ライアスとミストレイに吹きつけ目の前に火花が散る。
(この香り覚えが……まさかビビか⁉)
「すぐに浄化を!錬金術師団が仕掛けてきた!視界をうばわれるぞ!」
いうなりライアスも浄化の魔法を使ったが、すぐに目がチカチカしはじめた。感覚を共有しているミストレイも同じ状態になったがライガの追跡をやめようとはしない。
視界がきかないぶん、ミストレイの魔素を感知する能力があがっているのだ。
何もみえないのにライガだけがみえる。赤いライガからこぼれ落ちる魔素が光りかがやいて、彗星のように尾をひいてミストレイを誘っている。
(これは……どういうことだ⁉)
まるでライアスとミストレイだけが戦闘から切り離されているようだ。
それでもライアスの耳につぎつぎと竜騎士たちの報告がとどく。
「さっきの爆撃具、衝撃はたいしたことなかったんですが、変なものでもしこんであったのか目がやられました。目がチカチカする!」
「見えないってほどじゃないですが……うわあっ⁉」
アベルの報告にヤーンの叫びがかさなった。
「どうしたヤーン!」
ヤーンの返事がないままに、副官デニスの緊迫した声がつづいた。
「転送魔法陣確認!第二波くるぞ、備えろ!」
第一波では平原のあちこちに展開した転送魔法陣は、こんどは空に……ドラゴンたちのそばで発動し、直後からドラゴンのおたけびと竜騎士たちの悲鳴があちこちであがる。
ギュラアアアアァッ!
「……何だこれは⁉」
ギュオオオオオゥッ!
「ぎゃああっ、やめろおぉ!」
ベテラン竜騎士のレインの焦った声や新人竜騎士ベンジャミンのとりみだした悲鳴がきこえる。
ライアスは必死に記憶をたぐった。ビビの実……中庭でやったバーベキューで〝毒の魔女〟ヌーメリアはあのとき何といっていた?
『ビビは視覚をうばいほかの感覚を鋭敏にするので、摂りすぎに注意してくださいね』
……そう、恐ろしいのは視覚を奪われることではない……ライアスはハッとした。
「竜騎士団全軍に告ぐ!総力をあげて錬金術師団をたたけ!やつらの攻撃は容赦ない!」
……もう遅いかもしれないが。
絶望的な気分になったライアスのすぐそばで、あらたな転送魔法陣が展開した。そして光をはなった転送魔法陣から飛びだしたのは爆撃具ではなかった。
ベシャアッ!
何かの塊がミストレイの頭部に貼りついた。
ギャアオオオオゥ!
ミストレイが狂ったように暴れて首をふったが、それはがっちりと絡みついて離れようとしない。そしてミストレイと感覚を共有するライアスにもその感触が伝わる。
うねうねと頭を押さえこむように動くねっとりとした弾力のある感触と、吸いついてくる力強い吸盤……。
「タ……タコ⁉」
視覚以外の感覚が鋭敏になっている状態でこの感触は拷問にちかい。ライアスはあわててかまいたちを呼んだが、軟体動物特有の滑らかボディには傷がつかない。
雷撃も効かないし手でひっぺがそうとしても、逆にタコの脚が腕に絡みついてくるだけだ。
ライアスだけではない……ドラゴンと感覚共有をしている竜騎士たちはつぎつぎと恐慌状態におちいった。
視界はきかないのにタコの感触は自分とドラゴンで二倍になって襲ってくる。
「うわあぁ、やめてくれ!」
「ひいいい!錬金術師団……えげつねぇ!」
上空でタコ墨にまみれた竜騎士たちが混乱する様子をみながら、カーター副団長はせっせと転送魔法陣の座標を設定する。
堂々と竜騎士たちを攻撃できる機会などそうあるものではない。カーター副団長はギラッギラにはりきっていた。
「どうだ、私の正確な座標指定は。せっかくのオートマタをムダにはできんからな。確実にドラゴンに着地させたぞ!」
それを彼の一番弟子がほめそやした。
「カーター副団長さすがです、竜騎士たちを追いつめる執念深さは見事ですよ!」
そんなオドゥをウブルグがねぎらった。
「オドゥもよくこんな作戦思いついたのぅ。わしはせいぜい魔術師どもに絡みつき動きを封じこめればと思ってたが……まさか空飛ぶタコになるとは想像しとらんかったわ。いや、カタツムリが海をいくようにタコが空を飛ぶ……固定観念にとらわれてはいかんな!」
ほむほむとうなずくウブルグをカーター副団長が持ちあげた。
「ヘリックスの研究ばかり何の役にたつ……と思っていたが、まさしくそこに自由な発想の鍵があったのだな、素晴らしいオートマタだ!」
ヘリックスのなかで三人の腹黒い男たちがたがいを称えあった。
一方、ヘリックスのすぐ近くにいた三人の魔術師たちはよろよろと立ちあがった。メラゴの根で舌はビリビリとしびれているが、カイラには虹色にかがやく透明な殻に守られたヌーメリアがよくみえた。
(ヌーメリアめ、このぐらいで勝った気になるんじゃないわよ!)
高等魔術は使えないが、炎を呼ぶぐらいなら難しくない。
「もやひてやるわ!まいふ、ほひょを!」
いきおいよく夫をふりかえったカイラは目を疑った。メラゴが効いているのか頭をおさえてうずくまったリズリサを、そっとかばうようにマイクが抱きしめている。
(……え?)
立ち尽くしたカイラの視線に気づいたのか、顔をあげた二人があわてて身を離したがもう遅かった。
目に焼きついた光景にカイラがわなわなと震えだし、同僚と夫である魔術師に炎を放とうとした瞬間、ヘリックスの内部でそれをみていたヌーメリアの手が動き、出現した捕縛陣が三人の魔術師を縫いとめた。
「すごい……」
ヘリックスを操縦していたヴェリガンが感心したようにつぶやくと、ヌーメリアはポツリといった。
「『ドブネズミ』……」
「ヌーメリア?」
「学園の寮にいたときに割りあてられたんです、ネズミ捕りの仕事を……『あなたにピッタリね』って。冷たくてジメジメした地下室で、ひたすら捕縛陣でネズミを捕まえるの。だから得意なんです」
総大将オドゥだからなぁ……やな攻撃だなぁ……。









