331.グレンの設計図
ちょっと短めです。
「まってオドゥ!」
わたしは背中をむけたオドゥにさけんだ。
「どうして〝魔術師の杖〟を作っちゃいけないの?」
動きをとめたオドゥはゆっくりとこちらをふりかえる。
「……やっぱりきみが気にするところってそこ?」
「魔道具ギルドで調べたの……杖の材料とか作りかたとか……そんな特別なものって感じはしなくて。だから……」
笑みを消した彼の顔はぞっとするほど無表情で、射るような視線にこちらの心臓が凍りつきそうだ。
「ただの杖ならね。でもきみが作りたいのは特別な杖だろう?僕はずっときみを観察していた……だから知ってる、きみの視線がいつもだれを追っているか」
それは……でもそれはただ見ていただけで……。
「ちが……」
魔術師の杖を作ってもらえないだろうか、グレンにそうたのまれたからで……。オドゥはわたしがすわるテーブルに近寄ると、そこに手をつきわたしにむかって身をのりだした。
「……僕はデーダス工房への出入りも許されていた。そこでグレンが描いた設計図をみたことがある。複雑で緻密……繊細なのに大胆で、グレンが心血を注いで作りあげた完璧な術式……」
「設計図……?」
そんなもの知らない、そんなもの見たことがない……!
そうだ……グレンがただ「杖を作れ」といったりするだろうか……何かをつくるとき彼の頭には常に完成形があって、それを目指していつも試行錯誤していた。
設計図があるとしたら……それはいまどこにある?
オドゥはわたしの瞳を探るようにのぞきこむ。オドゥも知らないのだろうか……彼自身が持っている情報も限られているのかもしれない。
「グレンが描いた設計図はふたつあった……ネリアはみたことがない?心をわしづかみにされるほど見事なものだったよ……ひとつはきみのだ」
「わたし、の」
わたしがかろうじて言葉をかえすと、オドゥが深緑の瞳を細めた。彼はわたしの反応をみている……しっかりしなきゃ。でものどがカラカラで声がでそうにない。
「そしてもうひとつは〝魔術師の杖〟……そのふたつのどちらにもあるものが組みこまれていた。設計図はふたつあるのに、それはたったひとつしかなかったんだ」
「それ、は」
たどたどしい言葉づかいでも聞きたいことはちゃんと伝わったらしい。オドゥは身を起こすと無表情に淡々と告げた。
「レイメリア・アルバーン……あいつの母親が遺した魔石……それこそがきみと〝星の魔力〟をつなげている媒体にして、グレンが設計した〝魔術師の杖〟に使われるべき核だ」
そういってオドゥはわたしの心臓がある胸のあたりを指さした。
「グレンはきみを助けることを選んだ。きみのとまりかけた心臓にレイメリアの魔石を使ったから、杖を作ることはできなくなった」
「わたしの心臓に魔石を使ったから……」
魔術師の杖を作ってもらえないだろうか、グレンはたしかにそういった……でもそれを聞いたのはわたしひとりだ。オドゥは彼の言葉を聞いていない……。
「だからあいつの杖を作るのはあきらめるんだな。それともきみの心臓から魔石をとりだすかい?それなら手を貸してもいいよ、もちろん対価はもらうけど」
「対価……」
オドゥはフロアから見える店の奥を指さした。
「この店で働いていたのはずいぶん昔だけど、いまでもあそこでときどき錬金術師の手を借りにくる客の相談に乗ってる。対価さえ払えばどんな願いでもかなえる……錬金術師オドゥ・イグネルとしてね」
オドゥはわたしに視線をもどした。
「そうだな……僕が欲しいものを〝対価〟としてくれるなら、きみのどんな願いでもかなえるよ。きみと契約しておけば僕は確実に〝対価〟を手にいれられるからね」
オドゥが欲しいもの……それはわたしの〝体〟だと彼はいった。
「オドゥはわたしの体をどう使うの?」
聞くとオドゥはキョトンとしてから真面目な顔であごに手をあてて考えだした。
「うーん、やっぱり女の子だからまずはルルゥかな」
「そう……わたしはルルゥになるのね……それでオドゥは幸せになれるの?」
「幸せ?」
彼がまばたきをすると瞳の深緑が濃くなったような気がした。
「……してあげたいことがたくさんあるんだ。王都の珍しいお菓子も食べさせたいし、可愛い服も着せてやりたい。僕はルルゥを幸せにしたいんだよ」









