328.観察(レオポルド視点)
レオポルド視点で書くことはわりと少ないかもですね。
無口なだけで結構いろいろ観察してます。
レオポルドとライアスは学園時代からともに鍛錬し、何度も手合わせをおこなっている。
それでもたがいに成人したいま、レオポルドは竜騎士となったライアスの成長ぶりに驚かされていた。
もともと風の属性をもち恵まれた才能と体格の持ち主だったが、昨年竜騎士団長となってからのライアスは、レオポルドが知る彼とはまた強さが一味もちがっている。
最初は気難しい竜王を乗りこなすのにも苦労していたようだったが、最近の彼にはむしろ余裕のようなものがでてきた。
ドラゴンとの感覚共有スキルのおかげだろうか、ライアスは戦いながらも全体の戦況を俯瞰して瞬時に把握し、騎士団全体に的確な指示をだす。
個の強さもさることながら用兵の巧みさ……それは彼自身の人柄ゆえに、見習い時代から竜騎士たちに可愛がられてきたせいかもしれない。
まだ新米の竜騎士団長にくらべればベテランともいえる竜騎士たちが、みな嬉々としてライアスの指示に従い戦っている。
部下たちから寄せられる信頼、竜王からも認められる実力……それは学生時代のライアスにはなかったものだ。
『俺ががんばれたのは、お前が先に魔術師団長になり俺の前にいたからだ。お前がきっちり師団長をつとめているのに俺が無様なまねはできないからな』
モリア山でライアスはレオポルドにそういったが、ただひたむきに一生懸命に鍛錬に打ちこむ彼のまっすぐさや穏やかな気性こそ、尊敬すべきものだとレオポルドは思っていた。
強くなればなるほど優しくなれる……ライアスはそういう稀有な性質を兼ね備えた男だ。
『敵を知れ』
兵法では最初に習う基礎的なことだ。
己を知り敵を知り、その力を推し量る。力の差が歴然であればむしろ戦いを避けるべく交渉を進める。
ライアスのことはよく知っている……それは向こうもおなじだ。問題は……。
レオポルドが歩を進めると、軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「え、竜騎士団のみんなレオポルドに丸焦げにされるところだったの?」
仮面に隠した輝く黄緑の瞳はきっと、驚いて丸くなっている。
「ああ、とっさに風の防壁で防ごうとしたのだが、炎に風を送りこんだ形になって……炎の竜巻のようになってしまってな。危うくミストレイがドラゴンの丸焼きになるところだった」
返事をするライアスの表情は柔らかく、娘にむける眼差しは温かい。
「うわぁ、ミストレイの丸焼きはやだなぁ」
ライアスは思いだしたのか顔をしかめてうなずいた。
「ララロア医師に相談しながら、火傷したドラゴンたちのために軟膏を練るのがしばらく俺たちの日課になった」
「でもドラゴンが空いっぱいにひろがって飛ぶのって壮観だよね。ウレグ駅には五体のドラゴンがきていたときはびっくりしたよ!」
娘が草原にむかって腕を大きくひろげると白いローブの袖口から腕が伸び、軽くつかめそうなほどに細い手首と小さな手指がのぞいた。
「あのときは俺もびっくりした。まさかグレン老のあとを継いだのがこんな可愛らしい女性とは思わなくて……」
そのセリフに娘はワタワタして、慌てたように自分の仮面をおさえた。
「うぅ、ちっさいだけですぅ」
その様子にライアスも焦った顔をする。
「そんなことは……!すまない、おなじ師団長なのに『可愛らしい』などと……軽率だった」
「そんなことは……」
もごもごと声が小さくなる娘の表情はみえないが、仮面に隠れた顔は赤くなっているのだろう。
仮面でみえなくてよかったと本人は思っているかもしれないが、レオポルドにはその困ったような表情と頬を赤く染めたところが容易に想像できた。
娘はわかりやすい。喜怒哀楽はハッキリしているし、こちらのいうことに反発するときの反応も素直だ。
それなのにとらえどころがない。
デーダス荒野でその謎は解けるのだろうか。
だが娘に近づくということは、レオポルドにとっては彼の父グレンに近づくということでもある。
彼の考えを知り、その目的とデーダス荒野でやろうとしていたことを知る。だからこそここまで緊張するのかもしれない……そう思いながらレオポルドは口をひらいた。
「錬金術師団は人数もすくない……魔道具中心に戦うつもりか?」
レオポルドの言葉に、話をしていた二人の意識がこちらにむいた。娘が首をかしげて考えるしぐさをする。
「うーん、どうかなぁ……魔道具も操作する必要があるから数が多いと扱いが大変かも」
何とも心もとない返事にレオポルドは眉をひそめた。
「まさか……何も考えていないのではあるまいな」
「えっ」
娘は小さく声をあげたまま沈黙した……。
レオポルドはいやな予感がした。娘はわかりやすい。こちらのいうことに対する反応も素直だ。そしてこの沈黙は……レオポルドの眉間にぐっとシワがよる。
「まさか本っ当に何も考えてないのか?それで魔術師団と竜騎士団の対抗戦に参加するなど、いったい何を考えている!」
「師団長会議で説明したよ!」
「あの説明だけで納得できるか!」
「レオポルドだって『異存はない』っていってたじゃん!」
「何か勝算があるのかと思ったからだ。ライアスのいまの話を聞いただろう、われわれの戦闘に準備もなく突っこめば、ただケガをするだけではすまないぞ!三重防壁で錬金術師全員を守りきるつもりか⁉」
「……その手は最後の手段にするよ。守るんじゃなくて勝ちにいくんだから!」
「…………!」
勝ちにいくという娘に対し、レオポルドがなおも何かいおうとした瞬間、オドゥ・イグネルの声が聞こえた。
「作戦はこれから考えるんだよ、錬金術師団の総大将は僕が任されたからね」
「オドゥが総大将か……!」
オドゥの声にライアスが反応すると、黒縁眼鏡のズレを直しながらレオポルドがよく知るもう一人の同級生は人のよさそうな笑みを浮かべた。
「そ、ネリアとは秋祭りにもいっしょにいく約束をしてるんだ。そのときにゆっくり話しあうことになっている……だよね?」
「うん……」
確認するようにオドゥが娘に話しかけ、娘はちいさくうなずく。だがライアスはそれを聞いて衝撃を受けたような顔をした。
「秋祭りに……オドゥといくだと?」
「あ、それは……」
娘が答える前にオドゥが笑顔でライアスに返事をした。
「そうだよ、秋祭りの季節は王都にいろいろな屋台がでるだろう?それを案内してあげたくてさ。魔道具ギルドがある三番街ではノミの市が建つし、劇場もある四番街では街角で人形劇やいろいろな演しものが見られるし」
「えっ、そんなにいろいろあるの?」
娘がおどろいた声をあげると、オドゥは娘にむかってうなずいた。
「もちろんだよ、服の店がおおい五番街では端切れや型落ちの品が安く買えるし、市場がある六番街では川沿いに各地の名物が味わえる屋台がならぶ……八番街では古本市もやってるし……どこみるか迷っちゃうだろ?その相談もライガに乗せてもらったときにしようと思ったのにさぁ」
「ごめん……そんなことだとは思わなくて」
娘がちいさく身を縮こませた。その様子にレオポルドはふっと息をはいた。
「秋祭り、か……」
レオポルドのつぶやきに、その場にいた全員が彼の顔をみる。
「……レオポルド?」
問いかけるような娘のささやきに、レオポルドは先ほど怒鳴りかけたことも忘れて懐かしむような声をだした。
「私もオドゥの案内ででかけたことがある。あれは面白かったし、はじめて食べる料理に舌がびっくりしたのを覚えている」
「あ……そういえばそんなこともあったな!」
そういわれてオドゥも思いだしたらしく目を丸くしていると、レオポルドは娘にむかって静かにうなずいた。
「オドゥの案内なら間違いない、きっと楽しめるだろう」









