323.蜘蛛の衣
アンガス公爵夫人の話では、夜会にあらわれたレオポルド・アルバーンはまず従妹のサリナ・アルバーンと踊った。
そのあと彼はしばらく姿がみえなくなり……つぎにあらわれたときは闇色をした長い髪と瞳が印象的な、エキゾチックな面立ちの女性をつれていたという。
女性のドレスは灰色で身につけるものも真珠と透明なビーズだけ……全身がすっきりとモノトーンで統一されており、色とりどりのドレスがあふれる会場ではひときわ異彩を放っていた。
それについてはニーナが苦労していた部分だからミーナもよく覚えている。
『このさい逆にデザインもなるべくスッキリしたほうが映えると思うのよね……でもよけいな装飾をなくすぶんラインが難しいの。フリフリした豪華なドレスを作るほうが楽なのに……もぅ、ネリィったら!』
何度も調整してからできあがったドレスはニーナにとっても会心の作で、寝不足の目をこすりながらも姉は満足そうに笑っていた。
ミーナがスターリャと相談しながら作った真珠とビーズのアクセサリーも自信作だ。
真珠はどれも粒が大きく深い光沢があり、ビーズもただのビーズではなくキラキラと四方に光を反射しまばゆいばかりに輝いていた……だから人目をひくのはわかるけれど。
(闇色をした長い髪と瞳が印象的な、エキゾチックな面立ちの女性……?)
王家主催の夜会では警備の都合もあり魔法で姿をごまかすことはできない……ミーナが内心首をひねっていると、アンガス公爵夫人はミーナのほうに身をのりだした。
「それにね、そのかたのことをアルバーン公爵夫人のミラにたずねたら彼女、答えるどころかむしろ二人をみて青ざめていたの……サリナ嬢も知らないようでしたわ」
筆頭公爵家であるアルバーン家の婚礼というだけでも王都の貴族たちが注目するのに、魔術師団長のレオポルド・アルバーンが前公爵のきめた許嫁ではない女性の手をとろうとしている……王太子の相手選びにばかり注目していた貴婦人たちはざわついた。
「ミラがあなたたちのお店の顧客リストからはずれたのも、そういういきさつがありましたのね。レオポルド様ご自身が選ばれたかたに彼女は反対しているのでしょう?」
自信たっぷりに公爵夫人から問いかけられても、ミーナはなんと答えたらいいのかわからなかった。
レオポルド・アルバーンが〝ニーナ&ミーナの店〟にきたことなど一度もない。だが否定したらしたできっと、あれこれ問いつめられる。
『貴族相手に困ったときは先に謝っとけ!』
前にビルから聞いた教訓を思いだし、ミーナは心臓がドキドキしながらも平静をよそおった。
「……もうしわけありません、私どもにお答えできることは何もございませんわ」
アンガス公爵夫人は扇をパチリととじると、いたずらっぽくほほ笑んだ。
「いいのよ、返事は期待してないの。おたくのニーナは魔術学園をとびだすほど服づくりにも情熱を傾けるデザイナーだもの、許されない恋人どうしを応援してミラの怒りをかったのね!」
「さ、さあ……アルバーン公爵夫人のような高貴なおかたのお心のうちは私どもにはさっぱり……」
ミーナの返事が気にいらなかったのか、アンガス公爵夫人は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「高貴なお方?ふん、あのミラが?」
(もう帰りたい!)
ミーナは心のなかで悲鳴をあげた。なんでどうしてそうなったのか、説明してもらいたいのはこっちなんだけど⁉
そんなミーナの気持ちにはおかまいなしに、アンガス公爵夫人はうっとりとした表情でため息をついた。
「あの〝銀の魔術師〟が笑顔で女性と踊られるなんて……お相手のかたもまるで星空をまとった〝夜の精霊〟のようで……その美しさといったら!」
レオポルド・アルバーンが絡めばなんでも美しくみえる。たぶん彼が道端の雑草をむしっていても精霊が祝福の花束をつくっているようにみえる。
ライアス・ゴールディホーンだって彼が隣にいるだけで、キラキラがいつもより何倍も増すのだ。
ネリィのドレスはシンプルな形だが、ダンスをしてターンを決めればすそがふわりと広がるように作られている。彼女が夜会で長身のレオポルドと踊ったならばそれは映えただろう。
「でも心配だわ……ミラの性格はよぉく知ってますもの。レオポルド様と〝夜の精霊〟もきっとお困りよね、何かわたくしでお力になれることはないかしら……わがアンガス家の夜会にもぜひご招待したいのだけど」
そういって扇の奥できらりと目を光らせながら迫ってくるアンガス公爵夫人を、笑顔でかわして帰ってくるのがどれだけ大変だったか!
ミーナは思いだすだけでげんなりした。
そしてアンガス公爵夫人の話を聞いただけでは半信半疑だったけれど、〝ニーナ&ミーナの店〟に夜会前とはうってかえって注文が殺到するようになり二人は確信した。
絶対ネリィが何かやった!
「……とまぁ、そんな騒ぎだったのよ。『二人を応援する』と公言しなくても貴婦人たちにとっては、ニーナのドレスを着れば気持ちが示せるってわけ」
「まったく同じドレスを作るのは無理だけど、クリスタルビーズを使ったデザインの人気が急上昇よ。ターンするとすそがきらめくの……ビーズを縫いつけるのが大変なのよね」
ニーナがふたたびため息をつくと、ミーナも疲れた顔で同意する。
「値段もそれなりなのにねぇ」
しばらく黙りこんでいたメロディがようやく口をひらいた。
「……ネリィってば何やったの?というか……ほんとにネリィが〝夜の精霊〟なの?」
「うーん……公爵夫人の話だけじゃそれもさっぱりわからないの」
疲れた顔でトポロンをつまんでいたニーナも、顔をしかめて首を横にふった。
「ほんと……全っ然わかんないわ。夜会はフォト撮影も禁止だし、アルバーン魔術師団長と踊ったとかいう〝夜の精霊〟がネリィなのかどうかも」
「レオポルド・アルバーン……どんなに望んでも手が届かないことから、令嬢たちの間でひそかに〝月の君〟とか呼ばれている男性じゃないの」
レオポルド・アルバーン……エクグラシア最強の魔術師団長。
サリナ・アルバーン次期女公爵の許婚と先代のアルバーン公爵により定められているという……姿形は精霊のように美しいが決して手が届くことはない……貴族令嬢たちの間では〝月の君〟とまでささやかれる男。
メロディはライアスについての記事は欠かさずチェックしてるから、当然レオポルドの情報も王都新聞を読んで知っている。
「そういえば彼も独身だったわね……ありえないと思って考えもしなかったけれど、そうか……錬金術師団長だったら接点はあるものね」
ニーナが腕組みをして天井をにらんだ。
「ていうかそれ、ネリィの恋だったら応援したいけど……その相手って……あの子、幸せになれるの?」
ニーナの問いにはミーナが首を横にふった。
「わかんないわ、それこそわかんないわよ……それにさ、ネリィはそのことについて私たちに何もいわないじゃない?」
「そうね……まずいわね」
アイリがよくわからないという顔をした。
「どういうことですか?」
ミーナが顔をしかめてため息をついた。
「女は自分にとって大事な恋ほどだれにも何もいわないのよ。あの子が何もいわないってことは……本気かもしれないじゃない?」
がんばれニーナ、仕事を片づけたらきっといいことあるから!
そんなわけで女子たちは「夜会で何かあった」ことには気づいたものの、それをネリアにはたずねません。どう考えてもライアスよりレオポルドのほうが大変そうですしね。









