320.魔道具ギルド図書室
ネリアは実習生たちの様子を聞きつつ魔道具ギルドで調べものです。
午後になり、わたしは魔道具ギルドに跳んだ。五階にある研修室に顔をだすとちょうど昼休憩で、メロディがひとりでのんびりとサンドイッチをぱくついていた。
「あらネリィ、きょうはこないかと思ってたわ」
「すみませんメロディさん、午前中はお休みもらっちゃって」
「いいのよ、錬金術師団のほうがだいじだもの。こっちの実習はひととおり終わってあとはレポートの提出だけよ。みんな四階の図書室にこもってるわ」
「きょうは大騒ぎだったんじゃないですか?」
カディアンとメレッタの婚約はすぐに発表された。ディアたちが大騒ぎしたんじゃないかな……と心配してたずねるとメロディは首を横にふった。
「それがそうでもないのよね」
メロディの話では、もちろん最初はディアもメレッタにつめよったらしい。
「なんでメレッタなのよ、納得いかないわ。ネリィさんならともかく!」
するとメレッタは「といわれてもねぇ……」とかわいらしく小首をかしげてしばらく考えていた。
「私もどうしてこうなったのかしら……と考えていたのだけど、あれから思いだしたのよ」
「何をよ」
メレッタは「うん、たぶんきっとそう」と、自分で納得したようにうなずいてディアに教えた。
「あのね、前にアイリから頼まれたの、『カディアンのことをお願い』って。それが頭に残ってたんだと思うわ。なんだか彼のことを気にして見るようになったのってそれからよ」
「アイリが⁉」
ディアが目をみひらいたかとおもうと、彼女の瞳がみるみるうちに潤みだした。もういまにも泣きだしそうだ。ディアは涙ぐんでアイリの名をつぶやいた。
「そう……アイリが『カディアンのことをお願い』っていったのね……わかったわ、二人ともお幸せに……」
「え、いいの?」
メレッタが逆におどろいてたずねると、ディアはハンカチを取りだして目元をおさえた。
「いいも何も……アイリは私が『この子にはかなわない』と心から思った、たったひとりの女の子だもの。彼女が認めたのならしかたないわ」
ディアは取りだした自分のハンカチを見つめる。前にアイリにプレゼントしてもらった、彼女の刺繍がはいったハンカチだ。
「また来年プレゼントするわね」といっていたのに、夏休みが終わったら彼女はいなかった。
「私だってアイリといっしょに卒業したかったのよ。それなのにアイリったらだまって退学しちゃうんだもの。ひどいじゃない!」
「ディア?」
「私……怒ってたの、アイリに……お別れだってちゃんとできないまま、何もいわずいきなりいなくなって。夏休みにはいって魔術師団で職業体験を終えるまでは毎日いっしょにいたのに」
ディアはそういってうつむいた。説明できない大人の事情があったのだとしても、アイリに切り捨てられたような気がした。
「わかってるわ、アイリにはアイリの事情があるんだって……でも、連絡ぐらいくれたっていいでしょう?だ、だからそれなら私がカディアンと……って、お母様にいわれたせいもあるけど」
なかば意地になって自分をパートナーにするようカディアンに迫った。カディアンならきっとアイリを失った自分の気持ちをわかってくれる……。
「だからバカなこと考えたの、カディアンの横にたってアイリに見せつけてやろう……って。そんなのダメよね、だけどそれぐらい悲しかったのよ」
それを聞いたメレッタはちょっとだけ考えてから、あっけらかんといった。
「また会えるわよ、ディアも魔道具師ギルドでそのうち会えるんじゃない?そしたら笑顔で『ひさしぶり!』っていってあげればいいわ」
ディアはぱちぱちとまばたきをすると「そうね」といってようやく笑った。
それから卒業パーティはどうするのかとか、ドレスはもう決めたのかとか話をはじめ、急に女の子たちは仲良くなったのだという。
メレッタが「ドレスなんてどうでもいいのにお母さんが納得しそうにない」とこぼすと、ディアも力をこめてうなずく。
「わかるわ!私のドレスだっていつもお母様が決めちゃうの。いっぱいあるように見えるけど、本当に好きなドレスって一~二着なの」
ベラもそれにくわわった。
「私のお母様もすぐ口をだすわ。好きなデザインを選んでも、できあがるころにはこういうのが欲しかったんじゃないのに……ってなるの。だからグラコスとデザインを選ぶのが楽しみだわ。彼といっしょならお母様も余計な口をださないでしょ?」
「あ、なるほど!そういう考えかたもあるのね!」
共通の話題があればがぜん女の子たちの話は盛りあがる。
ディアやベラとメレッタの話がはずんで、むしろ婚約したはずのカディアンのほうが取り残されているらしい。
「へぇ、そんなことが!」
「ひと悶着あったのは男の子たちのほうね」
「どういうことだよ!メレッタと婚約⁉それに錬金術師団だって⁉」
「俺たちといっしょに竜騎士になるんじゃなかったのか⁉」
ニックとグラコスはそういってカディアンにつめよった。
「悪い……」
「俺だって……メレッタのこと狙っていたのに!」
ニックがさけび、全員が「え⁉」となった。メレッタが困った顔でメロディに聞いてきたらしい。
「ねぇメロディさん、これって私『モテモテ』ってことですか?なんかいまいち嬉しくないんですけど」
そういえばニック……メレッタを秋祭りに誘おうとしてたっけ……。そしてさすがにディアとニックが元サヤにおさまることはなかったそうだ。
わたしは魔道具ギルドの四階にある図書室にむかった。図書室のカウンター前にはグラコスがいた。彼は魔導回路の参考書を借りようとして、その数と種類のおおさに頭をかかえていた。
「うわ、魔導回路だけでもこんなに種類があるのか……」
「初心者にはこれがわかりやすいわね」
わたしもカウンターに近づいて、グラコスに参考書を選んであげていた司書さんにはなしかける。
「わたしも借りていいでしょうか?」
「あらどうぞ。ネリィさんもギルド会員なのですし。書架には紙の本がならんでいるだけだけど記録石も検索できますよ」
「記録石?」
司書さんは爪ぐらいの大きさの小さな石をとりだした。
「こういうものだけど……紙の本より場所をとらないし、いまは古い本の内容を記録石にうつす作業もしています」
わたしはひとつひとつ本棚をみてまわる。そこにはたくさんの魔道具関係の本がならんでいた。
魔術補助具、産業用魔道具、生活用魔道具……しばらくみてまわっていると本棚のすみに〝錬金術〟のコーナーをみつけた。そのなかのいくつかをパラパラとめくる。
(そういえばグレンて……本は書かなかったんだな)
グレンや研究棟の錬金術師たちの研究成果は、本のようにまとまってはいない。自分たちの知識を世にひろめることは義務じゃない。
(秘術……というか、秘密にしておきたい知識もあったんだろうけど……)
研究成果があったとしてもその内容を整理したり世界に発表するためにはまた別の手間がかかる。
グレンが魔導列車の設計図や路線図をきちんと残しているのは、だれかほかの人間にメンテナンスをまかせる必要があったからだ。
デーダス荒野に残されているほとんどは、書き散らしたメモのようなものばかり。師団長室の資料庫はすこしずつ整理しているけれど、デーダスの工房にある資料のことも気がかりだ。
(グレンの業績をまとめるだけでも、やってみようかな……)
そのとき魔術補助具のコーナーで、〝魔術師の杖、材料とその製法〟という本がわたしの目に留まった。
すこしだけためらったものの、結局わたしはその本に手をのばした。
電子書籍でおなじみBOOK☆WALKER
いずみノベルズレーベルフェア(1月28日~2022年2月3日)やってます。
魔術師の杖1・2巻がお得なようです。
3巻には5章部分が収載。本来4章と5章はひとつの章でしたが、書籍化にあたりユーリメインの4章とライアスメインの5章に分けました。
ただ5章部分は7万字ほど……マウナカイア編をいれてしまうとメインがライアスでなくなるため1冊の本にするのに10万字加筆。……死ぬかと思った。
そんな訳でよろづ先生にこの表紙を書いていただくために、もの凄く頑張りました。
そのかいはあったと思います。この表紙……最高!
『魔術師の杖③ ネリアと二人の師団長』
https://izuminovels.jp/isbn-9784844379959
いずみノベルズ公式サイト
https://izuminovels.jp/
Twitterの公式アカウント(@izuminovels)









