317.固まるレオポルド
すこし遅くなりました。
アーネスト陛下はそこで言葉をくぎり、宙に目をやって自分のあごをなでた。
「どれだけの繁栄ぶりだったかは想像を絶するな……精霊と契約してその力を自由に使えるのであれば、人の願いはほぼすべてかなうだろう」
グレンの故郷サルジア……わたしには何の関係もない場所のはず……なのにアーネスト陛下が語ったつぎの言葉に、わたしは自分の胸をおさえた。
「そして〝魂〟をあつかう術を使える……とされているのが死霊使いだ。呪術師はサルジア国内に広く存在しているが、傀儡師や死霊使いの術は秘匿され、皇家のみに伝えられたという……どのような術かを知るのは皇家の出身者だけだそうだ」
〝魂〟……この体はわたしのもので、トクトクと波打つ心臓がたしかにここにおさめられている。
『ネリア、お前がこの世界に定着できるように、星の魔力とお前を繋げた』
グレンがいっていた星の魔力……禁術とされた〝死者の蘇生〟……死霊使いならその術も知っているのだろうか。胸をおさえたわたしをレオポルドがみている……ダメだ、しっかりしなきゃ。
「傀儡師かあるいは死霊使い……サルジア皇家の出身であればどちらの可能性もあるということか……ネリアは何か聞いていないか?」
ライアスがたずねてきて、わたしは胸をおさえていた手をぎゅっと握りしめると首を横にふった。
「何も……けど、師団長室の中庭にあるコランテトラの赤い実は、故郷の味だと聞いたことがあるよ」
わたしがグレンと昔、好きなたべものは何かという話をしたときに聞いたことだ。コランテトラの実は赤いと聞き、わたしはぐみかサクランボを想像した。
初夏になるというその実をわたしはまだみたことがないけれど、真っ赤な実をしきつめたタルトを作ったらおいしそうだ……と勝手に想像していた。
「コランテトラ……」
レオポルドがすっと目を細めると、アーネスト陛下が重々しくうなずく。
「あのコランテトラは五百年前にわが祖バルザムが植えたという……バルザムの故郷、サルジア原産の木だ」
エクグラシアよりも歴史が古く傀儡師や死霊使いがいたというサルジア皇国……そこがグレンの故郷だとしたら……。
「……グレンには〝基礎〟ができていたということですか?」
どこからともなくあらわれて王城に研究棟をかまえ、魔導列車や転移門だけでなくライガを開発し、ソラ……エヴェリグレテリエの体をつくり、コランテトラの木精と契約してその魂とした。
それだけでなくわたしと〝星の魔力〟をつなげ、この世界に定着させた。
グレンがそれらのことを成し遂げるだけの、知識や技術を最初から持っていたとしたら……。
「……それならば」
さっき謝ってきたときの表情はどこにもなく、またいつもどおりの黄昏色をした瞳でわたしをみていたレオポルドが静かに口を開いた。
「サルジアにむかう前に、グレン・ディアレスについての情報を集めたい。〝秋の対抗戦〟が終わったあと、私はネリス師団長とともにデーダス荒野へいくつもりだ」
〝知らずの湖〟で話したことがでてきてわたしは息を呑んだ。アーネスト陛下はわたしとレオポルドを見比べながら、レオポルドに聞きかえした。
「それは……ネリス師団長の許可は得ているのか?」
「彼女にはもう話をしました」
それを聞いた陛下はわたしにもたずねる。
「ネリス師団長、そうか?」
「……はい、わたしはかまいません」
そう答えたものの、どうなるかなんてわからない。グレンを拒絶していたレオポルドが、彼のことを知ろうとするのはいいことなんだろうけれど。
レオポルドはわたしの隣にすわるライアスにも問いかけた、
「かまわないな?」
「…………」
腕組みをしたライアスは険しい顔のまましばらく無言だったけれど、隣にいるわたしと目が合うとふっと目元をゆるめた。
「ネリアがいいのであれば……俺はお前を信頼している。グレン老について何かわかれば教えてくれ」
「無論だ」
やりとりを交わした二人の師団長がこちらをむく。蒼玉と黄昏……両方の視線を受けとめて、わたしはうなずいた。
いまならば……デーダス荒野にいて想像するしかなかったこの世界にふれたいまならば、わたしにも何か気づけることがあるかもしれない。
あのデーダス荒野のあばら家に残されたもの……それを手がかりに何かわかることがあるだろうか。
「二人だけでデーダスにむかうのですか?錬金術師団からもだれかいかせますか?」
ユーリが気づかわしげに提案したけれど、わたしは首を横にふった。
「だいじょうぶ、様子を見にいくだけだよ。レオポルドはグレンの息子さんだし……一度案内したいと思ってたの」
明るくいうとユーリはまばたきをして、それ以上は何もいわなかった。
「しかし変われば変わるものだな……お前が自分からそんなことをいいだすとは。グレンの話などするのもイヤだといった感じだったのに……何かあったのか?」
アーネスト陛下はあごをなでてレオポルドに聞く。
「べつに何も」
無表情に最低限の返事だけするレオポルドに、陛下はひとりうんうんとうなずきながら爆弾発言をおとした。
「まぁお前の両親は大恋愛だったからなぁ……レイメリアがそれはもうグレンに惚れこんで大変なさわぎだったぞ。師団長室の中庭にテントを張り住みついて、グレンが音をあげるまで粘ったからな」
「……は?」
レオポルドが目をみひらいたままびきりと固まった。レイメリアは想像以上にパワフルな人だったらしいけれど、その話はレオポルドにとっては初耳だったらしい。
たっぷり数秒固まってから彼はかすれた声で聞きかえした。
「魔力持ちどうしをかけあわせたのでは……」
それを聞いたアーネスト陛下は不思議そうな顔をする。
「だれだそんなデマをお前に教えたのは。アルバーン公爵あたりか?公爵はカンカンだったからな。魔術学園に臨時講師でやってきたグレンにレイメリアが惚れこんで、自分が成人すると同時に、押しかけ女房みたいに中庭に住みついたんだ。それも居住区にはいれてもらえなくてテントを張って」
レオポルドはまた固まった。
「…………」
だれも何もしゃべらなかった。そしてレオポルドはいつもみたいな無表情ですわっていたけれど、彼の頭がものすごく混乱しているのはわたしにもなんとなくわかった。
「ええと……レオポルド、こんど居住区にもくるよね?グレンの遺した魔道具も見せたいし。そのときに中庭もみてみる?」
わたしがそういうと、ライアスもあわててそれにくわわった。
「あ、ああ……そうだな、昨日中庭にかまどをつくったんだ。いまの季節は気候もいいし、ついでにみんなでまた昨日みたいに楽しもうか」
「いいね、レオポルドもおいでよ!」
わたしとライアスがレオポルドを誘っていると、陛下が興味津々で身をのりだしてきた。
「なんだ?何かやるのか?」
「あ、陛下はいいです」
陛下はガクッとしていたけれど、そうだよ師団長どうしの親睦会があってもいいじゃん!ちょうど研究棟は王城のなかなんだし。
「どうするレオポルド」
「…………」
レオポルドは無言だったけれど、やがてあきらめたようにため息をつきコクリとうなずいた。
そして最後の議題になった。北の平原でおこなわれる魔術師団と竜騎士団のガチンコ勝負、〝秋の対抗戦〟だ。あのことを話すにはちょうどいいタイミングだろう。
「あ、それと秋の対抗戦ですが錬金術師団も参加します。勝った師団には賞品が与えられるのですよね。その賞品として錬金術師団は〝竜玉〟を要求します」
わたしの真正面にすわるアーネスト陛下が目をむき、その口がパカーンとあいた。あら、おもしろい顔……。
【グレン・ディアレス】
レオナルド・ダヴィンチと海底2万マイルのネモ船長を足したようなイメージ。
グレンとネリアの関係には『Dr.スランプアラレちゃん』の海苔巻博士とアラレちゃんのイメージもちょっと入っています。









