316.サルジア皇家のなりたち
『魔術師の杖③ ネリアと二人の師団長』本日発売!
これまでにたくさんのご感想やメッセージ、誤字報告で支えていただきありがとうございます!
初心者の私がここまでこれたのも読者のみなさんのおかげです!
「……お前の三重防壁は万能じゃない」
レオポルドはそっぽをむいたまま続ける。
「危険だとしたら唯一の弟子であるお前だろう、ユーティリスの件でサルジア側も錬金術師団に思うところがあるはずだ。私は髪色こそおなじでもあいつの知識は何ひとつ継いでない。それに何かあったときのことを考えれば私が行くほうがいい」
「そうだけど……聞いているとまるでサルジアが恐ろしい場所みたいだけど、わたしにとってはデーダスからシャングリラにでてくるのも、エクグラシアからサルジアにいくのも怖さはたいしてちがわないというか……ユーリもいっしょだし何かあれば転移して帰ってくれば……」
わたしが下をむいたままもだもだとレオポルドに言いかえすと、その場にいた全員がだまりこんだ。
「その……ネリス師団長、そんなに最初われわれは恐ろしかったか?」
ようやく灰から立ち直ったアーネスト陛下がおずおずと聞いてくる。
「言葉が通じるのには安心しましたけど……レオポルドは『アホ面』とか『化け物』とか『グレンの愛人』とかバカにしてくるし、アーネスト陛下だって『何とかしろ』とかって変な仕事押しつけてくるし……わたしよっぽど王都見物だけしてデーダスに帰ろうかと思いましたよ」
「レオポルド、お前そんなこと言ったのか⁉」
アーネスト陛下がびっくりした顔でレオポルドを問いただすと、彼の横にいたライアスがうなずいた。
「ええそうです、私も聞きました。俺もさすがにあれは言いすぎだと思った」
そのとき帰らなかったのはミストレイの背から王都の景色をみたからだろうか。
人が集まる巨大な都市……大勢の人がそこで暮らしていることに身がすくみそうだったけれど、やっぱりわたしは人恋しかったのだ。
そのときレオポルドが動いた。さっと席を立ってライアスの後ろをまわりこみ、わたしのところまでほんの数歩でやってくるとそこで片膝をついた。
わたしに目線をあわせてから彼が頭をさげるとその顔が髪にかくれ、ローブから流れおちた銀髪は床にとどく。
「……すまなかった」
「え……?」
レオポルドがいきなりとった行動に、全員がぽかーんとした。
「ネリス師団長に謝罪し、前言を撤回して非礼をお詫びする」
「あの、急にどうしたの?」
レオポルドが伏せた顔をあげると綺麗な薄紫の瞳がすぐ目の前にあった。
「私はお前を警戒するあまり無礼な態度をとったし、その能力もすぐには認めようとはしなかった。はじめて師団長会議に参加したとき、お前は私に『数々の暴言をわたしに謝ってくれるんでしょうね⁉』といっていただろう」
「たしかにいったけど……だってあまりにもひどすぎ……」
表情はいつもどおり変わらないのに、彼の瞳はものすごく真剣にわたしを見つめていた。
「いまがその時だと判断した……それともこの謝罪では不服か?どうすればいい?」
彼は首をかしげてさらにわたしの瞳をのぞきこむ。
「…………っ!」
ちょっと待って、その表情で迫ってこないで!だれかこの人をとめて!
そう思ったらアーネスト陛下がレオポルドに声をかけた。
「レオポルド、だいじょうぶか?」
わたしから目線をはずしたレオポルドはすっくと立って陛下にいいかえす。
「何がです、こいつに行かれるよりはマシでしょう!」
「またこいつとかいってる!」
レオポルドの勢いにたじたじになりながら、陛下が両手をあげて彼をなだめた。
「う……とにかく落ち着け、サルジアを訪問するのは早くても来年だ。この件はその前にもういちど話しあおう」
「そ、そうですね……」
ユーリがあわててうなずくとレオポルドはまた無言のまま自分の席にもどったけれど、この会議……心臓に悪すぎるよ!
ぼうぜんと成りゆきを見守っていたライアスが、ハッとしたように我にかえり陛下に質問した。
「ところで陛下、先ほどの話ですが『グレンが皇帝一族に近い』というのは?」
「エクグラシアは建国して五百年経ったいまでこそ魔導大国などと呼ばれているが、それ以前はサルジア皇国が世界の中心だった。それを支えたのが三つの〝家〟からなるサルジア皇家だ」
「三つの〝家〟……ですか」
「そうだ、サルジアの建国神話は有名だろう、〝大地の精霊〟と人が交わり三人の子が生まれた。精霊は自分の力を三人の子にあたえたとされる」
そういってアーネスト陛下は、この世界では有名らしいサルジアの建国神話を語った。
〝大地の精霊〟は人間に恋をした。二人は幸せに暮らし、やがて三人の子が生まれた。
だが愛した人間が死をむかえたとき、なげき悲しんだ〝大地の精霊〟は〝死〟を望む。
〝大地の精霊〟は自分を『頭』『手足』『体』の三つにわけ、それぞれ三人の子に与えた。
力を失った精霊は望みどおり滅び、人間は精霊の力を手にいれた。
『頭』をあたえられた子は呪術師に。良きことも悪しきことも願えばかなう力を得た。
『手足』をあたえられた子は傀儡師に。良きことも悪しきことも人のかわりに行う者を創りだす力を得た。
『体』をあたえられた子は死霊使いに。死者の魂をしたがえ導く力を得た。
三人の子どもたちは協力して国をつくった……それがサルジアのはじまり。
「だからサルジア皇家は三人の子が興したそれぞれの〝家〟からなりたっている。呪術師の『黒』、傀儡師の『銀』、死霊使いの『金』だ。もっとも『銀』と『金』はすでに滅び、いまの皇帝は『黒』……呪術師の家系だ」
「傀儡師の『銀』……」
レオポルドが自分の髪に手をやりつぶやいた。
「神話だし本当にあったことかもわからんが、サルジアには〝大地の精霊〟の加護がある……と長いこといわれてきた。それぐらい豊かな国だった。だが皇族どうしの内輪もめが起こり、最初に死霊使いの『金』、つぎに傀儡師の『銀』が滅びたとされている」
わたしたちはもういちど壁に貼られた地図をみる。その地図はエクグラシアを中心にして、周辺の島国も描かれていた。
けれどどうみてもざっくりとした地図で、国境を接する国々のなかで樹海をはさんで接するサルジア皇国は、面積は大きいもののその詳細は書かれていない。
「聞くところによると、サルジアの皇宮にはほとんど人間がいないらしい。皇帝やその一族の世話をするものは人ではなく、傀儡師の手により作られた傀儡……つまり人形だという。人形と聞いてお前たちも思い浮かぶものがいるだろう?」
その話どこかで……と考えて、わたしはハッと思いだした。そういえばマウナカイアの海洋生物研究所にいったとき、オドゥから聞いたことがある。
世話をする人形……魔力さえあたえればよく、休みなしに働き命令を忠実に実行する。それができるものをわたしはひとつだけ知っている……それはいまも師団長室で働いている……。
「オドゥからも聞いたことがあります……ソラを作ったグレンは傀儡師だったのではないかと」
アーネスト陛下はうなずいた。
「わが国では〝オートマタ〟と呼んでいるがな。自分で動き命令を実行する……まさしく〝傀儡〟ではないか」
「けれどソラは操り人形じゃない……ちゃんと自分の意志があります」
わたしの訴えにもアーネスト陛下は首を横にふった。
「それもグレンが精霊と契約し人形の魂としたからだ。その術すら……もともとはサルジアから伝わったものだ。〝精霊契約〟はエクグラシアが興るよりもはるか昔、二千年の長きにわたりこの大陸で隆盛をきわめたサルジアの地でさかんに使われた」
強気に振る舞っていたネリアが、ようやく「怖かった」と当時の気持ちを口にすることができました。それと同時にネリアの気持ちをまったく考えていなかった男たちが、彼女の気持ちに気づく場面でもあります。たいてい男って、気づくのが遅いんです。
読者さんの疑問に答えるQ&A
Q.ネリアは面食いなのか。
A.面食いだったら最初にライアスに惚れている。
いまの時点でネリアが二人に感じていること。
ライアス→カッコいい、優しい。けどイケメンすぎて甘々モードだと緊張する。
レオポルド→ちょっと怖い。なんだか気になる。髪が綺麗でうらやましい(今のネリアはくせっ毛のため)。
ネリアはライアスと接するときは背伸びして自分をよく見せようとふるまう。
レオポルドに対してはそういう緊張はなくわりと素の自分がでる。
Q.レオポルドはなぜ今頃謝ったのか。
A.これは説明が難しいけれど、場面を文章に書きだす時に登場人物の動きをトレースする。その際ネリアに「デーダスからシャングリラに行くのもエクグラシアからサルジアに行くのも、自分にとって怖さはたいして変わらない」ということを言わせようとした。
そしたらレオポルドが突然動いたので、彼にとって『その時』だったということ。つまり作者の予定にもない。むしろ「謝ったりしない」と思われていたヤツがいきなりスパッと謝ったので、その場にいた全員がびっくりしている。
Q.王がネリアを可愛がってる要素あったっけ?
A.ない。『娘のように可愛く思ってる』は本当に思ってるだけ。彼はネリアに好意的に接しているつもり。









