313.ネリアの考えごと
ようやく資料庫の扉があいて、なかからリメラ王妃と師団長であるネリアが顔をみせた。リメラ王妃は心なしかスッキリしたようすでネリアに礼をいうと念を押した。
「ではネリス師団長、よろしくお願いしますわ」
「ええ……またいつでもおいでください」
ソラに二人を送らせ、ネリアはユーリのほうをむいた。
「ユーリ、師団長会議はあしただったわよね?」
「はい……ネリア、母上とはどんな話を?」
ユーリがたずねるとネリアは、黄緑の瞳をぱちくりとまばたきしてにっこり笑った。
「……秘密。あしたになればわかるわ」
ネリアにそういわれてしまうと、ユーリはそれ以上聞くことができない。
王妃とネリアが話しこんでいるあいだに中庭にいたみんなはそれぞれに引きあげて、いま師団長室にいるのはユーリとネリアだけだ。
ネリアから話をきくことをあきらめたユーリは、話す機会は今しかないだろう……そう判断した。
「ネリア、師団長会議の前に相談したいことがあります」
「なあに?」
「オドゥのことなんですが、実は……」
さっきまでリメラ王妃の話を聞いていたわたしは、こんどはユーリの話を聞くことになった。
ユーリは少しいいにくそうにしていたが、マウナカイアでオドゥの黒縁眼鏡とおなじものをつくるかわりに、彼から竜玉を要求されたという話をした。
「オドゥが竜玉を欲しがっている……?」
「『王太子ならできるでしょ』って軽くたのまれたんですが、ドラゴンから採れる素材を僕個人で持ちだすことは難しくて。竜玉は竜騎士の装備を強化するのに使われていますから。けれどグレン老に竜玉を渡した記録があります……もしも錬金術師団が要求するのであれば可能かもしれません」
「それはわたしから要求するということ?」
話がうまくのみこめないでいると、ユーリはうなずきつつもため息をついた。
「はい、それならば。だけど竜玉をほしがる彼の目的がわからない。眼鏡も僕の私物としてほしいだけですし……すみません、こんな相談」
それだけいってユーリはだまりこんだ。頭のいいユーリもきっとオドゥに違和感を感じているのだろう。オドゥは陰でいろいろと動いているけれど、それを好きにさせるわけにはいかない。
「ソラ、グレンが手にいれた竜玉について何か知ってる?」
わたしが声をかけるとソラは水色の瞳をまたたいて答えた。
「以前は素材庫に保管してありましたが、デーダスに工房をつくられた際、そちらにグレン様がお持ちになりました」
「やっぱり……」
「ネリア?」
ユーリがいぶかしそうな顔をしたけれど、わたしは無理矢理話をそらした。
「そういえばユーリも王太子となって、こんどの師団長会議には正式に参加するのよね?」
「えっ、はい」
「おもな議題は北の平原で竜騎士団と魔術師団がおこなう〝秋の対抗戦〟についてだっけ……それと、サルジア皇国からユーリが招かれた件についてよね」
いきなり話題が変わってパチパチと目をまたたいたユーリにわたしが確認するようにたずねると、彼はうなずいてそれにつけくわえた。
「そうです、それにさっき聞いたカディアンの婚約についても報告があるかと思います」
「うん」
師団長室の窓から外をみれば、さっきまで人がおおぜいいた中庭は閑散として、できたばかりのかまどがぽつんと置いてあった。
「ねぇ、ユーリ……もしもオドゥに願いがあるとしたら、それをかなえてあげたいと思う?」
「オドゥの願い……竜玉ですか?」
「ううん、モノじゃなくて……心の底にある願いよ」
「心の底?」
ユーリのことをオドゥは気にいっていて、よくかまうしちょっかいをかける。それは彼の不器用な愛情表現のようで、眼鏡越しに人とは距離をとりつづけるオドゥが胸に抱く願いが、すこしだけ漏れているように感じられた。
「たとえば彼に願いがあったとして、ユーリは個人的にそれをかなえてあげたいと思う?」
「……わかりません、彼が人の願いをかなえるときには対価を要求しますし……僕は個人的には彼のことが苦手です」
恵まれた育ちのユーリと心にどこか鬱屈した想いを抱えているオドゥ……生まれも置かれている境遇もちがう二人を結びつけたのは、グレン・ディアレス……わたしの師にして先代の錬金術師団長だ。
どうしてそんなことを……とたずねたとしてもきっと、グレンから答えは返ってこない。なぜわたしを助けたのか……という問いに彼が答えることがないように。わたしはもういちど中庭にあるライアスのかまどをみた。
「きょうね、ライアスがわたしの願いをかなえてくれて思ったの……本当はもっと簡単なことなのかもしれないって」
「簡単なこと……?」
朝食の席で話を聞いたライアスは、わたしのためにかまどを作ってくれた。
『かまどが欲しい』と願ったわけじゃないのに、わたしの心にあった漠然とした想いを聞きとって、ライアスはぴったりな形でかなえてくれたのだ。
起きてみてびっくりして、そしてとてもうれしくなった。
「ああ、こういう解決法があるんだぁ……って、そのとき思ったのよね」
「ネリア?」
願われるままにその願いをかなえることが、すべてを解決するのではないかもしれない。
「ねぇユーリ、わたしもオドゥのことは最初苦手だったの。けれど今はもうすこし彼のことを知ろうと思うんだ……ユーリも協力してくれる?」
「……ネリアがそういうなら」
「ありがとう!竜玉の件はちゃんと考えておくね!」
そうだ、あすの師団長会議が控えている……わたしは居住区にもどりゆっくりすごすことにした。
部屋でゴロゴロしていると、いつもどおりソラが温かな夕食を用意してくれる。何も用事がないときは部屋のすみにいてわたしをながめているだけなので、動いているソラは無表情のままでもどこか人間ぽい。
手元に目線を落とし野菜を刻み、ぐつぐつと煮える鍋のふたを持ちあげてなかをのぞきこむ。
小皿をとりだしスープをすくうと、味見はアレクにしてもらっている。それを聞いて塩を足す……細かな作業の連続でとまることがない。
配膳を手伝って動き回っているアレクはソラと同じくらいの背だから、二人が皿をやり取りしているのはなんともほほえましい。
「あっ、ネリア!きょうはマール川で採れた魚だよ、秋だから脂がのってるんだってさ!」
肉のつぎは魚ですか!いいね!
ヌーメリアとアレクと三人で、刻んだディウフと魚を蒸し焼きにして、オイルで和えたタラスを添えたものを食べる。
ディウフのシャキシャキした食感がアクセントになって、こっくりと脂がのった魚の濃厚な味わいを中和してくれる。
「ん~おいしい!あんなに昼間お肉食べたのに、さくさくはいっちゃう!」
「そうですね、でも食後のデザートは控えようかしら」
食器を片づけるソラにお茶だけをたのみ、わたしはリビングの椅子でクッションを抱えた。
「ねぇ、ヌーメリア」
「ネリア、どうかしましたか」
わたしはクッションを抱きしめて居住区の天井を見あげた。ソラが綺麗にしてくれているとはいえ、建ててからだいぶ経つ居住区はそれなりに年季がはいっていた。
「ん~、なんていうのかな……ヌーメリアは例えば魔術師をボコボコにしたいとかある?」
ヌーメリアは灰色の目をまたたいた。
「魔術師をボコボコに……もちろんありますよ」
「あるの⁉」
わたしがびっくりして聞きかえすと、ヌーメリアは苦笑してうなずいた。
「おなじ魔術学園出身ですもの……とうぜん好き嫌いはありますよ。魔術師になった同級生とは特に折りあいが悪かったですし」
「そうなんだ……」
ひょっとしたらヌーメリアの毒殺候補に魔術師もはいってたのかも……そんなことを考えているとヌーメリアが心配そうに聞いてきた。
「ネリア……もしかしてアルバーン師団長と何かあったのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
レオポルドをボコボコにしたいわけじゃない……したいわけじゃないけど……。
「うーん、そっか……ヌーメリアがそうならいけるのかなぁ?」
「?」
「ちょっと聞いてくれる?」
わたしの話を聞いたヌーメリアは、灰色の目をみひらくと「まぁ」と声をあげた。しばらく考えこんでから「いいですね」と薄くほほえむ彼女をみて、わたしは決断した。
大変お待たせしておりますが、次回は彼らがでてきますので……。
でてきたらでてきたで大変なんだけど(汗









