311.急な来客
3巻が1月28日発売決定!予約開始しました。
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さて本編。
女性たちの動きを中心にさらっと再開。
師団長会議でメインキャストがそろえば怒涛の展開。
研究棟の師団長室が面している中庭では、燻製づくりも終えてバーべキューの後片づけをしていた。
いつのまにか姿を消していたソラがふたたび中庭にあらわれると、わたしのそばにすっと近寄ってくる。
「ネリア様」
「あらソラ、どこいってたの?」
笑顔の練習をしてからソラはわたしと目が合うとほほえむけれど、ふだんの会話では相変わらず無表情なままだ。
ソラは水色の瞳をまたたき、わたしに「来客がございました」と告げた。
「約束はありませんし、きょうのネリア様は休日ですからお断りしましょうか」
「えっ、わたしに来客?だあれ?」
王城の裏手にある研究棟にわざわざやってくるのは、いまいるライアスと医薬品事業で協力してもらっているララロア医師、それにアレクの家庭教師ぐらいだ。
休日にたずねてくる人物が思いつかなくてわたしは首をかしげた。
「リメラ王妃とその筆頭補佐官をつとめるジゼル・ホープと名乗っております」
「リメラ王妃⁉」
「母上が?」
わたしとユーリが同時にさけび、ライアスもおどろいた顔をした。
「それでリメラ王妃はいまどこに?」
あわててふりむいた師団長室に人影はなく、わたしがたずねるとソラは淡々と答えた。
「研究棟入り口に待たせております。この研究棟の〝主〟はネリア様ですから。王族といえど例外はありません」
王妃様を待たせている……ですと⁉
「えっと、それじゃ師団長室にご案内して……ライアスごめん、ちょっといいかな」
「あ、ああ……」
「僕もいきます」
うなずいたライアスたちを中庭に残し、ソラやユーリといっしょにわたしはあわてて師団長室にむかった。
きょうのわたしは〝ニーナ&ミーナの店〟で購入した、伸縮性のある生地に術式の刺繍をほどこしたワンピースをすっぽりかぶり、ウェストをベルトで締めている。
ライアスも来ていたから一応気をつかってはいるのだけど、動きやすいカジュアルな服装だ。
「どうしようユーリ、この格好でおかしくないかな?」
ユーリに確認すると彼はわたしを安心させるように優しくわらった。
「だいじょうぶですよ、準備が必要ならふつうは先ぶれをだします……ここは王城の一角ですし、母も私的な訪問のつもりでしょう」
ちっさいわたしが師団長室の椅子にすわっても、埋もれてしまい迫力はない。それでもユーリが机のわきにたち、わたしは背筋をのばすと深呼吸をしてからソラに合図した。
すぐにソラが扉にむかい、リメラ王妃と彼女の補佐官であるジゼル・ホープが入室する。
「お待たせしてすみません、リメラ王妃」
「……かまいませんわ、押しかけたのはわたくしのほうですもの。それに今となってはもっと早くここにくるべきだったと思っています」
榛色の髪を綺麗に結いあげたリメラ王妃は、ゆっくりとした歩みで師団長室にはいってきた。
すこし興味ぶかげに部屋の内部をみまわしてから、彼女はソラの案内で席につく。ユーリもすわり、ホープ補佐官は扉のそばにひかえた。
「それで……きょうはどういったご用件で?」
わたしが首をかしげてたずねるとリメラ王妃は困ったように眉を寄せ、頬に手をあてるとほぅ、とため息をついた。
そんな仕草すら優雅で美しいなぁと感心していると、リメラ王妃がおもむろに口をひらく。
「私もおどろいてしまって……何から話せばよいのかわからないのですけれど」
「はい」
何から話せば……というぐらいだから、話したいことはいくつもあるのだろう。これは時間をかけて聞く必要がありそうだ、そう思ったわたしはリメラ王妃の言葉を待った。
「息子のカディアンが婚約するといいだしましたの」
「それはおめでとうございます」
師団長室にはそれきり沈黙が流れた。
ユーリはおどろいた顔で固まっているし、ソラとジゼルはまったく動かず自分の位置に控えたままだ。
リメラ王妃は琥珀色の瞳をパチパチとまたたいてわたしの顔をみているので、わたしは背筋をまっすぐ伸ばしそのまま彼女の言葉を待つ。
師団長室にはしばらく沈黙が流れた。
「あの……」
「はい」
「カディアンのことはご存知?」
「もちろんです、ユーリの弟くんで絵も上手だし手先も器用ですよね。いま魔道具ギルドで実習をしていますから昨日も会いましたよ。婚約の話ははじめて知りました」
「カディアンが婚約する女性のことは?」
「知りません」
わたしは首を横にふる。カディアンからは何も聞いていない。
そしてカディアンの婚約相手に興味があるかというと特にない。わたしはそのまま彼女の言葉を待った。
だれも言葉を発するものがなく、師団長室にはまたもや沈黙が流れた。
「…………」
「…………」
リメラ王妃はさぐるようにじっとわたしの顔をみる。わたしも彼女の顔を黙って見かえす。
美しいお顔だからいつまでも眺めていられるけれど、なんだろうこの間は……。
「……お相手はメレッタ・カーターという名のお嬢さんだそうなの」
メレッタ・カーター……どこかで聞いたことがある名前だなぁ……ぼんやり考えた次の瞬間、明るい栗色の髪に紫の瞳、可愛い花飾りがついたカチューシャをしたメレッタの顔が浮かんで、わたしは師団長室の椅子からとびあがった。
「ええええっ⁉カディアンとメレッタが⁉いつどこで、どうして⁉」
「……ぶっ、あはははは!」
わたしがさけぶと、ユーリが急にお腹を押さえるようにして机につっぷして笑いだす。
「こらユーリ、笑いすぎ!」
「だ、だって……あははは……びっくりしましたよ、その反応こそネリアですね……あまりにも落ち着いてるから逆におどろきましたよ」
「だって師団長らしくふるまわなきゃ……って緊張してたんだもの!」
ちょっと!ユーリがそんなに笑いころげたら師団長感がだいなしじゃん!がんばったのに!
リメラ王妃はそんなわたしたちの様子をみながら、もういちどほぅ、とため息をついた。
王都十番街にあるメイビス侯爵邸では、魔術学園五年生のディア・メイビスが遊びにきた同級生のベラにむかい、不満をぶちまけつつお茶を飲んでいた。
「まったくあのネリィとかいう助手……ほんと邪魔だわ!」
イライラししているディアに、同級生のベラ・イードはのんびりと答える。
「ディアったらそんなにカリカリしなくてもいいんじゃない?もうすぐ職業体験も終わりなんだし」
ベラの返事が気にいらなくてディアは眉をあげた。
「どうしたのベラ、あなただって『ちゃんと立場をわからせたほうがいい』っていってたのに」
ベラは困った顔であいまいにほほえんだ。
「うーん、じつはグラコスに注意されちゃったの……『ネリィさんに失礼な態度をとるのは感心できない、きみとのつきあいを考え直さなきゃいけなくなる』って」
「え……」
ディアが目をみひらくと、ベラはまさしく恋する乙女といった表情で、手に持ったティーカップのふちにつつつ……と指をすべらせながら、幸せいっぱいな甘いため息をつく。
「それにね、こんどグラコスがドレス選びにつきあってくれるの。だから彼に嫌われたくないのよ、ごめんなさいねディア」
何がごめんなさいよ、この裏切り者!
心の叫びがディアの口をついてでるまえに、部屋のドアがノックされた。
返事も待たずに勢いよくドアが開けられ、ディアの母親であるメイビス侯爵夫人が貴婦人とは思えないスピードでずかずかとはいってきた。
「お母様?」
「さきほど王城にいるお父様からエンツがきて、カディアン殿下の婚約が発表されたそうよ。なんてことなの……こういうときの王家は本当に行動が早い」
「えっ、ま、まさかネリィさんと⁉」
カディアンの婚約と聞いておどろいたディアがネリィの名を口にすると、侯爵夫人は顔をしかめて首を横にふった。
「ネリィ?いいえ、あなたもよく知っている相手よ、メレッタ・カーター……錬金術師団副団長のご令嬢であなたの同級生よ、やられたわね」
「メ、メレッタと⁉」
ディアとベラは今度こそ本当におどろいた。ディアの母である侯爵夫人は「平民にだし抜かれるなんて……いったいどんな手を使ったのかしら」とまだブツブツといっていたけれど、ディアの耳には聞こえなかった。
「カディアンがメレッタと……」
手に持っていたティーカップが傾いて、こぼれたお茶がスカートを濡らしても彼女はまだ呆然としていた。
ネリアの反応は最初「へー」ぐらいな感じ。









