310.クオードのとんでもない一日 後編
メレッタはみるみる赤くなり、そして我にかえった。
おかしい、自宅のリビングで両親がいる前で王子様に告白される午後なんて、けさ起きたときは想像もしなかった……というか普通ありえないし!
父ならきっととめてくれる……そう期待して父をみれば、オイオイと滂沱の涙を流している。父!
いま泣かないでほしい。まだ嫁にもいってないのに気が早すぎる。
そして母はといえば目をかがやかせてこっちをみている。ダメだ、母もとめる気はまるでない。
うっかりカディアンの手を取ってしまわないうちに、自分でなんとかするしかない。
「ちょっと待ってカディアン、両親を説得するのが先でしょ!」
「そうだな、説得できたら婚約だもんな!」
「えっ、ちょっ……」
カディアンはメレッタが何かいうまえに、さっと遮音障壁を解除した。
「カーター夫人、納得していただけましたか?」
暴れる副団長にがっちりしがみついたまま、アナは瞳を潤ませた。
「えぇ、えぇ!メレッタがあんな表情をみせるなんて!」
「お母さん!」
真っ赤になったメレッタが悲鳴をあげる。親の前で告白されるなんて死ぬほど恥ずかしい。そしてバッチリ見られてた!
「ありがとうございます!」
笑顔のカディアンに礼をいわれアナは顔を真っ赤にする。そうだ母はキラキラ王子様が大好きだった……とメレッタは遠い目をした。
「ちょっと待ったあぁ!」
アナの手がゆるんだスキをついて、クオードがカディアンに飛びかかった。
「っ、失礼します!」
「ふぐぉっ!」
クオードが振りあげた拳はあっさりとかわされ、勢いあまったところをこんどは逆にがっちりと押さえられる。
中年の錬金術師団副団長では、日々オーランドを相手に鍛錬する十六歳にかなうわけはなかった。
「すみません、お怪我はありませんか?」
すぐに腕をはなし謝るカディアンに心配そうに気遣われてしまうことさえ、クオードのプライドをいたく傷つける。
カディアンの腕をふり払い、クオードはわめいた。悔し涙があふれてくる。
「私は認めん!認めんぞぉ!わ、私がようやく家族との時間を取り戻そうというときに!」
師団長にさえなれれば、妻も娘も自分を認めてくれる……そう考えて必死にがんばってきた。
実際は思うようにならなかったものの、職業体験をきっかけに娘との会話も増え、最近は妻の表情もやわらかい。
クオードなりに家庭での自分の在りかたを、模索していた矢先にこれだ。
「メレッタはまだ十六なんだぞ!こ、婚約なんて早すぎるだろう!」
いまある穏やかな日常すら永遠ではない……朝起きた娘が元気に階段を駆けおりて「おはよう!」と呼びかけてくれる。その毎日がじきに終わるのだということが許せない。
「あなた……」
「アナ!お前まで私を笑うつもりか!」
ギリギリと歯を食いしばるクオードに、アナがひざまづいてやさしく肩をなでた。
「ちがうわよバカねぇ……私、うれしいのよ。あなたがそんなにメレッタのことを心配してくれるなんて」
「あたりまえだろう、メレッタは私たちの可愛い娘なんだぞ!」
「それでもこんなことになるまでわからなかったわ、あなたはちっとも家庭をかえりみなかったから」
「私のせいだというのか……」
クオードがうなだれて唇を震わせたそのとき、アナの手が優しくクオードの頭を引き寄せた。
「ねぇクオード、私あなたと結婚してほんとうによかったわ!」
「え……」
「あなたが錬金術師団でがんばったことが、メレッタにこんな素敵な縁を運んできたのよ。私あなたに感謝してもしきれないわ」
「……ほんとに?」
妻の腕に抱かれたまま、クオードは小声でたずねた。妻に名前を呼ばれ胸に抱き寄せられるなど何年ぶりだろうか。
「私が錬金術師団にはいってから、お前はずっと怒ってたじゃないか」
「そりゃそうよ、あなたはメレッタが何事もなく元気に育ったと思っているようだけど、メレッタがちいさいころは本当に大変だったんだから」
「すまなかった……」
やわらかい妻の胸に抱かれて、クオードはようやく素直に謝れた。アナはぽんぽんとクオードの背をやさしくさすりながらため息をついた。
「それに私がどんなに反対しても結局、あなたは錬金術師になったわ。メレッタもあなたにそっくりよね」
「そうか……私に似てるのか……」
錬金術師の仕事には危険もある、できれば娘にはちがう道を選んでほしい。だがクオード自身、アナの反対を振りきって入団したのだ。
「だけどメレッタはまだ十六だもの、一人前の錬金術師になるにはあなたの助けがなければ。あなたの仕事ぶりを二人にみせてあげてくれる?」
「そうだな……」
クオードの顔を拭いてアナが笑顔をみせると、ついにクオードは折れた。そのとたんメレッタがパアッと笑顔をみせて、飛びあがった。
「ホント?ありがとうお父さん!」
喜ぶメレッタにクオードはすこしだけ苦笑いしたあと、カディアンをギッとにらみつけた。
「だがいいか、私の目が届くかぎり、メレッタには指一本ふれさせん!」
「もちろんですっ!」
カディアンとて本気でせまる副団長をまえに、そんな勇気はちっともわきそうになかった。
クオードが落ち着いたところで、カディアンはメレッタに話しかけた。
「じゃあメレッタ、これで俺と婚約してくれるよな?」
「えっ……でもお父さんを説得したの、お母さんだし」
メレッタはカディアンから目をそらした。カディアンは自分だけ錬金術師になるのでもよかったはずだ。
メレッタも入団できるようにしてくれたのは感謝するけれど。するとカディアンがほほをふくらませた。
「ふぅん……俺はきみの両親に認められたくて必死にがんばったのに、そうくるわけか……」
「だって……」
いろいろと展開が早すぎる。もうすこし時と場所を選んでほしい。自宅のリビングで両親がいる前で王子様に告白されるなんて、普通ありえないし!
「メレッタ、早まらなくていいぞ!……ムグッ!」
夫の口をふさいだアナに、カディアンがふたたび話しかけた。
「ところでカーター夫人には、卒業パーティーでメレッタが着るドレスの相談にのっていただきたい」
「わ、私に相談……ですって?」
アナのハートがキュン、とした。はっきりいってときめいた。
「ちょっとカディアン!」
メレッタがあわてても、カディアンはとりあわなかった。
「はい、こういうことはきちんとしたいんです。王城の服飾部門の手を借りられるよう、母上に聞いてみます。ドレスのデザインや装飾についても、カーター夫人の意見をいただければ」
「は、母上ってまさかリメラ様……?それに王城の服飾部門ですって……?」
アナはあえいだ。ほんとに夢みたいだ、キラキラ王子様といっしょに、娘のドレスを飾るレースやリボンを選べるなんて……!
もう頭のなかが沸騰しそうだ。王城の服飾部門には年代物のヴィンテージレースやリボンも保管してあるはず。
「デザインの参考にしたい」とたのめば、歴代の妃が着たドレスだって見せてもらえるかもしれない。そんなことになったらもうそれだけで何十年だって、うっとりと思いだしてはお茶が飲めるだろう。
「そうです、近いうちに母上からお茶のお誘いもあるかと……」
「ウソでしょう⁉︎」
「ホントです」
アナはよろめいた。こんどは逆にクオードが彼女の体を支え、アナはそれにすがりついた。
いつのまにか外堀が埋められている。これで卒業パーティーにはカディアンにエスコートされるのは確定だ。
「こんなの困るわ、まるで本物みたいじゃない!」
メレッタが抗議すると、カディアンが肩をすくめた。
「俺は王族だから、契約ごとは本物だ。きみがイヤなら婚約解消すればいい。でもまずはライガを作るんだろ?」
(カディアンてばずるい……!)
ライガ……そうそのため、メレッタは自分にそういいきかせつつ最後の抵抗をした。
「ライガを作るまでよ、ぜったい婚約解消するんだから!」
「それはいいな、好きなだけ俺を振り回してくれよ」
「頭おかしいんじゃないの⁉︎」
たまらずメレッタは叫んだ。おかしい、いつのまにかすっかりカディアンのペースだ。
「かもな。本当は成人してから……とおもったんだ。けれどグズグズしてたら先を越されそうだから」
「え、何のこと?」
きょとんとしたメレッタの顔をみて、カディアンはホッとしたようにわらった。
「ま、あいつには殴られるかもな……だれよりも先にきみに『可愛い』っていえてよかったよ」
「いってることわかんないし!それに私のこと『可愛い』とか、目ぇおかしいわよ!」
メレッタが真っ赤になっていいかえしても、カディアンは楽しそうに笑うだけだ。
「ほらな、そういうところだ」
「何がよ!」
「メレッタのそういうところがイイんだ。よろしくな婚約者さん」
「きゃあっ……ちょっと、おろしてよ!」
カディアンはメレッタの胴を持ちあげ、狭いリビングでうれしそうにクルクルと回った。
今回はカーター副団長が主役というか、一章のときからしたら一番変わったのって彼かもしれません。
なので彼の心情も書いておきたかったし、家庭内での地位も復活させたかったのです。
メレッタはこれはツンデレ、になるのかな?
クオードに見張られながら、カディアンはどう距離を縮めていくのでしょう。
可愛いカップルになりそうで書くのが楽しみです。
309話は糖度高めでしたけど、今作品のメインヒロイン、ネリアのときはこの程度では終わりません。お楽しみに!









