301.カディアンの決意とオドゥのささやき
書籍をきっかけにこの作品を知ってくださった方もいるようで……。
わざわざ読みにきてくださってありがとうございます。
あとに残されたカディアンはオドゥがいなくなったとたん、手で顔を覆って師団長室の床にしゃがみこんだ。
「あああ、やっぱり断られた……」
「カディアンてばこんな所にすわりこまないでよ、ほら立って。ソラ、お茶をおねがい」
「かしこまりました」
師団長室のテーブルの椅子にすわると、カディアンは大きな体をちぢこませた。
「すみません……俺、性急すぎました。イグネルさんの研究についてもよく知らなかった」
「わたしがオドゥについて知っていることも、カディアンとそんなにかわらないよ。だからこればっかりは役に立てないなぁ」
カディアンのこと、あらかじめオドゥに伝えておけばよかったな……とわたしが反省していると、カディアンはソラが持ってきたお茶のカップに両手をあてて、手を温めるようにしながらかぶりをふった。
「そんなことない。研究棟の錬金術師にこうして会えるだけでもすごい……ディアレス師団長の時代はもっと閉ざされていたから。兄上も何もいわなかったし、もっと恐ろしい所なのかと……」
「そうなの?」
「〝死者の蘇生〟は禁術だと聞かされている。研究することはできても使うことは禁じられていると」
「そうなんだ……」
わたしの心臓がトクンと跳ねた。それでもレオポルドから聞かされたときよりも、カディアンの口から聞かされるほうが落ちついて聞いていられた。
「グレン老なら研究してもふしぎではないし、イグネルさんがそれをひきついだとしても……けど……」
すがるような目でカディアンはわたしをみた。
「やっぱりネリス師団長の弟子にしてもらうわけにはいかないだろうか?」
「ごめん、わたしにもそんな余裕はないや。ウブルグだったらだいじょうぶかも」
「いや、『海洋生物研究所』でカタツムリの研究をするのはちょっと……」
「カタツムリだけじゃないよ?最近は巻貝の研究もしてるみたい」
巻貝ならいい……という問題でもない。カディアンはうつむいた。
「それにカディアンは竜騎士になるんじゃなかったの?」
彼の節くれだった手には剣ダコがあって、いまもきっとマウナカイアでやっていたようにオーランドと鍛錬を続けているのだろう。
「竜騎士は俺のあこがれだった……けれど職業体験をやってみて、実際に俺がやりたいことは、もっとちがうんじゃないかと思った」
「カディアンのやりたいこと?」
わたしが首をかしげると、カディアンは真剣な顔をしていった。
「兄上とメレッタはライガの改良にとりくむつもりだ。俺もあの二人ならやれると思うけど、どこか無鉄砲で危なっかしい……マウナカイアでそう思った」
王太子になってもユーリはライガの改良を続けている。メレッタのことはユーリも自分で勧誘したらしい。
メレッタが加わってくれたら心強いけれど、夏に彼女のライガを飛ばせたのは、魔術学園で五年ちかくいっしょに過ごした仲間たちが、メレッタにあわせて努力してくれたからだ。
「二人だけでとなると、たしかにちょっと不安かもね」
「でも俺は二人がやろうとしていることを応援したい。メレッタをライガできれいに飛ばせてやりたいんだ。できたら俺がそばにいて安全に気をくばってやりたい」
きっぱりといいきったカディアンは、さっきオドゥにむかって真っ赤になっていたときの表情とはまるでちがってた。
「カディアンて……どこまでもお兄ちゃん命なんだね」
わたしが感心してそういうと、カディアンは「それだけじゃない……」とだけいって顔を赤くしだまりこんだ。
カディアンは何か思いだしたのか、師団長室から中庭のほうに目をやった。
夏はにぎやかだった中庭もいまは、植物たちの葉が風にゆれているだけだ。カディアンはコランテトラの木陰に人影を探すように目を細めた。
「それに……アイリのことは、大切に思っていても大切にはしてやれなかった。何も行動せずに後悔するのはもういやなんだ。俺にできることはまだ限られているけど……」
……後悔が人を前進させることもあるんだな……わたしだって……。ふと頭に浮かびそうになったことを追い払って、わたしはカディアンに聞いた。
「そう……カディアンの気持ちはわかったよ。けれどそれだとライガの研究だから、オドゥの弟子になるのともちがうよね。ユーリに相談してみたら?」
「兄上には断られた……一つの師団に王族は二人もいらないだろうって」
しょんぼりと肩をおとしたカディアンは気の毒だけど、ユーリがそういったのならもうどうしようもない。
「うーん、どうすればいいのかなぁ……カディアンの補佐官をしているオーランドさんには相談したの?」
「……まだだ。イグネルさんに断られるかもしれなかったし、それに……」
「それに?」
カディアンはがっしりとした腕でその大きな体をさするようにして、ぶるりと震わせた。
「もしも『竜騎士にならない』と伝えたとして、それを聞いたオーランドの反応を想像すると……こっ、こわくて!」
「なんで?オーランドさんはやさしいお兄さんじゃん」
マウナカイアで打ち解けてからというもの、オーランドはときどきオススメの本や王都の名所なんかを、手紙で知らせてくれるようになった。王城に勤める文官だから筆まめなのかも。
ダルビス学園長の間にも立ってくれたし、わたしにとってオーランドはよく気がついて筆まめな、優しいお兄さんというイメージだ。
「えっ、オーランドが……や、やさしい?」
けれどそれを聞いたカディアンは目をまるくすると、頭をゴン、と音がするほどいきおいよくテーブルに打ちつけて、そのまま頭をかかえてうめいた。
「ちょっとカディアン、だいじょうぶ?」
「あああ……ウソだろ、あのオーランドがやさしいなんて……俺、女に産まれればよかったああ……」
アーネスト陛下そっくりの女の子は、ちょっといやかも……。
「ソラ、カディアンになにか甘いもの持ってきてあげて。わたしちょっとオドゥと話してくる」
わたしが工房に顔をだすと、もうオドゥはそこにいなかった。廊下にでて二階にあがると、彼は自分の部屋ではなく階段をあがりきった廊下の窓から、暮れかかった景色をぼんやりとながめていた。
「オドゥ」
よびかけると彼はふりむいて、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「ネリア」
わたしが近づくのを待って、いつもの調子で彼は聞いてくる。
「魔道具ギルドはどう?たのしい?」
「うん、いろんな種類の魔道具があってびっくりしちゃった。おもしろいよ」
「魔道具のことだったら副団長に聞けばいいのに。もともと魔道具師だったんだから、あのひと」
「そうなんだけどね……」
ギラギラしたカーター副団長よりメロディから習うほうがたのしいなんていえない……。あ、でも……。
「ネリアがさ、最近魔道具ギルドにいきっぱなしだから、こんどの休日は中庭でライアスとユーリが何かやるらしいよ」
「ほんと?何をやるの?」
オドゥがくすりと笑った。
「それは当日のお楽しみ」
「えええ、何だろ……あ、それでね、さっきカディアンと話していたときにいってたオドゥが〝死者の蘇生〟を研究しているって話なんだけど」
ああ、といってオドゥは眼鏡のブリッジに指をかけると、位置を調節した。
「ああいえばあきらめるだろ、あいつを僕の弟子にするなんてユーリが許さないさ」
自嘲気味に彼はつぶやく。〝カラス〟の弟子なんて王子様がなるもんじゃない……。
「そんないいかたしないで……」
わたしが眉をさげると、オドゥはわたしを見おろしてたのしそうな笑顔で腕をひろげた。
「けれどネリアが望むならそうしてもいいよ?第二王子を弟子にして師と呼ばせて……華々しく活躍するんだ」
オドゥはその気になれば如才なくふるまえる人だ。彼がおこなう錬金術のとりこになる人だって、きっと大勢いるだろう。けれど……。
「オドゥは自分のやりたいようにしていいんだよ?」
「やりたいように?」
オドゥの指がすっと動くと遮音障壁を展開した。まわりに音は聞こえなくなったはずなのに、オドゥは身をかがめて低い声でささやいた。
「ならネリアは僕に協力してくれる?〝死者の蘇生〟について研究している僕を手伝ってくれるの?」
ネリアはどう返事をするかな?









