297.レオポルドと街歩き 前編
アンケートSS、タイトル決めに皆様ご協力ありがとうございました!
最後のひとつ……『レオポルドと街歩き』前編です。
えっと……一話で終わりませんでした(汗
逃げだしたい。とてつもなく逃げだしたい。
いそがしい彼のことだ。とつぜん不測の事態が起こってマリス女史から「本日、師団長はそちらに向かえないそうです」なーんて連絡がこないかと、ちょっと期待したけれどもそうはならなかった。
研究棟にあらわれたレオポルドは、さすがにいつもの魔術師団で着る黒いローブ姿ではなかった。
長い銀髪も軽く束ねているし、格好も普通にシャツとズボンだ。わぁ、脚が長いよ……街にでて横なんて歩きたくないなぁ。
「あのさレオポルド……変装しようとかそういうの考えなかったの?」
首をかしげてたずねると、レオポルドのほうも眉をひそめて首をかしげた。
「変装……?」
あ、考えないんだ……。
「レオポルドは街を歩いていて目立って困ったりしないの?」
「王都はまだ歩きやすい。アルバーン領だと拝みだす者もいた」
困るレベルがちがってた!
たしかに歩く女神像みたいなのがいたら拝むかも。遠くからでもめっちゃ目立つし!
レオポルドが右手にソフトクリーム掲げて左手に魔術書もって立ってたら、まるで『自由の女神像』だよね!
頭のなかで七つの突起がある王冠を、彼にかぶせそうになったところで声をかけられた。
「……どうした」
「ううん、何でもない」
またよけいなことを考えそうになったよ……。
「いくか」
わたしも今日は白いブラウスにサロペットつきのハイウェストなタイトスカートに、はきなれたショートブーツを合わせ街歩きができる格好だ。
それにニーナたちが作ってくれたフリンジつきのかわいい収納ポシェットを肩にかけた。
首にさげたグレンの護符と左腕につけたライガの腕輪が目立つけれど、アクセサリーと思えばいい。
わたしはレオポルドといっしょに八番街へ転移した。
わたしが三番街でドカ雪を降らしてしまい、レオポルドが「魔術書を買った八番街の古書店に連れていけ」といいだした。
ライアスのときみたいに人の視線が飛んでくることを覚悟したけれど、八番街は文教地区だからか人通りもなくわたしに視線をむける人はほとんどいない。
……というか、みなレオポルドを見たとたん凍りついたように動きをとめ、彼に注目するから目線が上にいってだれもわたしを見ない。
おおっ、これは便利。なーんだ……レオポルドといっしょだとかえって気楽に歩けるじゃん。わたしの足取りはかるくなった。
わざわざ振りかえって彼を見る人もいるぐらいだから、看板ぶらさげて歩いたらお店の宣伝もできそうだよ。
サンドイッチマンになっているところを想像してふへらと笑うと、横をあるくレオポルドがわたしを不審そうに見おろしてくる。
おっといけない真面目な顔しなきゃ……わたしは顔をひきしめて魔術学園へむかう通り沿いの、王城寄りにいくつかの古書店がたちならんでいるほうへむかった。
「こっちだよ……〝イズミ堂〟……〝逆さ砂時計〟が目印なの」
わたしがたくさん並んでいる古本屋のなかでイズミ堂に目をとめたのは、店頭に置いてある大きな〝逆さ砂時計〟が気になったからだ。
わたしの知っているふつうの砂時計は、ガラス管の細くくびれた真ん中を砂が落ちる。
けれど〝逆さ砂時計〟は逆に砂が下から上に勢いよく噴水のように噴きだしている。
上に全部の砂がたまると砂時計がぐるりと回転し、また下から上に砂が噴きあがる。
ずっと終わらないので眺めているうちに、平置きされている本が気になったのだ。
「すごいよね、まるで永久機関みたい」
「これか……これは重力魔法を使ってガラスの内部だけ反転させている。外側にはかかっていないから上にたまりきると重みで回転するのだ」
レオポルドがあっさりと説明してくれた。
「へえぇ」
「これほど大きいものではないが学園で生徒たちもつくる」
えええ、研究棟のみんなも作ったのかなぁ……いいなぁ、わたしも〝逆さ砂時計〟作ってみたい。ガラス工房に相談したら材料をわけてくれるかも……。
そんなことを考えていたら、レオポルドはさっさと店内にはいっていった。
イズミ堂のなかは床から天井まであるいくつもの本棚だけでなく、通路にもぎっしりと本が積まれていて、あちこちにふつうの砂時計や逆さ砂時計が置いてある。
長身のレオポルドはすこしきゅうくつそうに通路を進んだ。
レオポルドは店内のあちこちに目をやり、いくつかの本を手にとるとパラパラとめくる。
「変わったところはないようだな……魔術学園の生徒むけの本や参考書ばかりで、危険なものはないようだ」
レオポルドが考える危険な本……というのがどんなのだかわからないけれど、ここにあるのは魔術学園の生徒が利用する安全な本ばかりのようだ。
「そりゃそうですよ……魔術学園の生徒さんたちは〝ついうっかり〟が多いから、妙な本を売りつけたらお店の信用にもかかわりますからねぇ」
ゆっくりとそういいながら店の奥からイズミ堂のおばあちゃんがでてきて、おばあちゃんは背が低いから、レオポルドではなくわたしとバッチリ目が合った。
「おや娘さん、こないだ買っていった〝魔術師の杖〟は面白かったかい?」
「はっ、はい!」
どうやらおばあちゃんは〝初級魔術読本〟よりも、ついでに買った〝魔術師の杖〟のほうでわたしを覚えていたらしい。
ひいいい……レオポルドがいる場でこの話は気まずい、気まずすぎる!
思ったとおり凍えるような冷気を帯びた声が、わたしのすぐうしろから聞こえてきた。
「〝魔術師の杖〟……あれを読んだのか」
ギクシャクとした動きで、わたしはうしろをふりかえりつつ返事をした。
「ええと……うん、読んだけど……レオポルドも知ってるの?」
たしかあれは十年前に絶版になったはずだ。
レオポルドは眉をしかめていたけれど怒っているようすはなく、こめかみをおさえると盛大にため息をついた。
「……母の部屋にあった」
「レイメリアも読んでたってこと?それってもしかして……」
銀の髪をかきあげてしかめ面のまま、レオポルドは首を横にふる。
「やめてくれ、考えたくもない」
あーつまり、ちょっと考えちゃったんだ……。
レオポルドは淡々と教えてくれた。
「あれは八代目の錬金術師団長の話を本にしたものだ……王城には彼がつくった魔道具がいくつも残されている」
「じゃあ実話なの?」
「当時は婚約の誓いとして魔道具を贈る習慣があった。魔道具はひとつひとつ手作りされていたからな……べつに杖でなくともかまわない」
それだけいうと、レオポルドはイズミ堂のおばあちゃんに話しかけた。
「店先の〝逆さ砂時計〟には見覚えがある。この店はずいぶん昔から営業しているようだな」
「ええ、魔術学園ができたばかりのころから営業しておりますよ。私のひいじいさんが始めましたから、息子で五代目ですかねぇ。いまは本の買いつけにでかけておりますので私が店番で」
おばあちゃんはニコニコ笑って、レオポルドともふつうに話している。
というか背が高すぎるレオポルドの顔をろくに見ず、おばあちゃんはレオポルドのお腹のあたりを見ながら話していた。
「店で売っているものには妙な本はありませんが……店に棲みついているものには、ちょいと変わった本もございますね」
そのとたん、店のどこからか一冊の赤い表紙の本がカウンターの上にシュッと飛んできた。
「ほら飛んできた……この子は気に入ったお客さんがくるとついていきたがるんです。結局はこの店に戻ってくるのですけどね」
「これ……何の本なんですか?」
わたしは飛んできた本を手にとり、なにげなく赤い表紙をパラリとめくる。レオポルドがぎょっとした顔をした。
「まて!意志を持つ本をむやみに開くな……!」
「え?」
次の瞬間わたしは吸いこまれるように本の中に落ちていった。
「ええええ⁉」
「まったく……!」
レオポルドが手を伸ばしガシッとわたしの腕をつかんだけれど、本の吸引力は強くてレオポルドまでいっしょに落ちてしまう。
「だからいったろう!」
「いちいち怒鳴んないでよ!」
怒鳴りあいながら落ちていくわたしたちを、おばあちゃんが目をまるくして見送った。
「あら、あら……あらまぁ!」
本がパタリと閉じて、取り残されたイズミ堂のおばあちゃんは、困ったようにあたりを見回した。
「あらまぁ……あら、こういうときは……どうすればいいんだったかしら?」
街歩き……そう、これは街歩きです……。









