292.メレッタが夢中になったもの
53話の職業体験のときの話です。96話でメレッタ・カーターの話につながります。
シャングリラ魔術学園五年生のメレッタ・カーターは、紫の瞳をもった女の子だ。明るい栗色の髪をボブにし、トレードマークに花飾りがついたカチューシャをつけている。
いま彼女は夏休み前に五年生担任のレキシー・ジグナバ教諭と面談をしていた。
「メレッタ……あなたもがんばってはいるけれど、いまの成績だと魔術師団は厳しいかもしれないわね」
「そうですか」
そう聞かされてもメレッタはそれほどがっかりしなかった。メレッタの学年にはとくに優秀な二人……レナード・バロウとアイリ・ヒルシュタッフが揃っている。王都三師団が入団を認めるのは毎年一~二名だが、レナードとアイリであればどちらも認められるだろう……教師たちはそう話していた。
ジグナバ先生はメレッタを元気づけるようにほほえんだ。
「けれどあなたの魔道具史や魔道具製作の成績はとてもいいわ、あなたなら魔道具師としても活躍できそうね。午後から職業体験説明会があるわ。あなたも職業体験で魔術師団の業務を体験して、しっかり自分の適性を考えなさい」
「はい、ありがとうございました」
校舎をでたメレッタは中庭の噴水に腰をおろすと、手にした成績表を見つめる。メレッタなりにがんばった結果だ。ちょっと魔法薬学でやらかしたのが響いているけれど、成績にはこまかく書かれた評価はどれも納得のいくものだ。
(お母さんになんていおう……あの二人ならしょうがないわねっていってくれればいいけれど)
母親のアナは夢見がちなところがある。メレッタが魔術学園に入学するときに、アナは「自分の娘が魔術師になるなんて……素敵ねぇ」とうっとりし、それから思いだしたように「錬金術師にだけはならないでね」とつけくわえた。
よくわからないのはそんな夢見がちな母が、どうして父と結婚したのかだ。もっとも二人が結婚しないと自分は生まれていないから、疑問に思っても仕方がないことではあるのだけれど。
メレッタは成績表をながめて、もう一度ため息をつく。この成績で魔術師団にはいるには、職業体験でよっぽど目立たないといけない。
(だれよりも目立つ女の子がいるのに、それはムリでしょ……)
王都の貴婦人たちからもすでに注目されている美少女で、しかも成績がよく努力家でもある、宰相の一人娘アイリ・ヒルシュタッフ。
ちょうど噴水のむこうを、ラベンダー色の髪をハーフアップにした潤むような紅の瞳をもつ少女が二人の同級生とともに歩いていく。きょうはこれから講堂で職業体験説明会があるから、それに参加するのだろう。
メレッタもいくつもりだから、成績表をしまうと立ちあがって歩きはじめた。前を歩く彼女たちとはすこし距離をとる。
(女の子っぽい子はちょっと苦手なのよね……)
アイリ・ヒルシュタッフはそれほどでもないが、あと二人の同級生は平民のメレッタに対してちょっと嫌な感じなのだ。メレッタが持っている筆記用具や魔道具をみてはクスクスと笑う。
(貴族が持つような特注品なんて、持ちたいとも思わないからいいんだけど)
書くたびにインクの色が変わるペンや、開くといい香りがするノートなんて、見栄えがいいだけで何の役にもたたない。
魔術学園はいいところだ。図書室に本はたくさんあるし、寮には伝統もあって学校では学べない、いろいろな秘法を教えてくれる先輩もいる。家が王都にあるのにメレッタが寮生活を選んだのはそのためだ。
メローネの秘法にエルサの秘法……どれも覚えるのにちょっとしたコツがいるし、学校の先生は教えてくれない。だからこの二つを習っただけでも、魔術学園にきたかいがあると思った。
魔術師団にはいれなくても魔道具師にはなれそうだし、秋に魔道具ギルドで実習を受けたら卒業までにできたらバイトがしたい。
メレッタは自分のなかで温めていた楽しい計画を考える。
(お金をためて……卒業旅行に行けたらなぁ)
ドレスなんていらないから卒業旅行の費用が欲しい……というメレッタの願いはアナに却下された。
王都生まれのメレッタは、どこにもいったことがない。父のクオードは家族旅行をするなど考えたこともないのだろう。
貴族の子たちは学園の休みに自分の領地に帰るから、それだけはちょっとうらやましかった。
メレッタが近づくとアイリたちは講堂の入り口で立ち止まっている。女生徒たちはメレッタのことは気にもとめずに、中にいる人物たちに注目していた。
「あれは……!まさかおみえになるなんて……」
アイリが息をのんで見つめる先には、黒のローブを着た魔術師と、紺地に銀のラインがはいった騎士服を着こなした竜騎士、そして白いローブの錬金術師たちがそろっていた。
(こんどの錬金術師団長は女の人なんだ……)
背はそうメレッタとかわらない。ふわふわとした赤茶の髪を束ね無機質な仮面をつけ、錬金術師団の白いローブを着た小柄な女性が竜騎士や魔術師と話しこんでいる。
その横にカディアンによく似た男の子が同じく白いローブを着て立っていた。カディアンと話をしているその子は赤い髪と瞳までカディアンと同じで……。
(あれはもしかしたら……)
メレッタがまばたきする横で、アイリはその子を食いいるように見つめている。
そのときダルビス学園長と教師たちに連れられてニックやグラコスもやってきた。講堂にはいるなりダルビス学園長は、白いローブを着た二人にむかって眉をあげた。
「確か『錬金術師団』には、この場に居る許可すらだしていないはずだが……」
白いローブを着た男の子がぐっと拳を握りしめると、仮面の錬金術師が前にでた。
「あら、嫌ですわ学園長……『王都三師団』と言われているのにふたつまでしか覚えておられないなんて……耄碌されたのでは?そろそろ引退をお考えになる時期かもしれませんね」
ざわり……およそ学園内でダルビス学園長にむかってそんな口の利き方をする者はいない。
「……ふん、どうせ希望者などおらん……黙ってそこで見ていればいい」
「ええ、お言葉に甘えます」
「『噂』通り、図々しい女だ」
吐き捨てるようにダルビス学園長がいっても、仮面の錬金術師は平然と立っている。
(なんか……すごい)
そして職業体験説明会で、だれよりも目立っていたのも彼女だった。
ドゥルルル……。
そのはじめて聞く音は、メレッタの心をとらえた。
「ここに、グレン・ディアレスが開発した『ライガ』の術式、わたしが改良したものの術式、それぞれの写しがあります。希望者には配布するので、『職業体験』がはじまるまでに各自構想を練ってくること。ただし、これを受け取るからには、必ず『錬金術師団』の職業体験に参加してもらいます!」
そのうえ、『ライガ』という魔道具の試乗までさせてくれるという。
「せっかくですから私も乗りたいですな」
初等科教諭のロビンス先生なんかノリノリだ。
「ま、まてっ!」
「まさか、生徒達から最新式の魔道具に触れる機会を奪ったりしませんよね?」
追いすがろうとしたダルビス学園長を、振りきって彼女は校庭にでていく。
「最新式……」
また講堂内がざわりとして、みんなあわてて彼女を追いかけた。
最初にカディアンを乗せて飛び立った『ライガ』は垂直上昇、そして垂直落下……鳥でもなくドラゴンでもなく……なんていうか、ありえない飛びかたをした。
メレッタの耳はアイリのつぶやきを拾う。
「カディアンを……守らなければ」
空を飛ぶカディアンを見あげるアイリは、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
ほか女生徒たちは見ているだけだったが、試乗の列に並んだメレッタにニックが眉をひそめた。
「なんだよ、メレッタも乗るのかよ」
「もちろん!一生に一度のチャンスだもの!」
錬金術師団が開発した最新式の魔道具……軍用か民間用かはわからないが、触れる機会なんてめったにない。
メレッタが見ていると、ライガがありえない飛びかたをしたのは最初だけで、あとの人たちはふわりと浮かんでぐるりと空をとんだだけで着地している。
自分の順番がきたとき、メレッタは我慢できずに仮面の錬金術師にたのみこんだ。
「あのっ、最初にカディアンにやったやつで飛んでもらえませんか?」
「いいよー」
わりと軽い調子で返事がかえってきた。
「しっかりつかまってね!あとカチューシャは飛ばされないように外しておいて!」
「はいっ!」
いわれたとおり前に座る錬金術師の胴に腕をまわすと、メレッタでさえおどろいた。
(わ、細い!)
ドゥルルル……。
その音を合図に『ライガ』はメレッタを乗せて飛び立った。
まっすぐ空を上昇していく『ライガ』、メレッタがまぶしさに目を細めたのも一瞬、ライガは王都全体を見渡せる高さまであがった。
メレッタは自分が生まれ育った街をはじめて見た。もちろん転移門は使ったことがある。けれどただの映像と違って、頬にあたる風も建物の屋根が反射する光もすべてが本物なのだ。
次の瞬間、ふわりとした浮遊感のあとにきた垂直落下。メレッタはたまらずに悲鳴をあげた。
「きゃああああ!」
地面に激突しそうなスピードで下に落ちていくかとおもうと、またぐわんと体が持ちあげられてライガごと高くあがる。
「だいじょうぶ?」
仮面の錬金術師が心配そうな声をだしてメレッタをふり返る。
「すごい……」
メレッタは呆然としつつも、いま見えた光景を反芻していた。空からはじめてみた王都……まるで自分が鳥になったみたい……。
それはメレッタが自由を感じた瞬間だった。
ライガに乗れば、見たかった世界が見られる。メレッタだってどこにでも飛んで行ける……そう思えた。
メレッタは興奮して叫んだ。
「すごいです、いまの!もっとお願いしますっ!」
「よーし、それならおかわり行っちゃお!」
なんだか楽しそうな師団長の特別サービスに、声が枯れるまで絶叫していたメレッタは大満足で地上に降りた。
もうメレッタはライガに夢中だった。
だが地上で降りたとたん、待機していたジグナバ先生に「女生徒があんなに悲鳴をあげるなんて!」と心配され、すぐに保健室に連れていかれた。
その後意気揚々と錬金術師団の職業体験を申しこんだメレッタに、ジグナバ先生は「えっ……」と言葉を失ったという。
ジグナバ先生はやさしいけれど、わりと常識人。本番中には一度でてきたけれど改稿で消してしまったかも(汗
【メレッタ・カーター】
『魔術師の杖』を読んだことのない人物が、「こんなキャラ考えたー」と作者に投げてよこした。
『茶髪のボブで紫の瞳、花飾りのカチューシャをしていて得意技は無茶ぶり』
投げられたときはもっと幼い年齢だったけど、魔術学園生にしたかったので十六歳になった。









