285.服に悩むユーリ
2巻発売まであと2日!
46話でネリアとユーリが魔道具ギルドにでかける、ちょっと前の話。
ここのところ研究棟にいりびたりで、王城の自室にいることがないユーリが、めずらしく部屋で過ごしていると聞いて、テルジオはそちらに顔をだした。
なにしろ彼は「僕は研究棟ではただのユーリ・ドラビスだから、テルジオはついてこなくてもいいよ」といい、テルジオをふくめた側近の立ちいりを許さなかった。
実際、王城スタッフといえど簡単には研究棟に立ちいれず、グレン・ディアレス錬金術師団長に、彼の身柄を預けるしかなかったのだが。
ドアをノックしてすぐに返事はあったが、彼は自室ではなくクローゼットの中で、腕組みをして考えこんでいた。
「どうされたんですか、こんな所で」
吊りさげられたコート類の向こうに赤い髪が見え隠れしていると、なんだかちょっと小さな子がかくれんぼしているみたいだな……と、失礼なことを考えながらテルジオは声をかけた。
ユーリはテルジオのほうを見ないまま答えた。
「テルジオか……服に悩んでいる」
「は?」
ユーリが好むと好まざるにかかわらず、彼の服は季節ごとに王城の服飾部門から届けられる。
そして彼のクローゼットは、とてつもない広さの部屋だ。
当然、着る服など毎日どころか、日に三度着替えたとしてもじゅうぶんすぎるくらいある。
これでも公務には顔を出していないし、サイズも数年前から変わっていないので、なるべく作らせないようにしているのだが……。
なのでテルジオは、思ったことをそのまま口にした。
「着るものなんていっぱいあるじゃないですか。それともありすぎて悩む……ってヤツですか?」
それならわかる。だがテルジオはユーリに仕えて六年ほどになるけれど、彼が服に悩んでいるところなど一度も見たことがない。
ユーリ自身は考え事にムダな時間を使わないほうだ。服だっていつもならさっさと決めてしまう。
「そうじゃない。僕も自分が服に悩むことがくるなんて……思いもしなかったのだが」
ユーリはまじめな顔で深くため息をついた。
「ただしくは、目的に合った服がない……というヤツだ」
「目的?」
「……ネリアに街へ行こうと誘われた」
「なっ!それは、デデデデェ……ムグッ」
テルジオは声をだせなくなった。遮音障壁ではなく物理的に、ユーリの手がビュッとすごい勢いでのびてきて彼の口をふさいだのだ。
「魔道具ギルドに一人でいくのは不安だからついてきて欲しいと、頼まれただけだ!」
ユーリが手を離すと、テルジオは大げさに胸に手をあてて息を吸った。
「あーびっくりした。なあんだ……どこぞのロマンス小説みたいに展開早いなって思いました」
それを聞いたユーリが変な顔をした。
「テルジオ……お前、ロマンス小説なんか読むのか?」
「ええ、読みますよ」
「読んでいるところを見たことがないが」
テルジオは胸を張って答えた。
「だって殿下といるときは仕事中ですもん。これでも毎月新刊はチェックしてますし、お気にいりの作家さんともなると十人はあげられます!今月はなんとバーチェ夫人の新刊がでるんですよ!」
「そ、そうか……」
テルジオは予約したばかりの新刊について熱く語りそうになったが、おっといけない今は仕事中だ……と思いだした。これでも公私はきっちりわけるタイプ!
「魔道具ギルドに行くのでしたら、いつもの白いローブでいいのでは?」
ユーリは自分の赤い髪を乱暴にかきあげた。
「それが……ネリアは普通にでかけたいというんだ」
「普通に?」
「錬金術師とわからないように王都民と同じ格好をして……つまり〝おしのび〟だ」
「あ、へぇ~それで殿下、浮かれてるんですね」
納得したような顔をしたテルジオに、すかさずユーリがかみついた。
「浮かれてないよっ!」
「いいじゃないですか、〝師団長命令〟でしょ?いつもの通りバレないように、数人張りつかせますけどね」
「…………」
ユーリは仏頂面になる。テルジオとは長いつき合いだから、何も言わなくてもこちらの意をくんでくれるのはありがたいが……いちいち声にだしていわないでほしい。
ネリアといっしょにでかけるのが楽しみで浮かれているなどと……ユーリは顔にだしたつもりはないのだから。
ネリアは「まずは魔道具店に寄ってね、そこでメロディさんと落ちあうつもり!」と言っていた。
街の魔道具店……成人後は研究棟にひきこもっていたユーリにとって、それはなんとも魅惑的な響きだった。
テルジオが楽しみにしている小説の新刊じゃないが、ユーリも新発売の魔道具を見てみたい。
(やっぱり僕はテルジオのいう通り、浮かれているのかもしれないな)
「なるべく〝普通〟ぽく見える格好がしたいんだ……」
「そうですね、それなら〝デート〟っぽい感じになりますもんね」
いっしょにいる相手がテルジオなものだから、ユーリはついグチをこぼした。
「ネリアは……このあいだライアス・ゴールディホーンとでかけたって……すごく楽しそうに話してて……」
「あ~そりゃ殿下の負けですね、ライアス・ゴールディホーンに勝てるわけないでしょ」
「お前さぁ、いつも思うけどいろいろと失礼なヤツだよな!」
ユーリはその気になれば、完璧な王子様の仮面をかぶることができる。
だからテルジオは自分と二人きりのときぐらいは、彼にガス抜きをさせることしていた。ふくれっ面のユーリは、ふだんは見せない素の表情になる。
「それに、あいつもネリアの事をよく見ている……」
「あいつ?」
「レオポルド・アルバーン……あいつもネリアを見ていることが多いんだ」
「マジですか?」
テルジオの脳内メモ帳に、『レオポルド、ネリアを見てる』とササッと書きこまれた。
「まずいですよ!竜騎士団長と魔術師団長が争ったらエクグラシアが壊滅しちゃうじゃないですか!殿下もがんばってください!」
「何をがんばるんだよ!」
「とりあえずネリアさんの印象をよくしてですね、殿下が王太后殿下によくやっているみたいに、甘えてすすすっと懐に飛びこむんですよ」
「その言いかた……僕が腹黒みたいじゃないか」
ユーリが顔をしかめると、テルジオがおどろいた顔をした。
「ちがうんですか⁉︎」
「お前さぁ、いつも思うけど本当にいろいろと失礼なヤツだよな!」
テルジオはこたえていない……というか、聞いていない。補佐する相手の機嫌などいちいち気にしていたら、仕事にならないのだ。テルジオはユーリの補佐として、テキパキと仕事をする。
「すこし古いですけど、二年前に魔道具ギルドの実習で着られた服はどうですか。あれなら街を歩いても浮かないでしょう、サイズもまったく変わりませんし!」
「サイズが変わらない……が余計だよ!でもいいな、それ。どこにしまってあったっけ……」
ユーリの服については、本人よりテルジオのほうがよくわかっている。テルジオが〝サーデ〟を唱えると、クローゼットの上のほうにしまわれていたシャツが、しゅっと彼の手元にとんできた。
「それにしても気になるなぁ……私もついてっていいですか?」
「ダメだ」
「まぁいいですけどね、そんなにすごい美女なんですか?ネリアさんて」
テルジオも仮面をつけた姿だけなら、ネリア・ネリスを見たことがある。
小柄だしほかの師団長二人が長身だから、じつにめだたない。
サイドで束ねた髪がぽよぽよと跳ねるように揺れるな〜ぐらいしか、思わなかった。
竜騎士団長と魔術師団長双方から注意をむけられるなど……錬金術師団長だからではないだろうか。そうとしか思えない。
「うーん……美女というよりは、かわいい……かなぁ。何か食べているところは小動物ぽくてみているとなごむんだ」
本人はむしろ普通だ。
王都を歩けばたやすくひとびとに紛れこんでしまえるだろう……そこまで考えて、ユーリはふと気がついた。
(あれ?この感覚……ほかにも……)
近くにいれば強烈な存在感に圧倒されるのに、離れてしまえばたいして印象に残らない。
(似てる……まだ姿をみせないあいつに……でもなぜだ?)
「へえぇ……殿下がなごめるって貴重ですよ。殿下ってお茶会のときはニコニコしながら、どんどん機嫌わるくなってますもんね!」
ユーリが気まずそうな顔になった。所作は完璧にできるが、ユーリはお茶会が好きではなかった。
たがいの腹を探りながらあたりさわりのない会話をする訓練を、ひたすら幼少時から積んできたのだ。ただお茶の味や香りを楽しむだけなら好きなのに。
「……僕はそんなに顔にでているのか?」
テルジオはきっぱり否定した。
「いいえまったく!」
そのときヌーメリアからエンツがとんできた。ユーリは遮音障壁を展開し、しばらく笑顔でヌーメリアと会話していたが、エンツを終えるとテルジオに命じた。
「テルジオ……僕はネリアに張りついているから、お前はほかの補佐官たちを率いてリコリスの街へいけ。リコリスはサルジアとの国境に近い。キナくさい動きがある……ヌーメリアに協力し、宰相の線につながるものを見つけろ」
「……かしこまりました」
ユーリの赤い瞳にやどる物騒な輝きをみて、テルジオは一礼するとサッと部屋をでていった。
ユーリは自分に心酔する人間より、自分に意見が言えていざとなれば冷静な判断ができる者をそばに置きたいと考えているので、テルジオはこんな感じです。
【テルジオ・アルチニ】
5〜8名の補佐官を束ねるから筆頭補佐官。
人に仕事をさせているため、ユーリに張りついていられる。
仕事はできるが女性にたいしては気弱な一面があり、本編中ではモテない人。
ロマンス小説は「女の子が喜ぶセリフ」を、まじめに予習しようとしてハマった。









