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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
番外編 2巻発売記念SS

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282.メロディとミュリス

2巻発売まであと5日!

やってみたかった!カウントダウンSSです。

1~2巻を読みかえしつつ、思い浮かんだSSをなるべく時系列順に書いていきます。

今回は7話目ぐらいの話。

 エルリカの町から魔導列車に乗りこんだのは夜だったから、わたしはそのままコンパートメントでぐっすり眠ってしまった。この世界は浄化の魔法があるから、身支度が簡単なのはすごく助かる。


「んん……」


 朝になり身支度をさっと済ませたら、むかいの席の女性も目を覚ましたみたいだ。


「ふぁ……いまどこかしら」


「おはようございます。まだウレグまでは半日ほどかかるようですよ」


「そう……ありがと」


 朝は得意じゃないみたいだ。むくりと起き上ってぼんやりとわたしの顔を見返した彼女は、パチパチと目をまたたいたあと急に意識がハッキリしたようだった。わたしの顔に目の焦点を合わせ、食いいるように見つめると聞いてきた。


「あなたは?サルカスから乗りこんだときは居なかったわよね?」


「はい、エルリカの街から乗車しました」


「そっか、私もう寝てたわ……じゃあ自己紹介をしないとね!」


 言うなり女性はパチンと指を鳴らした。それは一瞬だった。浄化の魔法でさっぱりしただけでなく、寝起きであちこちに毛先が飛びだしていたぼわぼわの茶髪も、つやがでて綺麗にまとまる。


 シワがよっていた服も、スチームアイロンをかけたみたいにシワが伸び、ふわりといい香りがひろがった。つり目がちで猫みたいに大きな緑の瞳をきらめかせて、女性は名乗った。


「わたしはメロディ・オブライエン、王都三番街でちいさいけど魔道具店を開いている魔道具師よ」


「すごい……」


「え?」


「すごいです!いまの……浄化の魔法でもないし何ていうんだろ、まるで一瞬で変身したみたい。それに魔道具師さんだなんて、それもすごい!」


「えぇ?〝エルサの秘法〟は客商売だから身につけただけで……それに魔道具師だって地方じゃ数は少ないだろうけど、王都にはいっぱいいるわよ」


「いまの、〝エルサの秘法〟っていうんですか!」





 キラキラと黄緑の瞳を輝かせて聞いてくる、地方から王都にでてくる娘だろうか……化粧っけはなく、動きやすそうなこざっぱりとしたスタイルで、黒っぽいズボンにこげ茶のブーツを履き、大きめの生成りのチェニックを、あちこち紐で調節して小柄な体にあわせている。


(華奢な子だけど、体形まではわかんないわねぇ)


 だぼっとした服がもったいないな……と思いながら、メロディは娘が首にぶらさげているネックレスに目を留めた。つるんとした丸いプレートの飾りは三枚あって、表面にうっすらと花の模様が彫ってある。


(あの細工……なにかしら?ただの護符じゃないような気がするわ……)


 魔道具師であるメロディにも、一見しただけでは材質すらわからない。けれどメロディの頭は寝起きで、それ以上働かなかった。


(ま、あとで見せてもらえばいっか)


 朝はなるだけ長く寝ていたいメロディにとって、エルサの秘法はなくてはならないものだ。それこそ魔術学園の課題よりも必死に練習したといってもいい。ウレグ到着までまだ時間はあるし、旅の連れとしては楽しそうな相手だ。


「覚えるのはややこしいけど……浄化の魔法が使えるのならできるわよ。あなたにも教えてあげましょうか?」


「お願いします!」


 勢いよくうなずいた娘の名を、メロディはまだ聞いていなかった。


「お安いご用よ。それでええと……」


 首をかしげたメロディにむかい、娘はあわてて名乗った。


「あ、わたしはネリア・ネリス……錬金術師です」


「……は?」


「ネリア」という名前も変わっていると思ったが、「錬金術師」という単語にメロディは耳を疑った。


「れ、錬金術師って言った?」


(ぜんぜんそれっぽくないんだけど⁉)


 娘はニコニコとうなずいた。


「はい、そうです。といってもまだ駆けだしですけど」





 この世界に砂糖はあるのかとグレンにたずねたら「ある」と答えた。


「ならせめて小麦粉と砂糖とバターがあればお菓子が作れるから欲しいなぁ、卵とかもあればいいけど……それとも砂糖って貴重品なのかな、高価なのかしら?」


「貴重というのがどの程度かわからんが、ダテリスよりは安くパパロスよりは高い」


「くらべているモノが何なのかよくわかんないけど……ともかく砂糖を使った甘いお菓子とかもあるの?飴みたいなのでもいいんだけど」


 わたしの言語を変換する術式はうまく作動したらしく、意味はちゃんとグレンに伝わったらしい。グレンは顔をゆがめて心底まずそうな顔をした。


「あるにはあるが……あんな腹もちが悪くて口の中に甘味が残るものが食いたいのか?」


 あるの⁉


 わたしはその情報に喰いついた。


「あるなら食べたいですっ、腹もちが悪くてついついいっぱい食べちゃって後悔する、口の中に甘味が残ってハミガキしないと虫歯になるものが、絶っ対、何がなんでも!どうにかして食べたいですううぅっ!」


「……わ、わかったからそんなに迫るな」


「だって!お菓子がこの世界にあるって聞いて……そしたら!」


 お風呂の話をしたときと同じぐらい必死に訴えるわたしに、グレンは青みがかったミストグレーの瞳を見開いて、あっけにとられている。


「だが食べて後悔するものを、なぜわざわざ食おうとするのだ?」


「わっ、わたしだってわかんないけど。こ、この世界にお菓子があるなら、ひっぐっ、食べっ、食べたいでずぅ……ううう……」


 なぜか涙がボロボロでてきて、しまいには号泣してしまった。


「うわああああん!」


 どこかであきらめていた。この世界には何もないのだと。


 グレンだってびっくりしていたけど、わたしだって自分で驚いた。


 自分でもこんなにサクサクのバタークッキーとか、食感が楽しいグミとかガムとかラムネとか、キラキラの宝石みたいな飴ちゃんとか……いつもコンビニでお小遣いに余裕があれば買うかな……て程度だったお菓子が食べられないことに、涙が止まらないほどいまさらショックを受けるなんて思わなかったのだ。


「おっ、お菓子はトキメキなんだよ……ごほうびなんだよ……えっぐ、がんばったときに自分で自分をほめたいときとか、うっぐ……つらいときがあったときに、これ食べて元気だそう……って、思えるんだよぉおおおお……うええええぇ……」


 話しながらまた泣けてきたものだから、グレンはそんなわたしの様子にいぶかしそうに眉をひそめた。


「それは……中毒性があるのではないか?そんなもの食べてだいじょうぶか?」


 しまいにはグレンに何かヤバい食べものじゃないかと心配されたよ……。


 けれどそれから、王都に用事ででかけるたびに、グレンは何かしらお菓子を買ってきてくれるようになった。ぶっきらぼうに「ほれ」と渡された紙袋には、いろいろなお菓子がはいっていて……。


「わぁ!また新しいお菓子だ!グレンが自分で買ってくるの?」


「……いいや」


 あのお菓子は誰が買ってくれていたんだろう。なんだか自分だけで食べるのももったいなくてグレンにも勧めてみたけれど、彼は頑として食べなかった。





 たがいに自己紹介をしたあとは、魔導列車の食堂車で朝食をとりながら話がはずんだ。


 サルカス山地に素材の買いつけに行った帰りだというメロディさんの話は面白かった。


 ほうほうどんな素材を?……へぇえ、そうなんですか、それはすごい!……とあいづちを打っていたらあっというまに時間が過ぎる。


 そのままいっしょにコンパートメントに戻ると、彼女は荷物の中からゴソゴソと箱をとりだし、いきおいよく封をあけた。


「これよこれ……サルカス山地の名産にミッラという果物があるの。それを使ったこのミュリスという焼き菓子が絶品なのよ!」


 そうしてメロディが差しだしてくれたミュリスというお菓子は、ひとめでわたしの心をとらえた。


 表面には焼き目がつき、鼻をくすぐる香ばしいバターとミッラの甘い香り……ひとくちかじるとサクリと軽い食感、そのあとから口全体に果汁のさわやかな甘味が広がって……。


 もうミュリスしか見えない!


「わたし、人生、損してたかも、しれない、です……」


 ムグムグとミュリスを咀嚼しながら、これ以上ないというほど真剣にミュリスにむきあう。


 いまここが畳の上だったら、わたしビシッと正座してる!


 こんなのが世の中にあると知っていたら、グレンの言うことを聞いておとなしくデーダスの家で待ったりなんてしなかったのに!


 ああ、でもいま君に出会えたよ!


 いくつかつまんでからようやく、朝食をたべたばかりだというのに、がっつきすぎていたのに気づいた。我にかえってあわててメロディさんのほうをみたら、彼女はやさしくほほえんでさらにミュリスを勧めてきた。


 メロディさん、まじ天使!

【エルサの秘法】

一瞬で寝起きのボサボサ髪もつやつやにまとまり、死んだ魚のような目もパッチリ輝き、シワだらけの服もシャンとして爽やかな香りがするという身支度の魔法。その昔「お寝坊エルサ」と呼ばれた魔女エルサが少しでも長く眠るために編みだした。働く女子の間でひろがっている。覚えるのは大変だが、惰眠をむさぼるためには手間を惜しんではいけない。

なおエルサはこの秘法を編みだしてから、明日着る服にきがえてから寝るようになった。

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