272.助手の『ネリィ』です、よろしくお願いします。
8章スタートです!
師団長室の中庭でにぎやかな朝食をとったあと、わたしは王都三番街にある魔道具ギルドへ、『立太子の儀』で行われたパレードに協力してもらったお礼をいうためにでかけた。ついでにメロディの魔道具店にも顔をだした。
「メロディさん、こんにちは!」
「ネリィ!」
「ひゃうっ⁉」
店にはいったとたんすぐに、興奮したようすのメロディに店の奥にある工房にぐいぐいと引っぱりこまれる。
「あの、メロディさんお店は……?」
「いいからいいから!最近〝店番くん〟をいれたから、ちょっとぐらいなら大丈夫よ」
みるとぎこちない動きで〝店番くん〟が手をふっている。まえにわたしが一人で街歩きをしたときに出会った、お金を渡すと品物をつつんでくれる魔道具だ。
混雑する店なら人がさばいたほうが早いけれど、たまに客がくるだけの店なら〝店番くん〟を一つ置いておくだけで事足りるらしい。
メロディみたいに一人でやっているお店だと、〝店番くん〟がいるおかげで作業や休憩をしやすい……と好評なのだそうだ。
ソラみたいな動きの滑らかさや自然な美しさはないけれど、オートマタとはっきりとわかる造形と、どこかぎこちないその動きに愛嬌があってなんともいえない味がある。
メロディの工房は棚に魔道具がずらりとならび、一人用の作業机に椅子が二つだけという小さなスペースだ。そこにわたしを押しこむと、椅子にすわる間もおしむように、メロディが緑の瞳をキラキラと輝かせながらたずねてきた。
「ね、ね、夜会はどうだったの?」
「すごく華やかでしたよ!どの令嬢も色とりどりのドレスでとても綺麗におめかししていたし、きらびやかな宝石がたくさんで、もう目がチカチカするぐらいキラッキラでした……」
わたしはメロディに夜会の光景のすばらしさを必死に伝えようとした。見事に飾りつけられた王城の大広間に、目にも鮮やかなドレスで美しく着飾った淑女たち……どこまでも優雅で上品で……思いだしてもため息がでる。
「それに給仕の人たちもすごくスマートで、お料理もとてもおいしかったです。エカテのムースはその滑らかな食感と、添えられたオリガテの雫が最高でした!」
「うんうん、それで?」
身を乗りだすメロディに、あと何を話そう……?と考えて、主役のことを思いだした。
「それで?ええと……あっ、ユーリもすごくかっこよくて……衣装のデザイン画はマウナカイアでも見せてもらってたんですけど、実物は刺繍が本当に豪華で……」
「新聞で見たわぁ……ほんと素敵だった!で、ほかには?」
「ライアスはヤバかったです!竜騎士の正装がほんとにもぅビシッときまってて……女性たちの視線を集めまくってましたよ!それと青いマントにはドラゴンの刺繍が……ユーリのは赤いマントにドラゴンでしたけれど、どちらの刺繍も見事でしたね!」
メロディもうっとりするようにうなずくと、さらにべつのことを質問してきた。
「それも新聞で見たけど、実物はすごかったでしょうねぇ……。ねぇねぇ、それより〝夜の精霊〟ってどんな女性だったの?」
「夜の精霊?」
キョトンとしたわたしに、メロディが唇をとがらせる。
「んもぅ!だいじな場面でごちそうでも食べてたの?『あのレオポルド・アルバーンについに熱愛発覚!』って〝王都新聞〟でも大騒ぎで、ユーティリス王太子殿下の『立太子の儀』とならんで大見出しなのよ!そのお相手が〝夜の精霊〟のように神秘的な雰囲気のエキゾチックな美女なのですって!気になるじゃないの!」
「熱愛?へーそういえば従妹と踊ってましたもんね」
気のない相槌をうったわたしに、メロディはいきおいよく首をふった。
「従妹ですって?ちがうわよ!アルバーン師団長がどこからともなく連れてあらわれて、大広間で見つめあって楽しそうに踊ったというのよ!長い黒髪におなじく黒曜石のような瞳が神秘的な、まさしく〝夜の精霊〟みたいな女性で……」
ドタッ!ガラ……ゴイン!
「……あら、どうしたの?ネリィったらずっこけて……椅子のぐあいでも悪かった?」
わたしはずっこけた。椅子を倒して棚にぶつかり、衝撃で棚に置いてあった魔道具がガラ……とくずれてわたしの頭にゴイン!とぶつかった。
「うううう……」
「気をつけてね、魔道具はだいじょうぶかしら……うん、壊れてはいないわね」
「メロディさん、わたしのことも心配してください……」
頭をさすりながら涙目でいうと、メロディは魔道具を棚にもどしてにっこり笑った。
「あ、ごめん。魔道具師にとっては魔道具って自分の子どもみたいなものだから……それで頭はだいじょうぶ?」
「防壁が発動したんで頭は無事ですが……それより、レオポルドのお相手といわれる女性って黒髪なんですか?」
倒れた椅子をもとに戻してすわりなおすと、メロディは興奮したように話をつづける。
「そうよ、夜会はフォトの撮影が禁止だから、ネリィに話をきくのを楽しみにしてたのに!すてきよねぇ……公爵夫妻に反対されても愛をつらぬいて。竜騎士団長や王太子殿下もその女性と踊って、ふたりを祝福したそうよ」
「ふたりを祝福?」
頭をひねっていたら、メロディが心配そうにわたしの顔をのぞきこんだ。
「だいじょうぶ?やだ、そんなに痛かったの?」
「頭はもうだいじょうぶですけど……」
たしかわたしはバルコニーで〝フォト〟を撮ろうとして、レオポルドに見つかって逃げきれずに一曲踊ったけれども。
「何よ、本当にみてないの?ネリィはどうしてたのよ」
「わたし?ええと……わたしはご飯を食べたあと、二~三人に声かけてもらって踊ったら、すぐ帰りました……」
「えぇ?ユーリやライアスと踊らなかったのぉ?もったいない」
……踊りました。ライアスに耳をじーっと観察されたり、ユーリから鋭い尋問をビシバシされまくって生きた心地もしませんでした。
あのダンスがふたりを祝福……どこをどうみたらそんなことに?
「ところでネリィは結局、ライアス・ゴールディホーンのことはどう思ってるの?」
メロディの質問にわたしはスラスラと答えた。
「ライアスですか?すごくカッコいいです!とっても強いのに紳士だし、ふだんはいかついのに笑うと目が優しいんですよ!」
「ふうん……で、ユーリは?」
「ユーリはいつも気遣ってくれるので一緒にいてホッとするし、所作にもすごく品がありますよね!〝立太子の儀〟のときも凛としてましたよ!」
これもまたスラスラと答えたら、メロディは変な顔をした。
「それでどっちが好きなの?……というか、どこかふたりに嫌なところでもあるの?」
「ふたりともすごく好きですよ、嫌なとこなんてないです!」
困ることはあるけれど嫌うほどじゃない……だからそう断言すると、メロディはため息をついた。
「だったらどうしてそぅ煮えきらないのよ……ライアスとだって何度もでかけているじゃない」
「そんなこといわれても……つきあうって考えるとハードル高いっていうか……」
キラッキラの竜騎士団長とキラッキラの王子様……まぶし過ぎるんだよ、二人とも。横に立つことを考えると、ただ近くにいるのとちがって距離感が……。わたしはゼロ距離に耐えられるのか?いや、ムリだと思う!
今朝の中庭での騒ぎを思いだして、わたしは気が遠くなった。
グレンはわたしに師団長の座を譲ろうと考えたとき、こんな事態を予測していただろうか?
いやきっと絶対、なんにも考えてなかった!
メロディはそんなわたしの様子をしばらくみていたが、「そうだわ!」と何か思いついたようにうなずいた。
「ネリィはそもそも、男性と接する機会がすくないのよ。世の中にはしょうもない男どもがたくさんいるってわかったら、自分の置かれている境遇がどれだけぜいたくかわかって、二人のこともまじめに考えられるんじゃないかしら」
「はぁ……」
「だいじょうぶ!私にまかせて!そのかわり〝ネリィ〟の予定をあけといてね」
メロディはかるい調子でそういうと、わたしにむかってウィンクした。
そして数日後、魔道具ギルドの五階にある研修室でわたしの前にならんで座っているのは、夏の短いあいだだったけれど毎日のようにともに過ごした……いまとなっては懐かしい顔ぶれだ。
だけどちょっといたたまれない。わたしの前にすわり、わたしを見ている全員が全員、「なんでお前がここにいるんだ」……って顔をしている。
そうだよね?わたしもそう思うよ!
「ではシャングリラ魔術学園五年生のみなさん、魔道具ギルドへようこそ!ギルドの実習は王都三師団でおこなわれる職業体験とちがって単位もあるし、しっかりやらないと卒業できないからそのつもりでね」
わたしの横に立つメロディが、ほがらかにあいさつをする。
「私は今回の実習で講師をつとめるメロディ・オブライエン!そして横にいるのが助手の『ネリィ』よ、どうぞよろしくね!」
五年生全員の視線がこちらに集中し、わたしはちぢこまりながらあいさつした。
「……助手の『ネリィ』です、よろしくお願いします」
ええと……わたしは『ネリィ』……魔道具ギルドの臨時講師に連れてこられた、ただの助手です……。
メロディさん……目の前でずっこけてるのが話題のエキゾチック美女……。









