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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第七章 ネリアとお城の舞踏会

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271.今のわたしを生きていく

7章完結です!

皆様の貴重な時間をいただきましたことお礼申しあげます。

ここまでおつき合いいただき、ほんとうにありがとうございました!

 だが彼の懐刀とでもいうべき〝銀の魔術師〟の返事はそっけない。


「知りません。バルコニーで偶然会った娘にダンスを申しこんだだけです」


「そんなわけないだろう!」


 納得しないアーネストにレオポルドはため息をつき、昨夜の女性について話した。


「彼女は家名すら名乗らなかったし、本当に何も知りません。王城には慣れていないようすでひとりバルコニーにいました。物腰も洗練されておらず人を避けてきたと……夜会もはじめてかもしれません」


「それじゃ、どこのだれかもわからないのか?」


「ともかく大広間まで送ろうとすると、途中おじけづいたのか逃げだしたそうでした。いちど踊れば緊張もとれるかとダンスに誘ったのですが」


「お前、そんなに面倒見がよかったか……?」


 つぶやいたアーネストはレオポルドにギロリとにらまれ口をつぐんだが、思いだして食いさがった。


「だがお前……ダンスしながら楽しそうに笑ってたぞ。それに彼女のドレスを染めてみせたじゃないか」


「あれは子どものころに〝王立植物園〟でよくやった遊びです。ライアスたちと出かけて蜘蛛の巣をみつけると光らせてました」


「……それだけなのか?」


「織りあげた衣を染めるにはそれなりの魔力がいる。灰色のままより染めてやったほうが綺麗でしょう……それに私だって楽しければ笑いますよ」


(俺はいつもその不機嫌そうな顔しかみたことないんだが……)


 アーネストはそう思った。それにヌノツクリグモの巣と聞けば、だれもがあの有名な神話を思いだす。


「もしかしてお前……自分が〝月の君〟と呼ばれていることを知らないのか?」


「何の話です?」


 首をかしげたレオポルドをみて、アーネストはポリポリと頭をかいた。


「いや、俺はてっきりあれはお前の特別な女性かと思って。それにだれも彼女の名前すら聞きだせなかったからお前なら何か知っているかもと……」


「……名前すら?」


 レオポルドは眉をあげてアーネストの言葉に反応した。


「そうだ、何か思いだしたのか?」


「いえ……用がそれだけなら帰ってください」


 ぽいっ。アーネストはライガで初めて塔を訪れたネリアのように、そんな感じで外に追いだされた。


「おい、俺は王様なんだが……!」


 アーネストの抗議に返事はなく、銀の魔術師はあいかわらずとりつくしまもなかった。





 ひとりになったレオポルドは、昨晩の女性とのやりとりを思いだす。


『ナナ、です……』


 ほかの人間に明かさなかったのであれば、自分も彼女の名は秘めておいたほうがよかろう。


 緊張しているようにみえた娘をダンスに誘っただけだ。


 サリナと同じように一曲踊ってやればよかろう……そう思った。


 ダンスでは相手の女性をほめるのがマナーだが、自分はそれすらもしなかった。


 それなのにぎこちなかった娘は、音楽がはじまると意外なほど滑らかに動きだす。


 不思議なほど腕のなかにしっくりとおさまった娘は、こちらが何もいわないのに楽しそうに笑い、魔法使いなら願いをかなえろという。


『わたしの名前を呼んで……そしてあなたが笑ってくれたらうれしいな』


 口にした願いはとるに足らないことで、なんだそんなことかと思った。さして笑うつもりもなかった。


『……ナナ』


 それなのに名前を呼んだ瞬間、彼女は本当にうれしそうに花がほころぶように笑った。


 彼女の笑顔が一瞬あの娘にかさなり、いつのまにかつられて自分まで笑っていた。


 そうしたらもっと彼女を喜ばせたくなった。


 ただの蜘蛛の糸なら光る程度だが、それを使って織りあげた〝蜘蛛の衣〟に魔素を流したのはレオポルドもはじめてだ。


 あれほどまでに輝きオーロラのように光の加減で色を変えるとは……まさしく〝夜の精霊〟への贈りものにふさわしい。


 魔力でドレスを染めあげたときに目を丸くした彼女の表情はあの娘によく似ていて……それをみた自分は得意そうに笑ったのだと思う。


 あの娘が自分にあのようにほほえんだりしないとわかっているのに……。





 大広間から居住区に跳んだわたしは、ゆっくりと一人の時間を堪能した。


 指をすべるサラサラした……芯のしっかりした長い黒髪。


 髪の重みを味わうように持ちあげたり束ねたり、なつかしくて何度も指ですいた。


 じゃくじぃにゆっくりつかり、時間をかけて髪を洗い丹念に乾かす。


 その日ひさしぶりに、わたしはわたしの体を抱いて眠りについた。





 シーツに抜け毛だけでも残っていないかと思ったけれど、目覚めればそんなことはなくて。


 朝の日差しのなか目を覚まして髪をかきあげれば、だいぶ見慣れた赤茶の髪がくるりと指に絡まる。


「魔法とけちゃった……」


 夢のような一夜……贅をこらしたごちそうが金彩銀彩の食器にならび、楽隊の演奏に合わせくるくると踊る紳士淑女、ひるがえるドレスのすそに光をあびて輝く宝石。


 やっぱり筋肉痛になったし最後はちょっと大変だったけれど、みんなとのダンスも終わってしまえばいい記念だ。


 〝奈々〟はもうどこにもいないんだし、昨夜のことをだれにも話すつもりはない。


 音楽が流れるなか彼がわたしの名をよび、黄昏色の瞳が楽しそうに細められた。


 ……ま、現実にそんなことあるわけないか。





 壁にかかったオーロラ色のドレスは、光の加減で微妙に色をかえて輝く。


 こんなにゴージャスなドレスを着て大広間の真ん中で踊ったんだ……。


 あいつと二人笑いあって……夢みたいだけど夢じゃなかった。


 ドレスをぼんやりながめていたら、収納ポケットにフォトをしまいっぱなしだったのを思いだす。


「よいしょ。あ、あった……ちゃんと撮れてる」


 フォトに写った〝奈々〟はまじめな顔でこっちに黒い瞳をむけているけれど、すこし視線がずれているのはレオポルドをみているからだろう。


「できたら笑ってる顔で撮りたかったんだけどなぁ……でもぜんぶ自分でやったにしては悪くないよね。このフォトとドレスはデーダスの工房に置いておこう」


 あそこならだれの目に留まることもない。


「パパロッチェンは何であろうと一度きり……こどもだましのお遊びだもんね」


 けれどわたしのなかにちゃんと〝奈々〟はいる。


 この体だってグレンが手がけたのならそう悪くないだろう。


 いまの自分で生きていく。


 わたしは鏡に映るわたしにあいさつした。


「おはよう、ネリア」


 こうして……わたしによるわたしのための、〝奈々のひとり成人式〟は終わった。





 朝晩が涼しくなった中庭はもうじき、朝ごはんを食べるには寒くなるかも。


 師団長室か工房を食事処にしようか……そんなことを考えて〝エルサの秘法〟を使い、身支度をすませると居住区のドアをあけた。


「おはよう、ネリア!」


 中庭には朝からまぶしい笑みを浮かべた金髪の美丈夫がいてわたしは目を丸くする。


「ライアス……なんで朝から中庭に?」


 ライアスはすぐに椅子から立ちあがると、さっとわたしの椅子をひいてくれる。


「ネリア……俺はきみに対する積極さに欠けていた。これからはできる限りエンツではなく直接会いにくるようにする。俺も研究棟での食事にくわわってもいいだろうか?」


「えっ……えぇっ⁉ライアスもここでご飯を食べるの⁉︎」


「それとこんどうちに遊びにこないか?そんなに堅苦しく考えないでくれ、兄のオーランドもいるし父も母も楽しみにしている」


「はいぃ⁉」


 ライアスがさわやかにいえば、すでに席についていたユーリはにっこりと笑った。


「〝ネリィ〟の街歩きなら、ライアスに護衛をお願いしますよ。ネリス師団長のお披露目は僕がエスコートしますからね、ドレスだってもう贈りましたし」


 二人とも昨日は遅くまで夜会に参加してたんじゃ……。ライアスの顔色が変わった。


「ドレス……だと?」


「いっ⁉︎」


 待って、どうしてそうなるの⁉︎


 口をパクパクするわたしに、ユーリはにっこりと優しく笑った。


「見逃すのは今回だけといったでしょう?〝モブ中のモブ〟はじゅうぶん堪能しましたよね?つぎは僕といっしょにセンター歩いてもらいますよ。ああ、その前に王太后にもひきあわせたいな」


「はぁあ⁉」


 たしかに約束したけれどそれはいつ果たせるかわからないもので……。ユーリは眉尻をさげてわたしに切々と訴える。


「おばあ様に『わたくしだけネリアさんとお話ししてないわ』と嘆かれてしまって……それにおばあ様のところには腕のいい菓子職人がいるんです、ネリアも興味あるでしょう?」


 腕のいい菓子職人……それはたしかに気になる。けれどここは素直にうなずいてはいけない気がする。


 わたしの頭がぐるぐるしだした横で、ライアスはライアスでドレスにこだわっている。


「ネリア、どうして俺にはドレスをねだってくれない、俺はそんなに甲斐性のない男じゃないぞ!」


「えっ?ええと……ユーリにもドレスを頼んだわけじゃないんだけど……」


 わたしが困っていると、オドゥがソラからお茶を受けとりながらのんびりという。


「ライアスもユーリみたいに勝手に用意すればいいんだよ、ネリアなら受けとってくれるよ」


「オドゥ、どっちの味方なんですか?」


 ユーリがオドゥをにらみつけると、オドゥは軽く肩をすくめて楽しそうに笑った。


「んー……かわいい後輩のユーリも応援したいけど、ユーリがくやしがって泣く顔もみたいし迷っちゃうよねぇ」


「泣いたりしませんよっ!」


 ライアスがわたしにむかって力強くうけあう。


「とにかく俺はきみに誠心誠意、想いを伝えるつもりだ。〝ニーナ&ミーナの店〟でいいか?」


「僕のエスコートが先ですから!」


「あ、あの……」


 待って、ほんとに待って!


 涙目になったわたしがオドゥと目があうと、彼は眼鏡のブリッジに指をかけ人のよさそうな笑顔になる。


「ネリア、きみが困ったらいつでも相談に乗るからね」


 ……そうじゃなーい!





「あの……あのっ!」


 わたしは勇気をふりしぼっていった。


「朝ごはんが……食べたいです……」


 ぐぅきゅるるるぅ~。


 じつにタイミングよくお腹が鳴った。


 その大きな音にみなの動きがピタリととまり、わたしはいたたまれなさに赤面し涙目のままテーブルにつっぷした。


「いやだぁ、恥ずかしすぎるうぅ~~」


「あ~ネリアって食いしん坊だもんね」


 オドゥが眼鏡のブリッジに指をかけて苦笑し、ライアスがあわてたように皿を手にとる。ユーリはすっと動いてスープを器につぐ。


「俺としたことが気がきかなくてすまない。まずは肉か、それとも魚か……何でも好きなものをいってくれ!」


「ネリアは昨日もたくさん食べたでしょうから、お腹にやさしいスープはどうです。さぁどうぞ」


 待って、ほんとに待って!


 いまをときめく王太子様と竜騎士団長に朝から給仕されるとか、バレたらぜったい王都中の女子から殺される!


 そして何でどうしてこうなったの⁉

 7章では人間関係を主軸にしたため、逆にお仕事関係の描写があっさりになってしまいました。

 レオポルドのお仕事、『災害救助隊』は昨年熊本の人吉で水害が起きた時に思いつきました。

 人吉市は風情あふれる、とても美しい城下町なのですよ。『SL人吉』は予約をとるのも本当に大変な人気の『貴婦人』とも呼ばれる蒸気機関車で、赤い鉄橋や緑なす雄大な山並みを臨みながら走るさまは圧巻でした。(廃止となることが決定したそうです)

 7章連載中にも各地で雨による被害があり、被災された方には慎んでお見舞い申し上げます。


『立太子の儀』は本当はもっと先、年明けに行われる予定だったのですが、楽しみにされている方が多い……ということで、前に持ってきたものです。


 サリナ自身のシーンをだいぶカットしたので、ミラ夫人はともかくサリナのキャラクターがぼやけてしまいましたが、本当はかなりおてんばなお嬢さんです。


 今年の成人式は帰省したり晴れ着で集うこともなく、成人の日を迎えた人も多かったかと思います。なので今回ネリアには自分のための成人式として夜会の準備をさせました。


 当初ネリアはたった一人とひっそり踊る予定でした。他二名がそうはさせじと頑張ったというか……まぁ、それはそれで面白いかなと(汗


 恋愛面は7章でそれなりに動きがあり一つの方向性をだしたため、がっかりされた方もいるかもしれません。


 ネリアは彼らの人生に元々存在しなかった異分子で、小石を投げこむがごとくネリアがやってきた事で彼らの人生がちょっとずつ変わります。


 7章からはいずみノベルズさんとのご縁もあり、イラストレーターのよろづ先生から応援イラストもいただいて楽しんで連載ができました。本当に感謝します。

挿絵(By みてみん)

『魔術師の杖⑤ネリアとお城の舞踏会』発売記念イラスト

(画:よろづ先生)

 感想や誤字報告……ここまでおつき合いいただいた皆様にも感謝しています。ありがとうございました!


 粉雪

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『魔術師の杖 THE COMIC』

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☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
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― 新着の感想 ―
[良い点] わくわくしながら読ませてもらっています。 [気になる点] 誤字修正に本文しか適用されないのでここに記載します。 サリナ自身のシーンをだいぶカットしたので、ミラ夫人はともか(く?)サリナのキ…
[一言] 次章も楽しみです。 本業、書籍関係などご多忙でしょうがご自愛ください。 そして、ゆっくりでよいので更新よろしくお願いします!
[一言] かっこよくて憧れる『彼』。うん。グレイだな間違いない。 相手の顔色も見ず言葉も聞かず立場も考えず、自分の我だけを押しつける自信過剰な男は創作でも現実でも嫌ですわ。 ライアスなんて竜に気持…
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