255.そのころ、アルバーン公爵邸(レオポルド→ミラ視点)
2020年に連載開始し、1周年経ちました!
その間に書籍化されるという幸運にも恵まれました。
本当にありがとうございました!
レオポルドが塔の師団長室に戻ると、すでに室内はいつも通り整えられていた。
彼の執務机に椅子や応接セットにバルマ副団長やマリス女史の作業スペース、いろいろな書類がおさめられたキャビネットに報告書のファイルがおさめられた書棚……。
ステンドグラス越しのやわらかな光が、レオポルドの執務机に置かれた書類に落ちていた。何もかもふだんのままだ。
本当にあの娘があらわれるだけで世界が一変する……。ひとつ息をついたレオポルドはキャビネットの修復を終えたばかりの副団長をねぎらう。
「メイナード、ご苦労だったな」
「いいえ、お疲れさまです。いかがでしたかネリス師団長は」
紫の髪をした副団長にたずねられると、レオポルドは椅子にすわり額をおさえ目を閉じた。
「壊滅的だ……センスもへったくれもない」
魔術が使えないわけではない……炎属性などどうしても使えないものはあるようだが。グレンが教えた錬金術はたいしたものだが、魔術は生活魔術を少々……といったところか。
こんどは本棚の下敷きになり壊れてしまった椅子に、バルマ副団長は修復の魔法陣をかけながら軽くいった。
「けど彼女、ムリに魔術を使う必要はないでしょう?グレンほどではないにしろ錬金術師として仕事はできているし、錬金術師団もまとまってますしね」
バルマ副団長の指摘にレオポルドは顔をあげてきき返した。
「グレン……ほどではない?」
「ええ。彼ほどの腕ではないにしろ、錬金術師団の業務はうまくまわしていますよね」
マリス女史もうなずいた。
「ただあの程度で……と魔術師たちから彼女を侮る意見がでているのは困ります。せっかく錬金術師団との関係も前よりよくなっているのですから」
「まぁ、うちの団員は我らが〝銀の魔術師〟に心酔しきってますから……とはいえほかの師団長を侮るのはいけませんね。私からも言い聞かせるようにしますよ」
「そうですね、バルマ副団長おねがいします」
バルマ副団長とマリス女史のやりとりを聞きながら、レオポルドは厳しい顔になった。
(グレンほどではない……本当にそうか?私が必死に抑えこんだものも、あれにとってはほんのちょっと加減が狂っただけだ)
「でも私にはネリス師団長は好感もてますね。彼女とエンツのやりとりをすると、とても快活で話していても楽しいです」
「えっ、いいなぁ。マリス女史ってば彼女とエンツしてたの?」
「彼女、よくやっていますよね。もうグレン老は亡くなってますから、竜騎士団長か年若いとはいえ第一王子に甘えてその庇護下にはいるほうが、彼女にとってはずっとラクじゃありませんか」
「まぁ、そうだねぇ……そういう感じの色目は使わない子だよねぇ。うちの師団長にだってすり寄ってもいいのにさ」
「ラクだとわかっているのになぜそうしない」
とつぜんやりとりに割りこんできたレオポルドに、バルマ副団長とマリス女史は目をみひらいた。
レオポルドがこういう雑談に加わることは滅多にない。マリス女史がこたえた。
「そうですねぇ……彼女は王都にでてきたばかりで、頼れるものは何もありません。まずは自分の立ち位置がしっかりしていないと、愛情に頼りきりになるのは不安なんじゃないでしょうか。師団長には心を開いているようですから、よかったと思いますよ」
「心を開いている……?」
けげんな顔をしたレオポルドの横で、メイナードもあいづちをうつ。
「あー、それ私も思いました。うちの師団長はとっつきにくいはずなのに、彼女気にしないですよね。グレン老で慣れているのかな?」
「かもしれませんね。修理もひと段落したようだし、お茶を用意してまいりますね」
「助かります、マリス女史!」
うれしそうなバルマ副団長の声に、マリス女史はくすりと笑って師団長室をでていった。
彼女は塔の窓から高い空をみあげ、だれにも聞こえないひとりごとをつぶやく。
「アルバーン師団長、あなたもですよ。ご自分では気づいておられないのかしらね……」
そのころ十番街の貴族街でもひときわ壮麗なアルバーン公爵邸の一室で、アルバーン公爵夫人とお茶をしていたメイビス侯爵夫人が驚きに目をみひらいた。
「まぁ、アイリ・ヒルシュタッフがそんなところで⁉︎」
「えぇ、そうですの。わたくしびっくりしてしまって……あんなに美しかった薄紫色の髪はバッサリと切り落として、貧しいお針子の暮らしをしているようでしたわ」
ミラ・アルバーン公爵夫人が悲しげに胸を押さえると、メイビス侯爵夫人も沈痛な顔をした。
「そんな……王子妃にもふさわしいといわれたご令嬢ですのに……悲しいこと」
ほんとうにあの娘はいまいましかった。サリナの話になるときまって一緒に話題にでた娘。
『ねぇ、サリナ様も美しくていらっしゃるけれど、あのアイリ様の長く伸ばした薄紫の髪は素晴らしいわね。朝靄のなかで咲くスターリャの花のようだわ』
『ええほんと、お二人が成人されてデビューなさったら王城も華やかになるでしょうねぇ』
なぜかサリナの話のはずが、いつのまにか二人の話題になる。めざわりだった娘のおちぶれた姿にミラの機嫌はよかった。悲しげに眉を寄せながらも扇にかくした口元は笑みを浮かべる。
「もしもサリナがそんなことになったらと思うと、胸がつぶれるような心持ちでしたわ」
ほんとうによかった、ヒルシュタッフ宰相が失脚してくれて。話し好きなメイビス侯爵夫人ならば速やかにこの話をひろめてくれる。それにもうひとつの話も。
メイビス侯爵夫人は紅茶のカップを持ちほほえんだ。
「サリナ様ならそんな心配はいりませんわ。将来は公爵位を継がれるのだし、未来の夫君はあのレオポルド様ですもの。ほんとうにうらやましいですわ……あのように美しいかたが生まれたときから〝運命のお相手〟だなんて」
侯爵夫人はうっとりするように言葉をつづける。
「まさしく精霊の化身ですもの……どんなに素敵なかたでもサリナ様のお相手では手がとどかない……と貴族の娘たちは〝月の君〟などとお呼びしていますのよ?」
「まぁ、そんな話が……レオポルドのような不愛想な子のどこがよいのかしらね」
ミラがため息をつくと侯爵夫人は「ほほ」と笑った。
「サリナ様も成人なされるし、夜会にはレオポルド様とご出席だとか……いよいよご婚約ですの?」
「あら、いやですわ……そんな話は……それにいまは王太子様のお相手選びのほうが先でございましょ?」
ミラはあわてたようにいいながらも、こうつけくわえるのを忘れなかった。
「レオポルドも忙しい子だから折をみませんと……」
これでメイビス侯爵夫人は二つの話題をひろめてくれる。
アイリ・ヒルシュタッフの落ちぶれた姿と、レオポルドとサリナの婚約……ミラはおっとりとほほえんだ。
「サリナ様のお支度が整いましてございます」
なごやかに談笑する二人のもとにきた知らせに、ミラは顔をほころばせた。
「まぁどうしましょう、娘の晴れ姿なんて我がことのようにドキドキしてしまうわ!」
胸を押さえるミラのむかいに座る、メイビス侯爵夫人がクスクスとわらった。
「公爵夫人のお気持ちは伝わってましてよ、さっきからずっとソワソワなさって」
「ね、いっしょにみてくださいな。わたくし一人だともしかしたら倒れてしまうかもしれないわ。それに夜会当日につけるアクセサリーに迷ってしまって……メイビス侯爵夫人からも助言をいただきたいの」
こまったように眉をさげる公爵夫人の頼みを、メイビス侯爵夫人は喜んでひきうけた。
「ええ、もちろんですとも。お嬢様が夜会で着られるドレスをひと足先にみられるなんて光栄だわ。当日はレオポルド様がエスコートされるのでしょう?お二人そろわれたら、どんなにかお美しいでしょうね!」
ありがとうございました!









