243.イグネラーシェ
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ミストレイたちはポーションのほかに、食糧や復興用の資材や魔石を運んでいた。
それらを再生した建物に運ぶため、ライアスたちは忙しそうだ。
そのようすを眺めていたわたしを、レオポルドがうながした。
「ついてこい」
レオポルドは自分の騎竜であるアガテリスへむかいながら、自分の収納ポケットからポーションの小瓶を取りだし飲みほす。
「いまの……」
声をかけると彼は「あぁ」とうなずきこちらをむいた。眉間からシワが消え、逆光になったせいか銀の髪が陽光にきらめく。
「お前の開発した〝収納ポケット〟は役にたっている。たったこれだけのことでも動きやすさが違うものだな。魔術師団の活動範囲がひろがった」
「そう?」
「魔術師にとって、〝魔力切れ〟は〝魔力暴走〟のつぎに怖い……何の力もない赤子も同然になるからな。だが〝魔力切れ〟を起こすとわかっていても、魔術を使わねばならないこともある」
「レオポルド、無茶しそうだもんね」
「…………」
単純にそう思ったのだけれど、レオポルドは口を閉じ、ふいっと横をむく。
何その反応……よせばいいのに、わたしはまわりこんで彼の顔をのぞきこんだ。
「えーと……眉間にシワは寄ってないから……もしかしてレオポルド、きまりわるいの?」
そのとたん、ギンッと顔をゆがめてにらまれた。
わわわ、ごめんなさい……条件反射で謝りそうになったわたしから、またふいっと目をそらしたレオポルドは、小さく息を吐いてぼそりといった。
「これでも……おさえるようになったんだ……師団長が倒れるわけにはいかん」
え……言い訳……レオポルドが言い訳してる……何このひと、ちょっとおもしろいかも。
そんなこといったら本人に殺されそうだけど。彼は銀の髪を乱暴にかきあげ頭をふった。それだけで光がこぼれるみたいだ。
「……学園時代はオドゥがいたから……多少の無茶もきいた」
「あ、そういえばオドゥが前に、レオポルドはよく倒れたって……」
「いくぞ」
レオポルドは強制的に話をうちきるようにして、わたしをぐっと引き寄せアガテリスに転移した。
「ひゃっ、あたっ……」
ドスッといい音がしてわたしはアガテリスの背に尻もちをつき、レオポルドはストッと着地した。
二人そろってアガテリスのうえに落ちたけれど、アガテリスのほうは慣れているのかビクともしない。
「転移……するならするって先に言ってほしかった……」
おしりをさすりながらブツブツいうと、レオポルドが皮肉気に口の端をあげた。
「ライアスみたいに抱いてほしかったのか?」
「けっこうですっ」
ライアスにお姫様だっこされてミストレイから降りたとこ、レオポルドにもバッチリみられてたよ。
彼は無言でわたしの腰に固定具をつけ、アガテリスは羽ばたきひとつで勢いよく大空へと舞いあがった。
「あの……どこかいくの?」
「…………」
みあげると、風にあおられた銀の髪が絹糸のように後ろになびき、隠すことなくあらわになった白皙の美貌が目にはいる。
すっと通った鼻梁は涼やかで横顔さえ美しいのに、その眼差しは険しいままだ。いつもそうだけど、このひと口数が少なすぎると思うの!
こっちから聞かなきゃ何もわからないなんて……ふだんマリス女史やバルマ副団長のコミュニケーション術に助けられすぎなんだよ。心のなかで毒づいていると、レオポルドの声が降ってきた。
「知りたい……と、お前がいった。〝イグネラーシェ〟……オドゥの故郷だ」
オドゥ・イグネルの故郷、〝イグネラーシェ〟……それはカレンデュラからドラゴンで一アウルほど飛んだところにあった。
どこまでも続く山間を飛び、わたしはようやく建ちならぶ家屋をみつけた。
「あれがイグネラーシェ?」
「そうだ……地図にすらのってない隠れ里だ」
アガテリスがイグネラーシェに舞いおり、固定具をはずしてわたしたちもアガテリスからおりた。
「たしか土石流に飲まれたって……」
目の前にひろがるのはとても美しい集落だ。
川沿いの平地に八軒ほどの家屋が点在し、それぞれの家をつなぐ小径や川の水をひくための水路があり、家と家のあいだには畑もある。
けれど近づくにつれて、その集落の異様さにわたしは気がついた。
家屋はきちんと建っているのに、畑は草ぼうぼう、木も剪定されず枝が伸びっぱなしだ。
川のそばに作られた水車小屋の水車はこわれていた。
そして何よりも人の気配がない……アガテリスが舞い降りても、だれひとり姿をみせようとしない。
イグネラーシェ、そこは無人の集落だった。レオポルドが一軒の家に近づく。
「修復の魔法陣が施してあるから魔石が働くかぎり家は再生する……だがここに人がもどることはない」
「そんな……本当にだれもいないの?」
「……魔石の力が失われればいずれ家も崩れ、イグネラーシェは廃墟と化す。もうまもなくだろう……そうなればいずれ全体が緑におおわれ、人が住んでいた痕跡などあとかたもなくなる」
家の壁は白く日に褪せていたが災害の爪あとを感じさせず、いまでもそこに人が住めそうにみえる。
扉に手をあて押してみると、きしむこともなく開いた。
だが部屋は空っぽで、家具や日常生活を感じさせるものは何もない。
どの家も同じ……生活の気配はなくただ空っぽの家が並んでいるだけだった。
それなのに窓から差しこむ日差しは柔らかく、そこに穏やかな日常があったことを感じさせる。
だれかの声がいまにも聞こえてきそうなのに、人の姿はない。
気がめいってきたわたしは川へいってみることにした。
川へくだる小道は踏み固められていて、瓦礫もころがっておらず歩きやすい。
「こんな穏やかなせせらぎが……オドゥの故郷を……家族をのみこんだんだね」
集落のそばを流れる小川はキラキラと輝いて、穏やかに流れている。
小さな沢だから山に大量の雨が降れば、ふだんとはまったくちがう激流となるのだろう。
秋の花が咲きみだれる川沿いは、水のせせらぎに混じってときどき鳥の鳴き声がきこえた。
レオポルドとふたりで川沿いを歩き、わたしはぽつりといった。
「オドゥは……きっとここが好きだったろうね」
イグネラーシェの光景すべてが情報として、わたしのなかに流れこんでくる。
受けとめることに一生懸命で、そばを歩くレオポルドのこともあまり気にならなかった。
レオポルドも淡々と返事をする。
「カレンデュラは温暖だ。冬でも雪が降ることはめったにないし、山の恵みも豊富で川で魚もとれる……災害さえなければこうして街から離れていても暮らしやすい土地だ」
「うん……それもあるけれど、きっとここで暮らすのは楽しかったと思うよ。お父さんやお母さんはすぐ近くで働いていて、木に登ったり川で泳いだりして遊ぶこともできる」
家の数からいっても、小さくともにぎやかな集落だっただろう。
「五人家族だったと聞いている。両親と……妹と弟の」
「そう……」
ふだんのオドゥはとても話しやすいお兄さんだ。人懐っこくていつのまにか、懐にするりとはいりこんでしまう。
ここで彼の人懐こさが培われたのだとしたら、オドゥの家族はきっとにぎやかだったろう……。
川辺の草に何かがひっかかっていた。わたしがしゃがんで拾いあげると、ちいさな布と木でつくった人形で、手に持つとぼろぼろと崩れた。
あとは割れた茶碗のカケラがいくつか。
唯一この里で人の気配を感じさせたそれは、カケラなのに釉薬の艶が光っていた。
「私は……学園ではいつもオドゥに助けられた」
わたしがしゃがんだ横で立ちどまったレオポルドは、黄昏色の瞳をまっすぐに川へむけたまま話しだした。
「グレンに契約を施され、いつまでも成長しない私をバカにしなかったのはライアスと、オドゥぐらいだ。それに……あいつと出会って、私は自分がどんなに恵まれていたのかを知った」
公爵家の出身とはいえ体の小さいレオポルドは、魔術学園ではよくからかわれたらしい。何か思いだしたのか、彼は皮肉気な笑みを浮かべた。
「それまでは自分ひとりでこの世に生きていると思っていた。愚かだったな……この世にたったひとりきりなのはオドゥのほうで、それなのにあいつは何ひとつ嘆くことなく生きていた。私は自分を恥じた」
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