226.パパロス捕獲
おじさん濃度が高い回になりました。
王立植物園をでた園長は八番街にある学士会館にむかった。学園関係者が会食や会合で主に利用する場所で彼を待ちかまえていたのは、紺色のローブに身を包み真っ白な髪を毛先のほうで束ねたシャングリラ魔術学園長、ナード・ダルビスだ。
「あのエセ錬金術師めが植物園を見学に訪れたとは本当か?」
園長はうなずくとクマル酒を注文する。明日は休みでもあることだし、ここで一杯ひっかけて帰るのも悪くない。
「……どうやら植物園に生えている薬草に興味があるらしい。この時期は手入れがたいへんだから、収穫させるかわりにあいつらをおとなしくさせてくれるなら助かる」
「あやつめ……ヴェルヤンシャ山中の木に吊るされたこの恨み、どうしてくれようと思っていたが……それは好機!」
木のてっぺんにひっかかったのは運がよくて、そうでなければもっと遠くまで飛ばされていた……と聞かされても、ダルビス学園長はそれを感謝する気にはなれなかった。
ようやくベッドから起きあがれるほどに回復したら、当のエセ錬金術師は〝海洋生物研究所〟にでかけた後だった。
腹の虫がおさまらないダルビスは、〝海洋生物研究所〟のポーリン・リヴェ所長にエンツを送ったがまるで相手にされなかった。
「助かってるよ!錬金術師がおおぜいいるもんだから、魔道具の修理がはかどるったらないよ。はぁ?あの女をどうにかしろ?それをいうなら人なり資金なりだしな!こっちは研究が滞りなく進められるんなら錬金術師団にだって協力するさ!」
(何をやっているクオード・カーター、そこで職人魂を発揮してどうする!)
ポーリン・リヴェにしたって、ハキハキと豪快で遠慮なく意見する彼女を〝海洋生物研究所〟の所長にしてやるといいながら、体よく中央から遠くはなれた灯台守の閑職においやったつもりだったが……。
そうこうしているあいだにカナイニラウに住む人魚たちとの交流が復活し、海洋開発は錬金術師団が主導でおこなうという。
これにはもう王家が乗りだしたため、ダルビス学園長には口を挟むすきがない。
ダルビスが学園を支配することに心血を注いでいたら、いつのまにか自分の影響力が及ばない世界がひろがっていた。
それもこれもあのグレンの弟子とかいうエセ錬金術師のせいで、第一王子が肩入れをしているかぎりあの女は今後ものさばっていくだろう。
ほうっておけばきっとろくでもないことになる……こうした勘のよさと執念深さこそが、困ったことに彼を学園長に押しあげた一因となっていた。
どんなせまい集団でも権力は権力であり、それをにぎった者は簡単には手ばなそうとしない。
自分の足元をおびやかす者がいれば、それは徹底してたたき潰すべきなのだ。
学者たちは殺し合いをしないが、その生存競争は熾烈といってもいい。
神童といわれて育ち天才とよばれた者が、おなじだけの時間を研究にささげ努力しても、人によって手にする成果はちがう。
それが本人にはどうにもできない〝運〟によるものだとしたら……たがいの業績をほめたたえながらも内心は面白くない。
グレン・ディアレス……どこからともなくあらわれて王城に保護された男。ろくに口のききかたも知らず、仮面をつけ人との接触すらさけているようだったのに……こともあろうにレイメリアと……。
「樹海の恐怖を味あわせてやる……植物園の鍵をこちらによこせ。なに心配するな、わしにまかせておけ」
「……みるだけだぞ」
園長は上着の内ポケットからチャリ……とかすかな音をたて、緑の石のついた黒い鍵をとりだし魔法陣を刻んだ。
「念のため時間がたてば私のもとへ戻る術式をかけた。くれぐれもみるだけにしてくれ」
「ふん、抜け目のないことだ……まぁいい」
うけとった鍵をさっさと自分のポケットにしまった学園長に、園長は「何かするつもりなのか?」とは聞かないことにした。
何が起こるのか知っていたらどんなとばっちりが飛んでくるかわからない……自分は何も知らない、そう……何もだ。
いまだ名もない自分は、このまま退場するのが似合いだろう。
ダルビス学園長が何をしようと、ネリス錬金術師団長には強力な護衛が同行しているから、大事にはいたるまい。
「あ……」
王立植物園の園長は学士会館をでてダルビス学園長と別れ、転移門のポートにむかいながらふと足をとめた。
「錬金術師団長に竜騎士団長も同行していることを……学園長にいわなかったが大丈夫だろうか」
まぁ、ダルビス学園長もいいトシをした大人だ。それほど無茶はすまい……執念深い男だが、そのへんの分別ぐらいはあるだろう。
自分の出番がもうないことを祈りながら、植物園長は帰宅の途についた。
王立植物園の一層では〝パパロス捕獲作戦〟がはじまっていた。
「ネリア!そっちだ!」
「わわっ」
ライアスが声をかけてくれるけど、わたしはあわててタイミングをつかめない。
飲めば変身する〝パパロッチェン〟は紫色のどろりとしたすごい味と臭いの薬草茶で、材料の〝パパロス〟という芋をすりつぶしほかの素材をくわえて煮つめたものだ。
そして〝パパロス〟自体も擬態することができる。
ライアスがひっこぬいたパパロスはわたしの前に飛びだした瞬間、ペットとして人気のウポポという動物に姿を変えた。
いま目の前にいるパパロスは、ウポポそのままのつぶらな黒い瞳でこちらをみつめている。
「えっ……うそ、かわいい……」
「ネリア!そのまま動くな!」
それにとびつくようにライアスが袋をかぶせ、手際よくギュッと口をしばると袋のなかでパパロスがうごめいている。
まるでライアスが小動物をつかまえたようで、わたしがビクッとしているとライアスが袋を差しだしながら念をおした。
「いいかネリア、これは〝芋〟だ。わかったな」
「う、うん……」
「こうやって袋をかぶせまわりを暗くしておけば、すぐに〝芋〟にもどる。袋からだすときは念のため袋のうえから一回たたいて気絶させておけば、だしたとたんに擬態することもない」
「芋をたたいて気絶させる必要ってあるの?」
「でないと、パパロスが擬態した〝ウポポか何か〟をすりつぶすハメになる」
あるのか……。おそるおそる収納鞄に袋をしまったけれど、ウポポの袋詰めを鞄にしまったような気になってドキドキしてしまった。通路の向こうから、オーランドがアレクとヴェリガンをつれてやってくる。
「魔術学園で使う薬草のありかをアレクにひととおり教えた。いいかアレク、スベリコラは逃げ足が速いから先に攻撃して動きをとめろ。ミナフシは傷つけるとききめが落ちるから、バーレムの粉で眠ったところをそっと抜くんだ」
「ミナフシは、ちょっと茎が折れちゃった……」
「はじめてにしては上出来だ。収穫した薬草の下処理についてはヴェリガンが詳しいだろう……いい素材を手にいれても下処理をきちんとしないと品質が落ちる」
「はい、オーランドさんありがとうございます!」
わたしは知らなかった。素材庫にならんでいる薬草ひとつひとつに、こんな戦いがあったなんて……。
ライアスたちのすばやい身のこなしと的確な判断力がなければ、わたしたちだけでは数歩すすむのも大変だった。
ヴェリガンが研究室に作った家庭菜園をみて、「錬金術師団にも薬草園があったら研究もはかどるかも」と安易に考えたのを反省する。
「ネリア、疲れたか?」
「うん、ちょっとだけ……でもだいじょうぶ」
ライアスが心配そうに顔をのぞきこんできたので、わたしは彼を安心させるようにほほえんだ。
誤字報告ありがとうございました!こちらでも見直して修正させていただきました。









